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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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土竜討伐

 よし、効いてる効いてる。

 でもこれで完全に敵認定されたな。怒り狂った金色の視線が、私にロックオンだ。

 ここからは本当にどちらかが倒れるまで、一瞬の気の緩みも許されない。

 強い敵と相対するこの瞬間。ぞくぞくっとする高揚感は、私が生まれながらの剣士だって証拠だろう。


 気付けば残っているのは、私と隊長とアレク、それとアレクの連れの魔法士らしき男だけだった。

 あれ? 早いな。もうみんなやられちゃった訳??

 ……マジか。


 となると、今深刻なのは灯りだ。

 アレクの連れの魔法士がやられちゃったら、本格的に灯りがなくなる。アレクがいればなんとかなるかもしれないけど……既にさっきより薄暗くなってる気がするし。

 ここから脱出することを考えても、あの2人には戦闘不能になられたら困るだろう。


 土竜とにらみ合いながら、頭の中でそんなことを考えていると、一声吠えて、黄土色の塊が突っ込んできた。

 頭から血を流しているが、剣先が角のような突起に当たって致命傷にはならなかったらしい。

 一瞬で目の前に迫った土竜を、上に飛んで交わす。

 当然のように追いかけてきたしっぽを剣で受けたが、いや、これはちょっと無理があるんじゃないかなーと思えるくらいの手応え……

 軽く吹っ飛ばされそうになるのを感じて、ぐっと剣に魔力を流し込んだ。

 緑色の竜巻が、叩きつけられたしっぽをはじき飛ばす。

 私自身も勢いを殺せずに後ろに飛ばされると、地面を滑りながらなんとか着地した。


 じんじんと、しびれが腕と肩に残る。

 人間ではあり得ないパワーだ。生身だったら、瞬殺されて終わる。


「そういえば、土竜って食えるのかな……?」


 こんな時だけど、ふと疑問が口を突いて出た。

 竜の血って、なんかの薬になるんじゃなかったっけ?

 倒した後、一部でも持って帰ったら美威が喜ぶだろうか。


 いや、そんなことを考えてる場合じゃないな。

 こちらを振り返った金色の目の下、大きく開けられた口の中に、恐ろしく膨大な量の魔力が集中するのを感じた。


「ブレスが来るぞ! 避けろ!!」


 後ろからアレクの声が飛んだ。

 言われなくても分かってる!


 この場合、上に飛ぶのは自殺行為だから、横だな……

 私は足に魔力を集中すると、思い切り踏み切って右に走った。その後を、火炎放射器も真っ青な量の炎が追いかけてくる。


「あちちち……!」


 土竜のくせに、吐き出した熱量がハンパない。

 とにかく走るだけ走って交わすと、やっと炎が止んだ。


「うはー……あんなの食らったら洒落にならん」


 少し焦げた髪の毛の先をつまんでぼやく。

 アレクも隊長も、魔法士も避けたみたいだったけど、倒れていた傭兵が何人か巻き添えになったみたいだ。

 焦げた肉の匂いが鼻をついて、私は思わず顔をしかめる。


「このクソ竜……戦闘不能の相手になんてことしやがる……」


 これ以上被害が拡大しないうちに、早いところ決着付けた方がよさそうだ。

 私はもう一度、神楽に魔力を集中した。同時に、自分の身体能力も魔力ドーピングで何段階か上げる。


 体勢を整えていた私をよそ目に、土竜は一番近い場所にいた魔法士に向かって前足を振り上げた。


「あっ!」


 剣に集中していたから、反応が遅れた。

 この位置じゃ助けられない……!


 しかし私以外にも動ける人間がまだいた。大きな爪の下に消えようとしていた体を突き飛ばした影が、剣を頭上に構えるのが見えた。

 ガギン!

