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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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帰還

 結局、五体満足でサンパチェンスの街に帰り着いたのは、私とイーラスを含む、16人だけだった。


 負傷者多数。死者も4名出た。

 思ったよりも被害が大きかったと考えるべきか、あんな化け物に対峙して、命があって戻って来れただけ幸いだったと考えるべきか。

 傭兵という職業が、常に死と隣り合わせであることを教えられた気分だ。生半可な覚悟で関わってはいけなかった。


 私の国と同盟国であるサンパチェンスは、王の代替わりがあって城の内部が荒れている。そもそも今回は、その内部調査に来たのだった。

 半分旅行のつもりだったし、土竜討伐なんて珍しいことをやっているものだから、きな臭い感じはしたものの興味本位で潜り込んだのだが。

 軽い気持ちで参加したのがいけなかったのだろう。結構ひどい目にあった。

 竜は初めて見たが、もう物珍しさだけで近づこうなんて思わない方が良さそうだ。


「ご無事だったから良かったものの、もう少しお立場を考えて行動してくださらないと私の身が持ちません。大体、私を助けようとして御身が危険にさらされては、護衛としての立場がないではありませんか。本来の目的は……」


 侍従であり、護衛の魔法士であるイーラスは、砂漠から帰ってきてからずっとこの調子だ。

 軽はずみな行動に出た私が悪いとはいえ、そろそろ耳をふさぎたくなってきた。


「もういいじゃないか、イーラス。それなりに楽しかったろう?」

「楽しくありませんよ!」

「そうか? 私は結構、貴重な経験をしたと思うんだが……」


 眉間にしわを寄せているイーラスから視線をそらしたら、窓際の席で頬杖をついている飛那姫が目に入った。

 形のいい唇から小さいあくびがもれる。明るい薄茶の髪が日の光を受けて、さらりと肩からこぼれ落ちた。

 戦いの後のせいか、その表情からは鋭さが抜けているようだ。

 整った横顔が1枚の綺麗な絵みたいに見えるものだから、ずっと眺めていたい気分になる。


「飛那姫はなんだか、眠そうだな」

「あれだけ魔力を使ったんですから当然でしょう。普通ならとっくに魔力切れで死んでますよ。一体何でしょうか、あの娘は……」


 非常識です、とブツブツ呟いているイーラスの言うことは一理ある。

 あんな娘は初めて見た。ある意味、竜より珍しいのじゃないだろうか。


 私より年下で、女性で、全く剣士に見えない風貌で、あの魔法剣の威力。

 黄色の稲妻を放った剣も、緑色に光る剣も、青白く炎を灯す剣も美しかった。

 私が知る限り、あの魔法剣には3つの属性がついていることになるが、そんな非常識な話は聞いたことがない。

 小さい魔道具であっても、1つの道具に複数の属性を持たせるのは難しいというのに。あんな強力な武器にいくつもの属性を持たせて、よくバランスが取れているものだと思う。

 彼女も、あの魔法剣も、非常に興味深い。


 視線の先で、飛那姫はこっくりこっくり眠り始めた。剣を振るっている姿からは想像出来ないような無防備な姿だ。可愛らしい小動物を観察している気分になって、思わずふっと笑ってしまう。

 前に出てきて土下座させられてる騎士団の部隊長も、言い訳を並べて傭兵に小突かれている大臣も、飛那姫にはもうどうでもいいらしい。


 内部調査も終わっているので、この慰労会が終わったら私もすぐにここを発つことになるだろう。

 彼女がこれからどこに行くのか気にはなったが、それを尋ねるのは失礼だろうか……いや、というより、また鬱陶しがられそうだ。

 私の身分を知らないとは言え、飛那姫はあまりにも私に対しての扱いがぞんざいな気がする。女性にあんな態度を取られたことは、少なくとも私の記憶にはない。

 そしてそれが全く不愉快に思えないところも不思議だった。


 大体、私に悪態をついた上に、名前を省略して呼んだ人物なんて人生初だろう。

 色んな意味で希少な娘だと思う。


 約束していたよりも多い報酬が配られて、さんざん文句も言って気が済んだのか、傭兵達は散り散りに帰って行った。

 飛那姫は……そろそろ起こした方がいいな。


「飛那姫」


 テーブルに突っ伏して寝ている彼女の肩を、とんとん、と軽く叩いてみたが、反応がない。

 いや、ちょっと待て。うら若い女性が、いくらなんでも無防備すぎないか?


「飛那姫……起きてくれないか」


 横にしゃがみ込んで声をかけ、肩を揺すってみる。やはり反応がない。

 大丈夫か? 魔力切れで、本当は具合が悪いのでは?

 少し心配になりかけたら、彼女のまぶたがうっすらと開いた。


「……兄様?」


 半分閉じた目で、そう呟く。

 これはもしかして、寝ぼけているのか?


「飛那姫、こんなところで寝ていたらまずい。慰労会は終わったぞ」


 もう一度声をかけると、今度はぱちっと目が開いた。

 がばっと上半身を起こすと、まん丸な目で私の顔を見て、ごしごしと目をこすった。

 そしてまた、私の顔を見たまま止まってしまう。


「……飛那姫?」

「あ、なんだ……」


 そうだよね、そんな訳ないし。と呟くと、彼女は苦笑した。

 その顔がひどく寂しそうに見えたのは、気のせいだったろうか。

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