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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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小さな剣舞

 集中しているのか、飛那姫は賢唱の方を振り返ることもなく、剣を振るっていた。

 軽い足取りで跳躍し、構え、袴の裾を翻し、舞っている。


(これは……)


 それは紗里真に伝わる、伝統の剣舞だった。

 王の剣舞と比べものにならないとは言え、まだ8歳にも満たない子供が、大人でも難しい剣の型をいくつも組み合わせた、複雑な剣舞を舞っている。


 姫付きの侍女達が気付いて、慌てたように飛那姫を止めようとしたが、賢唱は軽く手を挙げてそれを制した。

 額に汗を流し、一生懸命に舞う、飛那姫の剣舞が終わるまで。

 賢唱は静かにそこに立って見ていた。


「……ふぅ」


 ほんの数分だったはずなのに、一瞬のようにも、長い時間のようにも思えた。

 舞い終わった飛那姫に、賢唱は拍手を送る。


「賢唱様?!」


 ぎょっとしたように賢唱を見て、小さな姫はバツが悪そうに首をすくめた。


「あ……まさか、ご覧になっているとは。まだ練習中ですので、お見せするようなものではありませんでしたのに……」


 特に、王の剣舞を幾度も見ている賢唱に見せるようなものではない。

 そう言って恥ずかしそうにする飛那姫に、横から姫付きの侍女が頭を下げた。


「本来でしたらこのような時間に鍛錬場に来ることはないのですが……姫様が、体を動かさないと寝られそうにないから、どうしてもとおっしゃられて……」

「はっはっは、そうでしたか。おかげでこの年寄りは良いものを見られましたぞ、姫様」

「賢唱様……」


 飛那姫が少し頬を膨らまして目を細める。


「いやいや、からかっているのではありません。本当に楽しませていただきました。姫様がいずれ剣舞を披露するお年になられましたら、この賢唱、何においても一番に拝見したいと思った次第です」

「ほ、本当ですか?」

「本当ですとも」


 賢唱がそう答えると、小さな姫はうれしそうに微笑んだ。

 しかし、すぐに何かに思い当たったようにすっと表情を引き締めて、真っ直ぐに賢唱を見上げた。


「賢唱様、私、ちょうどお聞きしたいことがあったのです」


 そう言った飛那姫の顔は真剣そのものだった。

 賢唱は心の中で少し身構える。


「何でしょう?」

「光の使徒団について……ご存じのことを教えていただけませんか?」

「それは……」


 何のために、と言おうとして賢唱は口をつぐんだ。

 蒼嵐王子の件は、飛那姫の耳にも入っているはずだ。普段から仲の良い兄が使徒団の調査で行方不明になったと聞いて、いてもたってもいられないだろうことは想像に難くない。

 だが、無鉄砲なこの姫のことだ。与える情報を誤れば、どんな行動に出るか分からなかった。


「その宗教団体については、現在各方面で調査中です。まだ分からないことが多いのですが、かなり大きな規模になっていて、王国に対して良い感情を持っていないだろうと言われています」


 慎重に、言葉を選んで賢唱は答えたが、飛那姫は納得出来ない顔だった。


「誰に聞いてもそのようにしか答えてくれないのです。兄様は、その使徒団に襲われたり捕まったりしたのでしょうか?」

「それは、まだ分かりません」


 王子が行方不明であることは、まだ極秘のことだ。

 賢唱はすばやく辺りに視線を巡らし、周囲に人気がないことを確認する。


「私、気になるんです。そもそも何故兄様が行くことになったのか……兄様は普段だったら、自分からそんなものに関わろうなんて言い出しません。書庫で本を読んでいるか、研究資料とにらめっこしているのが好きな人なんです。いくら東の地でしか採れない薬草や鉱石を研究したいからって……どうして自分から行くだなんて言い出したのか、その理由が知りたいんです」