 竜の爪と、金属がぶつかり合う音がして、黄土色の前足が空中で止まる。


「……あいつ……」


 連れをかばって剣で爪を受けたアレクは、さきほどの隊長よりもうまく重圧を受けられたようだった。おそらく、防御魔法で補助してるのだろう。

 体は地面にめり込んでいなかったが、それにしてもあの重さは1人で受けられるようなもんじゃない。

 額に脂汗がにじんでいるのが分かった。下手すれば、骨の何本かはイってるかもしれない。


 次の瞬間、魔法士の風魔法と私の剣が、同時に土竜の前足を攻撃していた。

 一瞬早く到達した風魔法の軌跡に合わせて、私はありったけの魔力を乗せて横一閃に神楽を薙ぎ払った。


 土竜の前足が胴体から離れるのが、スローモーションのように見えた。

 1本が象の体ほどもある足だ。いかにも重そうに地面に落ちて、ズンという音を立てる。


 アレクは少しよろめいて、剣先をがちゃりと地面につけた。


「おい! 動けるなら早く離れろ!」


 足を切り落とされた痛みと怒りで暴れ始めた土竜の側から、魔法士がアレクを助けて走り去って行くのが見えた。

 少しだけほっとすると、私は土竜に向き直る。


『おのれ……下等な人間が、我の足を……!』


 腹の底に響いてくる声だった。一瞬なんの声か分からなかったが、内容からして明らかにこの土竜の声だろう。

 ……竜ってしゃべるんだ。そういえば、知能高いんだったな。


『貴様ら、我の贄としてここによこされたのではなかったのか……?!』


 不可解な言葉が、土竜から発せられる。


 はい? 贄?

 もしかして生け贄のことか? ……誰が?


 私は土竜の正面に立って、自分に注意を引きつけながら辺りを見回した。

 アレクは回復魔法をかけてもらっているみたいだし、隊長もなんとか生きてる。


「なんの話だ? お前なんかに食われるために、こんな所までのこのこ来る訳ないだろ?」

『贄を……生命力にあふれる人間をひとまとまり。さすれば砂漠を行く商人は襲わないでやろうという約束だったはずだ……!』

「何だと?」


 今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。


 ああ……そうか。ちょっと考えただけで腑に落ちた。

 騎士団が全くついてこないのも、この人数でこんな化けもんの討伐してこいって無茶な注文があったのも、つまりはそういうことか。

 最初から城は、私たちを生け贄として用意していたのだ。

 そう考えれば全部納得がいく。

 苦い思いで、チッと舌打ちした。


(面白くない冗談だ……ふざけやがって)


 傭兵はいつ死んでもいい覚悟で仕事を請ける。でも、だからって死んでもどうでもいいなんてことは絶対にない。

 実際に目の前で数人が命を落としたことを思えば、全く笑えない状況だ。

 大体ここに私がいなけりゃ、本当にみんな死んでてもおかしくない。


「生け贄ねぇ……」


 ちょっと、いや、大分頭にきた。

 ゴウッ! という音とともに、私の握る神楽が緑色のうねりを生み出す。

 もういい、面倒だ。フルパワーで一気に叩き伏せる。


 私は剣を右に構えると、その場で上段から振り下ろした。風魔法の渦と絡まった剣気が神楽から飛ぶ。

 空を斬る風の刃が土竜に向かって真っ直ぐに向かっていく。それを追うように、私は地面を蹴った。

 剣から緑の火花が散るくらいに、ありったけの魔力をこめる。


「もう寝ろ!!」


 先に放った風の刃が土竜の正面、首の中心を穿った。

 同じ場所に、剣で追撃する。

 突き出した刃の向こうに硬い鱗の感触が伝わってきたが、力任せにねじ込んだ。


『ギャアアアアアアアアッ!!!』


 首に刺さった剣を抜こうとしてか、土竜が暴れ回る。

 私は瞬時にその場から飛び退いた。

 剣を引き抜いたところから、大量の血が溢れ出す。


(ああ、土竜の血もやっぱり赤いんだな……)


 いわゆる異形と竜は違う。異形は生き物じゃないけど、竜は生きてる。

 1つの命を奪い去ることに、抵抗がないと言ったら嘘になるけど。

 でもこいつが道ゆく人間を丸呑みしてるのを知っていて、このまま生かしておくわけにもいかない。


 着地した後、少しくらりとめまいがした。

 あ、これ、たぶん怒りにまかせて魔力一気に使いすぎた感じだ。


 ズシン!!

