サウスボーンでのスカウト
暑い。
暑いわ。
マジ暑い……
「あのなっ! さっきっから耳元で暑苦しい! 少し離れろ!」
馬上で振り払われそうになって、私は目の前の飛那ちゃんの服をがっしりとつかみ直した。
砂漠馬は背中がでこぼこしていて、とにかく乗り心地も安定も悪い。
手綱を握る飛那ちゃんから離れたら、後ろにまたがっている私は落ちるじゃないの。
「ああ、冷たいアイスが食べたい……」
私たちは今、南のサウスボーンに向かって、ボルヌ砂漠を越えているところだ。
最南端の国に向かえば向かうほど、暑さは厳しさを増す。
またがっている馬の背中は体温高いし、日差しは強いしで、もう倒れそう……
「お前、そのセリフ、今日7回目だぞ」
「8回目よ……」
「どっちでもいいわ! 少しは我慢しろ!」
「あ、そうだ」
私は晴れ渡った空を見上げて、右腕を伸ばした。
「小雨」
頭上に小さいながらも黒い雨雲が広がり、すぐにポツポツと雨つぶが落ちてくる。
雨を呼ぶ魔法はこういう時にも便利だ。天然のシャワーが少しは気休めになる。
「あー、気持ちいー」
「お前、それ今日4回目だぞ」
「5回目よ」
「涼むためだけに魔力を使うな! もうじき着くって言ってんだろ?!」
私があまりにも「暑い」を連発しているせいか、飛那ちゃんもご機嫌斜めだ。
サウスボーンに着いたら、いっぱいアイスを食べさせてあげなくちゃ。
「ほら、見えたぞ」
そう言って飛那ちゃんが指さした先には、砂の中に浮かぶ高い塀があった。
左右に結構な距離に渡って伸びていて、ちょうど中心あたりに城下門が見える。
「やったぁ! 結構大きい町じゃない?」
「サンパチェンスよりでかそうだ。あそこなら仕事あるかもな」
砂漠馬は少し歩調を速めると、サウスボーンの町まで一直線に走り出した。
ああ良かった。これでやっと、アイスにありつける。
城下門をくぐって町の中に入ると、見た目はサンパチェンスの町並みとよく似ていた。
どの家も店も砂で出来たレンガで作られているので、とにかく建物に色がない。
地面も建物も黄土色一色だ。
建物の形自体も特徴のない四角で、高いか低いか、大きいか小さいかくらいの違いしかないから、うっかりすると、方向音痴の飛那ちゃんじゃなくても迷ってしまいそうになる。
砂漠馬は、城下門近くの馬飼いに引き取ってもらった。
それから早速、今日の宿を見つけようと思ったんだけれど……空調完備の宿がなかなか見つからない。
このクソ暑いのに、ここの街の人達は何を考えてるんだか。
熱帯夜の空調なしなんて、寝れるわけないでしょう?
「いやぁ、砂漠の夜は寒いよ、お嬢さん」
酒場で昼ご飯を食べていたら、マスターからそう指摘を受けた。
あ、そういえばそうだったわね。この辺りは完全に砂漠地帯なんだった……
じゃあ、冷暖房完備の宿を探さなきゃ。
ついでにアイスクリーム屋も。
マスターから空調設備のある宿の場所を聞いて、そちらへ向かう。
富裕民が住んでいる地区へ行くと、何軒かはあるそうだ。
途中の噴水広場にさしかかった時、何やらお祭りみたいな騒ぎが聞こえてきて、私たちは足を止めた。
「なんか楽しそうね」
「のぞいてみるか?」
私たちは、吸い寄せられるように人だかりの中に入っていった。
「さあ! 次の挑戦者は腕利きの拳闘士だ! 彼にかける人間はいないか?!」
「俺がかける! 3万だ!」
人だかりの中心には大きい台が置かれ、二人の男が向かい合って立っていた。
「チャンピオンの持ち金は35万だよ! 挑戦者に3万以上かけるやつはいないか?!」
横で審判らしい格好をした男が、辺りを見回してそう叫んでいる。
ああ、腕相撲の賭博か……
多分、一番大きい金額を出した人が挑戦者にお金をかけることが出来る、オークション形式だ。
チャンピオンを倒すと、お金をかけた人間と挑戦者が賞金をもらえるのだろう。
それにしても、あのチャンピオンの腕の太さ、ヤバいでしょう。私の何本分よ?
