表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
74/251

土竜登場

「うわっ!」

「なんだ?!」

「おい! これは……スライムじゃないか?!」


 うにょーんと伸びたドロドロが、先頭の傭兵達に絡みつくのが見えた。

 真っ黒いけど、動きは確かにスライム系だ。また低級異形か……でもこれって、さっきより厄介なパターンじゃないか?


 スライムを退治するには、全部燃やすのが手っ取り早い。

 手っ取り早いって言ったけど、普通の火じゃなかなか燃えてくれないのがスライム。何しろ90%以上が水分で出来てるっていう、ふざけた構造体だからね。


(美威がいれば一発なんだが……)


 のんきな相棒の顔を思い出すが、今はここにいない。

 魔法士が3人がかりで火系魔法を放っている。なんとかなるか?

 いや、ちょっと……でかすぎるな、あれ。


 黒い塊は今までに見たスライムの中でも、群を抜いて大きかった。ちょっとくらいの火系魔法では焼き尽くせないだろう。


 あ、魔法士が1人飲まれた。

 スライム系は弱いけど、一度掴まると抜け出せなくて厄介だよな。完全に飲まれると、水の中と一緒で息できなくなるし……


 物理攻撃の効かないスライム相手に、魔力のない剣士達は、全く役に立っていなかった。まともに立ち回っているのは傭兵隊長くらいだ。


 黒いスライムに翻弄されている傭兵達を遠巻きに見ながら、私はもっと強い相手と戦いたいなあ、と心の底から思った。

 しかし弱いなら弱いで、誰も死なないまでもいつまで経ってもラチがあかなさそうだ。

 あ、また魔法士が飲まれた。これはまずい。あいつらが戦闘不能になると灯りがなくなる。


「……仕方ない、手助けするか」


 右手に愛剣、神楽を顕現させると、私は青色の宝石に魔力を注ぎ込んだ。剣に青白い炎が燃え上がる。


 青い炎は冥界の炎だ。スライムを焼き尽くすにはもってこいの熱量なんだけど、召喚魔法は特殊だから、ここにいる魔法士達には扱えないものだろう。

 ちなみに、私は天才だからノープロブレム。


「死にたくないヤツは、全員退け!!」


 私はそれだけ忠告すると、一足跳びに傭兵達の頭を飛び越して、うねる中心に剣を振り下ろした。

 ずぶり、という柔らかい手応えとともに、青白い炎が波になって黒い水たまりに乗り移る。炎が燃え上がる前に、捕まっていた魔法士をどろどろの中から掴んで引っ張り出した。


 洞窟内に燃え広がる青い炎に、傭兵達はみんな慌てて後ずさった。

 間近で燃え上がった炎に触れてパニックになってるヤツもいたが、まあ……この際多少の犠牲は仕方ないだろう。


 黒いスライムは数秒で灰色の煙を出し始め、徐々に空中に霧散していった。

 一丁上がりっと。


 すっかり気を失っている魔法士の体を地面に転がすと、私は神楽の顕現を解いた。青い粒子になって、空中に溶けていく剣を、みんなが呆気にとられたように見つめている。

 なんか、居心地悪い。


「す、すごいなあんた……」


 隣の男が不気味なものを見るような目で私に言った。言動と表情が一致してないのは気のせいか?


「た、助かった」

「連れを助けてくれてありがとな」


 あちこちからそんな声が上がって、更に居心地が悪くなった。

 お礼とかやめてほしい。私は自分がやりたいようにやってるだけなんだから。


 一部始終を見ていた傭兵隊長が、私に向かって手招きした。


「あんた、名前は?」

「飛那姫だ」

「飛那姫、一緒に先頭に来てくれないか。」

「……いいよ」


 そんな訳で、私は隊長の後に続いて洞窟内を進むことになった。

 さっきのスライムのせいでまた3人ほどヘタれて戦線離脱したし、これ以上灯り……もとい、魔法士達に減られると困る。


 また少し洞窟内が広くなって、さっきよりも更に大きい空間に出た。天井も相当高い。まるで天然の大広間だ。

 魔法士の残り3人が、洞窟の上の方まで光を飛ばして辺りを照らす。

 6個目の光が天井に灯ったとき、一番奥の壁際に寝そべる大きな物体が目に飛び込んできた。


 いや、もう見る前からそこにいることは分かっていた。

 だって、人間とは明らかに異質の、魔力の塊みたいな気配がぷんぷんしてる。


「あれが土竜か……?」


 傭兵隊長の声が少しうわずっているように聞こえたけど、無理もないだろう。

 こうやって見ると、土竜は砂漠のリザードマンを十匹合わせたよりまだでかかった。

 羽はないけど、背中としっぽには恐竜みたいなごつごつしたトゲが生えてる。黄土色の肌はいかにも硬そうだし、全身甲冑さながらの見た目はどこを叩いたら一番効きそうか、全く謎だ。