「王子は、東部の植物には医療に使える薬草が多いからご自分でお調べになりたいと……今、それを研究しているからと、陛下に仰っていたようですが」


 そう、蒼嵐王子は宗教団体には興味がなかったはずだ。あくまで研究材料のために、いい機会だから自分が行くと……

 しかし、考えてみれば確かに妙だった。


 内容は王子が行かずとも良いような案件だ。精鋭隊の一部が、調査隊を兼ねて東岩に入れば良かっただけのこと。

 その場合、もし襲撃されて行方不明になっていたとしても、騎士隊数人の損失で国に大きな影響はない。

 いずれの場合にも襲撃されたと仮定するのなら、持ち帰ろうとしていた情報が使徒団にとって厄介なものだったと考えるのが妥当か。

 もしくは……王子だったから襲撃されたと考えるのであれば。


(意図的に、城の外へ出るよう仕向けられたのか……?)


 悪い予感が頭をよぎった時、すぐ後ろからおそるおそる声がかけられた。


「恐れながら……賢唱様、よろしいでしょうか」


 そう言って頭を下げたのは護衛兵の一人だった。


「実は、今のお話を耳にして、思い当たったことがございます」


(護衛兵には聞かれていたか……致し方ない)


「この件は、他言無用であるが……よい、申してみよ」

「はい。あれは1週間ほど前の晩だったと思います……私は、その、城下町に恋人がおりまして、部屋で通信していると色々と茶化されるもので……それで、その、いつも外に出て鳩を飛ばしているのでございます」

「……ほう。それで?」

「はい。その、人目につかないよう伝書鳩(メンハト)を飛ばしましたあと、部屋に戻ろうとしましたら、廊下の途中にいらっしゃる王子をお見かけしたのです」

「兄様を?」


 横から飛那姫が割って入ってくる。


「それで? 兄様がどうしたの??」

「はい、姫様。王子はビヴォルザーク様と立ち話をされておりました。その、東の方面にある、薬草の話でした……」

「えっ?」

「も、申し訳ありません。立ち聞きするつもりはなかったのですが、その、王子が通路に立ってらっしゃったので、出るに出られず……」

「そんなこといいのよ! 他には? 何を話していたの?!」


 あまりにも必死に飛那姫が見上げてくるので、護衛兵は耐えかねて跪いた。


「っはい! ビヴォルザーク様は王子に、東部には新種の薬草も多く、医学方面に使えるものがたくさんあるのに誰も研究しないのは勿体ないと……ちょうど東に行く用事があるようなので、ついでに採集してきたらどうかと勧めておいででした……」

「……っ」


 賢唱がすっかりかしこまって話す護衛兵から飛那姫に視線を移すと、小さな姫は獲物を見つけたような目になっていた。

 それが誰に向けられているかは、一目瞭然だ。


 北の大国から親善大使よろしく送られてきたビヴォルザークは、何事にも粘着質なところがあり、腹黒さが見え隠れするような人物だった。

 彼の行動が怪しいことは薄々感づいていたが、そのことを飛那姫に知られるのは歓迎できない。


「……姫様」


 賢唱は好々爺の顔で微笑んで、飛那姫に向き直ると優しく名を呼んだ。


「賢唱様、私……私、もし、ビヴォルザーク様が、わざと兄様を城の外に出したのなら……」


 そこから先は口に出すことがはばかられたのか、飛那姫は黙ったまま震える手を胸の前で握りしめた。

 賢唱はそっと、その肩に手を置く。


「姫様、寒さも緩んできたとはいえ、汗をかかれたお体ではお風邪を召されます。お早くお部屋へお戻りください。今はこの年寄りに任せてくださいませんか? 悪いようにはいたしません」

「……っでも」

「私の方でお調べし、新しく分かったことがありましたら、必ずすぐにお知らせしますゆえ、どうか」

「……」


 一瞬、不安そうな表情を見せたものの、飛那姫は何かを飲み込んだように頷いた。


「お願いします」


 深く一礼すると、おとなしく部屋へ帰っていく。


(さて……これは諸々(もろもろ)、報告が必要だな)


 食事へ向かうはずだった足を王の自室に向け、賢唱は護衛兵を連れて歩き出した。

 夕餉は部屋に運ばせることになりそうだな、と考えながら。

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[良い点] ビヴォルザークぅ…… あやすぃいーーー! 王子……どうかご無事で!
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