あんなのに敵う人なんて……まぁ、割と近くにいるけど。
そのまま観戦していると、腕利きの拳闘士とやらは開始10秒で負けてしまった。
挑戦者の3万は、そのままチャンピオンのものになるらしい。
ガッツポーズを取っている腕の太い男が、鬱陶しいほど暑苦しく見える。
「さあ! チャンピオンの持ち金が38万になったよ! 次の挑戦者はいないか?!」
あのチャンピオンとやらが、今までどの位の挑戦者を倒してきたのかは知らないけれど、みんな戦意喪失って感じね……
私は周囲を見回して、名乗り出る人がいないことを確認した。
うん、これはプチ一攫千金のチャンスってやつよ。
「誰もいないとここで終了だよ! チャンピオンの持つ38万が欲しくないのか?!」
退屈そうに見ていた飛那ちゃんの手をとって挙手のポーズにすると、私は審判に声をかけた。
「は~い、挑戦しま~す」
ざわっと、ギャラリーがどよめいて、すぐにそれは笑い声に変わった。
うんうん、いつも通りの反応ね。
「お嬢さんが、挑戦者?」
審判も困り顔になって、私に押し出された飛那ちゃんを見る。
「おい、美威……」
「掛け金て、勝ったらどうなるんですか?」
面倒そうな飛那ちゃんが何か言いかけたけど、スルーだ。
「掛け金は挑戦者が勝った場合、2倍になるよ。それにチャンピオンの持ち金が加わるって仕組みだけど……本当にやるつもり?」
「もちろん。掛け金10万出しますね」
私はテーブルの上に、1万ダーツ札を10枚並べた。
呆気にとられているのは、審判だけではない。
チャンピオンは、どちらかと言うとちょっと頭にきたみたいだ。
いえ、からかってるとかではないですよ、念のため。
「この暑いのに、気が進まねえな……」
飛那ちゃんはだるそうにそう言って、テーブルの向こう側に回り込んだ。
回りの笑い声が一層大きくなる。
「仕方ないなあ……じゃあ、本当に始めるよ? お嬢さん達、恨みっこなしだからね?」
審判がしぶしぶと、ではなくうれしそうにそう言った。
店じまいかと思ったら、10万ダーツ追加されたと思って喜んでいるみたいだ。
でもおあいにくさま。
「レディ……ゴーッ!!」
飛那ちゃんの腕の太さとチャンピオンの腕の太さは、5倍くらい差がありそうに見えた。絵面的には、まるで子供と大人だ。
開始の合図があったにも関わらず、組まれた腕はびくともしない。
んん? 飛那ちゃんどーしたの? やる気ある?
あー、ないのか……
「お~い、お嬢ちゃんがんばれ~」
「チャンピオン、手加減してやれよ」
「もういいだろ? 早く終わらせちまえ!」
あちこちから楽しそうにヤジが飛ぶ中、チャンピオンだけが額に汗をにじませて、訳が分からないという顔をしていた。
「……はぁ」
飛那ちゃんの口から、ため息がもれる。
「おい美威、アイス、トリプルな」
安い交渉だわ。
まぁ、うちらにしたらちょっとした贅沢だね。
「クレープもつけようか?」
「……乗った」
形の良い唇の端をあげた飛那ちゃんが、ドガン! とチャンピオンを体ごと台の上に引き倒した。
いや、今、その人の腕からも変な音しなかった?
あれだけ飛んでいたヤジが一瞬にして静まりかえる。
またざわざわし始めた時には、やらせか? とか言う声も聞こえてきた。
まぁ、ドーピングには違いないけど。魔力の。
でもこれ、魔力があっても私には真似出来ない。
「38万と10万の2倍で、しめて58万ダーツ、いただきます」
唖然としている審判の男に、私はにっこり笑って手を差し出した。
今更無効なんて、ないからね。
さあ、マネープリーズ!
私の笑顔を見た審判は、往生際悪くテーブルの上のお金を全部ひっつかんだ。
「な、何かおかしいぞ! おい、お前本気でやれって言っただろ?!」
腕を抱えたままプルプルしてる人に、その台詞はないと思うなぁ。
あと、簡単に約束を破るのもどうかと思う。
さてどうしてくれようかと考える前に、横に立った飛那ちゃんが足払いして審判を派手に転がした。その手から札束をむしり取る。
グッジョブ飛那ちゃん。
「悪いな、私は手加減したんだけど」
審判に向かってそう鼻で笑うと、飛那ちゃんは私にお金を差し出した。
わ~い、私のお金ちゃん!
「いや、やっぱりちょっとおかしいんじゃないか?」
「なんか裏がありそうだな……」
「あんたら余所もんだな。傭兵か?」
ヤジを飛ばしていたギャラリーが、私たちに向かってそんなことを言い始めた。
まあ私もおかしいとは思うよ。この子の馬鹿力。
でも勝ちは勝ちだ。
大好きなお金をいっぱい稼いで、旅先でおいしいものをたらふく食べ歩くのが私の楽しみ。邪魔するヤツは許さない。
「文句があるなら相手になるぞ。今わめいたヤツ、全員前へ出ろ」
そう、この飛那ちゃんが。
私は基本的に乱闘はパスだ。
青白く光る長剣を構えた彼女に立ち向かいたい人は、多分、あんまりいない。
ギャラリーは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「さ、アイス屋さんに行こ~」
「よし来た」
思わぬ臨時収入が入って超ラッキーだった。
サウスボーン、いいんじゃない?
「……あの」
ご機嫌で歩き始めた私たちを、後ろから呼び止めた人がいた。
最初は、もう、しつこいなぁ、と思ったけど……
くるりと振り返ったら、そこに立っていたのは、白いシャツに黒いパンツ、黒いネクタイをしめた、1人の白髪の老人だった。
「……どちらさまでしょう?」
私が尋ねると、老人は礼儀正しくお辞儀をした。
「私、ロックモルト家に仕える執事のハイデンと申します。先ほどの力比べの様子を拝見しておりました」
「はあ……」
「お力のある傭兵とお見受けしました。折り入って、ご相談がございます」
真剣なまなざしでそう言う老人に、私は飛那ちゃんと顔を見合わせた。
南のサウスボーンでのお話、はじまりです。