 そう考えていたら、ゆらりとその頭が持ち上がった。

 金色に光る目がこちらに焦点を合わせる。


「先手必勝! ブレスを吐く隙を与えるな!!」


 隊長がそう叫ぶと、傭兵の剣士と拳闘士達が一斉に土竜に向かって駆けだした。

 いや、先手必勝は結構なんだけど。突っ込みすぎるのも危ないと思うぞ。


 そう思いながらも、みんなに続いて私も走り出す。

 足の速い拳闘士が、土竜に向かって何かを投げるのが目に入った。

 ドン! ドン! と爆発音がして、広間内に煙が巻き上がった。


 おいおい、洞窟内で爆発物か? あっぶねーなぁ。

 でもそれくらいやらないと、普通の剣でダメージを与えることは難しいか。

 と思ったら、魔法士達が背後から剣士達の剣に、風属性の魔法をかけているのが見えた。


 なるほど、簡易魔法剣なわけか。

 しかも、魔力がない人間も使えるときてる。これはいけるかも?


 神楽を構えて土竜から30M手前で止まった私は、剣士達が風魔法の剣を叩き込むのを見物していた。

 ガキン! と音がして、何人かの剣が硬い皮膚に食い込んだ。

 それぞれの傭兵が手応えを感じた瞬間、土竜の周囲にいた人間が全て、はじき飛ばされて宙を舞った。


「ぐはっ!」

「げほっ……!」


 どさどさっと、目の前に傭兵達が落ちてくる。

 しっぽではじき飛ばされたのだ。


 あちゃー……痛そう。まあ、大丈夫か。とりあえず生きてるし。

 近づいたら、しっぽとかブレスとか爪とか、気をつけなきゃいけないことがいっぱいあるのに。何やってんだか……


 肝心の簡易魔法剣での攻撃は、うっすらと皮膚に血がにじみ出ている程度だ。

 はっきり言って、全然効いていない。


(だめだこりゃ)


 何人かの傭兵がまだ回りでごちゃごちゃ剣を振り回していたが、でかい動物にたかってるハエみたいに見える。

 また何人かがしっぽで弾かれた。うめき声をあげて地面に転がる傭兵が増えた。


 でもその中にしっぽの攻撃を避けて、まともな動きをしている傭兵が2人だけいた。

 傭兵隊長と、アレクだ。


「へー?」


 隊長はともかく、あのイケメンも意外と戦えたらしい。

 2人とも自分の剣を風属性の簡易魔法剣に変えて、頭を集中的に狙っているようだ。ブレスを溜める隙をあたえないつもりだろう。


「風魔法か……」


 土竜のウィークポイントは、土属性と対極にある風属性らしい。

 私はどっちかって言うと、火属性の方が得意だ。もちろん風魔法も使えるけど。

 神楽を構えて、装飾の中のひとつ、緑色の丸い宝石にたっぷり魔力を流し込んだ。足下から渦巻く風が、神楽を緑色に輝かせる。


(これが本当の魔法剣だよな)


 視線の先で、上から振り上げられた前足を剣で受け止めた隊長が、地面に半分めり込んだ。

 げげっ、なんちゅー力だ……あの人もよく耐えたな。

 更に上からのしかかられて、もうどうにもならないみたいだけど。あれ、助けないとヤバいな。


「隊長! もうちょっと耐えてろよ!」


 そもそもあの土竜は私の獲物だ。手伝えとか言われなくてもやってやる。

 強い敵との命の駆け引きこそが、剣の醍醐味。

 私の魂が、神楽が輝く瞬間だ。


 地面を思い切り蹴った私は、天井近くまで飛び上がった。

 あぶね、もうちょっとで頭ぶつけるところじゃん……

 1人でツッコミながら、上空から彗星が落ちる勢いで剣を振り下ろす。土竜が反応して避ける前に、その頭部に緑色の斬撃を叩きつけた。


 ゴウゥゥン!!

 風魔法の影響で、轟音とともに辺りに突風が巻き起こる。

 砂煙が舞い上がる中、私はすぐに剣を引いて空中でくるくるっと二回転してから地面に着地した。


『ギイエエエエエエェェッ!!!』


 鼓膜が破れそうな大音量で、土竜が叫ぶ。広間内をビリビリ言わせるほどの声が、まるで衝撃波のように体を揺らしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