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「それで? 結局、角1本だけ持って帰ってきたわけ?」
私が手渡した土竜の角を布袋から取り出しながら、美威が言った。
討伐対象とは言え、しゃべってた生き物から角を取るのはちょっと気が引けた。
それでもなんかの材料になるかと思って、一番小さい角を土産に持ってきてやったのに。
なんでそんなに不満そうなんだ。
「時間なかったし、すげー皮膚硬かったんだぞ。その程度でも持って帰ってきただけエライって言えよ」
「あ~エライわ。エライエライ。せめてこれがもっと大きい角だったら高く売れたかもね。はぁ……なんでこんなに小さいのよ」
そんなこと言われてもな。
帰りは少ない魔力で怪我人運んだり、馬車呼んで来るまで炎天下で待ったり、こっちだって色々大変だったんだぞ?
「で、土竜は強かった? 傭兵だけで退治できそうなレベルだったの?」
城から出て行った討伐隊が、傭兵しかいなかったのを見ていた美威が、そう尋ねる。
「あー、それなんだけど……」
私は城に騙されてて生け贄にされるところだったことと、火竜ほどではなかったにせよ、やっぱり竜は強かったということを話して聞かせた。
「それって、自分ところの兵は減らしたくないけど、傭兵は死んでもいい的な扱いね……」
「まあ、傭兵なんて城からすれば使い捨てだからな。土竜を倒せたら倒せたでいいし、食われたら食われたでもいいやってことだったみたいだぞ」
「えげつないことするわねぇ……飛那ちゃんいなかったら、みんな死んでたわね」
「そうかもな……ああ、でも、それなりに強い傭兵もいたよ」
「へえ?」
「元々どっかの城の騎士なんだけど、路銀がなくなったんで城で働かせてもらったとか言ってたな。黒魔法使えないヤツだったけど、竜相手にマトモに立ち回ってたよ」
「ふーん……飛那ちゃんが、他人のことを強いだなんて……珍しいわね」
「そうか?」
私は過大評価も過小評価もしない主義だ。
弱いヤツは弱いし、強いヤツは強いって評価してるつもりだけど。
「ま、私の方が100倍強いけどね」
「飛那ちゃんより強い剣士がいたら、それはもう神様だと思う」
「あ、そう言えば」
アレクのことを思い出して、私はショートパンツのポケットからごそごそと1枚の大きなハンカチを取り出した。
薄い黄色の、さざ波模様みたいなのが入った、やけに手触りのいいハンカチ。
洞窟から出たらあまりに暑かったので、外してポケットにねじこんだったんだ。
「……返すの忘れてた」
「あら? それって……西華蘭織じゃない?」
「なんだそれ?」
「西の方の特産品じゃない。世界三大織物の。知らないの?」
「布には興味ないからなぁ……」
美威は本ばっかり読んでるからか、頭の中に入ってる知識量がおかしいと思うことがある。
こうやってたまに出てくるマニアックな話にはついていけない。
でも、西の方の特産品てことは、あいつは西の人間なのかな。
「これ、グレードがあって、いいやつはすっごい高いのよ」
「ふーん」
「売ってもいい??」
キラキラした目で尋ねられて、私は少し考えた。
いつもなら高い布とか、どうでもいいんだけど。
なんでかな?
別にいいよって、手放す気にならないのは。
「いや……とりあえず持っておく。借りたもんだし」
「ええ? だって次いつ会えるかなんて分からないでしょ? もう一生会わないかもしれないのに、いつ返すつもりなのよ??」
「それはそうなんだけど……」
美威はブツブツ言ってたけど、私はハンカチをたたみ直して荷物に入れた。
小さなつながりを、こんな風に保ったままでいようとするなんて、確かに私らしくない。
(根拠はないけど、また会える気がするんだよな……)
そう、口には出さないで呟いた。
「それはそうと、この町、他に仕事なさそうだな。どっか別に行くアテあるのか?」
「そうねぇ……宿の人に聞いたら、もうちょっと南のサウスボーンの方が仕事があるかもって話だったわよ」
「でも今回の土竜討伐でそれなりに儲かったし、しばらく仕事しないでもいいんじゃないか?」
「ダメダメ、次は航路を使って北に行くんだからお金かかるの。夏は涼しいところに行きたいでしょ? もう一稼ぎしないとねっ」
「あー、へいへい」
テーブルの上には地図、コンパス、虫除けスプレー、日焼け止めが並べてある。
持ち物チェックをしていたところを見ると、今日にでもここを出ることになりそうだ。
「また南か……」
そのうちに、西の国方面に行ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、私は印象的な濃緑の瞳をした、お人好しな男の顔を思い出していた。