 地面を揺るがして、土竜の体が砂煙の中に横たわった。


 死んだ、と思った。

 それでたぶん、ちょっと気が緩んだ。

 神楽を杖にして、ふう、と息をつくのは、まだ早かったのに。


「……っ飛那姫!」


 アレクの声で顔を上げるまで、土竜の口がこちらを向いていることに気付かなかったのは、まあ、油断というか、甘かった。


「……っ!」


 目の前に飛んできた炎は、さっきのブレスより全然火力がなかった。

 それでも食らえば丸焦げなのは明らかだったけど。


(やばっ……!)


 間に合わない。

 避けられない。


 私はぎゅっと目をつぶって、体全体に盾を張るつもりで魔力を張り巡らせた。


(これで少しは耐えられるか?!)


 炎が自分の体に襲いかかる寸前、炎とは違う衝撃が私を包んだ気がした。

 実際にブレスの炎が私に浴びせられたのは、たぶん一瞬で。

 すぐにしん、と冷えた空気が攻撃の終わりを告げた。


 ……どうやら生きてる。

 しかもどこも痛くない。


「……あれ?」


 目を開けたら、顔の前に皮で出来た軽鎧があった。

 え? なんだこれ? しかも、なんか窮屈な……


「っアレク?!」


 とっさにかばってくれたらしい、アレクが肩で息をしながら私を抱えてた。

 いや! 背中から煙出てるし! 無茶にも程がないか?!

 状況を把握して、私は青くなった。


「……良かった、無事か……」


 それだけ言うと、アレクはその場に膝をついた。


「いや、無事かって……」


 唖然としたまま私も崩れ落ちそうになったが、はっとして倒れた黄土色の塊を睨んだ。

 土竜は口から煙を吐き出しながら、動かなくなっていた。

 光を失った金色の目に、今度こそほっと息をつく。

 終わった。


 私はアレクの肩に手を添えると、その顔をのぞき込んだ。


「あのさ、あんたって……馬鹿なの?」

「ちゃんと考えたよ……君より、私の方が防御系魔法は使えるだろう……?」


 そんな笑顔で言うようなことかな。一歩間違えば死んでたかもしれないのに。


 そうだよ。私なんかかばって、本当に死んでたらどうすんだって。

 いや、ていうより私の前に出るとか百年早くないか?

 結果的に護ってもらったみたくなるじゃんか。

 え? 護られた?

 誰が?

 私が?


 一気に色んなことが脳内を駆け巡って、なんだかもやもやしてきた。

 胸がきゅっとしめつけられたように、息苦しい。なんでだ。


 連れの魔法士が血相変えて飛んできたので、回復魔法をかけてやって欲しいとアレクの体を預けた。

 背中に回ってみたけど、少し黒くなってるくらいでマント以外にダメージはなさそうだった。


 良かった、と安堵のため息がもれる。

 本当に何なんだろう、このお人好しな男は。自分の連れだけじゃなくて、私の前にも飛び出すなんて……


「あんた、早死にするタイプだね……」


 呆れ顔でそう言ってやると、アレクは座り込んだまま私を見上げて、また笑った。


「いや、結構しぶとい方だと思うよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] これ面白いですね! 仕事で疲れてるはずなのに、時間を忘れて読み進めたらこんな時間に!(笑) [一言] こんばんは。 頭が回ってないので語彙力の無い感想ゴメンなさい。 ただ「面白い!」と伝…
2020/07/18 02:46 退会済み
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