オアシスの戦闘
馬車は小一時間ほど走り続け、私が寝ているうちにオアシスのすぐ目の前までたどり着いていた。
御者は私たちを下ろすが早いか、一目散に来た道をとって返していった。
砂煙をあげる馬車は砂丘の向こうに小さくなっていく。
あれ? これ、帰りは歩いて帰ってこいってことか?
一抹の不安を覚えながら、私はその後ろ姿を見送った。
よくよく見回してみれば、騎士団からは一人も兵が出ていない。本当に傭兵だけで討伐を終えるつもりらしい。
土竜ってもしかして意外と弱かったりするのかな?
「みんな、少し聞いてくれるか」
傭兵の中でもそこそこ名が知られてるらしい40歳くらいの男が、地図を広げて説明を始めた。
こいつが一応の指揮者。今回の隊長ってことになるらしい。
傭兵隊長はオアシス内の地図にある、洞窟の場所を指し示して言った。
「あそこに見える高い木の左側からオアシスに入る。私が先頭で進むから、みんなは見失わないように着いてきて欲しい。土竜の住む洞窟はここ、オアシスの真ん中に位置している」
隊長の号令でぞろぞろと進み始めた傭兵は全部で30名ほど。これだけの人数で討伐しに行こうっていうんだから、やっぱり大した敵ではなさそうだ。
私はややがっかりした気分になった。
オアシスの中は湿度が高いせいでムッとしていて、足下の地面はぬかるんでいた。砂漠の真ん中なのに、雨でも降ったあとみたいだ。
歩きにくい上に両側から大きな葉っぱが顔にかかってきて、進むのにえらい邪魔だ。なんでちょうどよく、私の顔辺りに垂れ下がる高さで生えてるんだろう。
忌々しく思いながらも葉っぱを払いのけて進んでいると、横から出てきた男に順番を抜かされた。
また出た。銀髪のイケメンだ。
「……」
無理矢理抜かされた形になったが、軽く睨んで済ます。
もたもた進んでいるのが鬱陶しかったんだろう。
てっきり邪魔にされたのだと思った私は、少し進んだところで違和感を覚えた。
なんか、進みやすい。
顔に葉っぱが当たらない。
ガサガサとかき分けられていく目の前の背中をじっと見ていて気が付いた。
これ、もしかして先に進んで葉っぱを避けてくれてる?
邪魔に思われたんじゃなくて、単に紳士の精神か?
普段こんな風に世話を焼かれることのない私は、小さかった頃、いつも護衛についていてくれたロイヤルガード達を思い出してしまった。
(……おかしいな)
こいつを見てると、王女時代の頃を思い出す。
理由は分からなかったけど。なんとなく懐かしい気すらした。
「ラフビッツが出たぞ! 結構な数だ!!」
少し開けた場所に出たとたん、先頭からそんな声が上がった。
ラフビッツはでかいネズミみたいな形をした、森によくいる低級異形の一種だ。弱いけれどすごく素早くて、歯に毒を持っているので噛まれるとしびれる。
集団で来ると厄介な相手だった。
「なるべく広いところに出ろ!」
誰かからそう声が飛んだ。言われるまでもない。
私はいったん近くの木の上に跳び上がってから、一番広そうな場所をめがけて跳躍した。
着地と同時に、周囲からバラバラと子犬大のラフビッツが飛びかかってくる。
私は瞬時に相棒の長剣をその右手に呼び出した。
キン! という硬質な音は、魔法剣が顕現するときのものだ。
青白い軌跡を残して長剣を一閃すると、3匹のラフビッツが宙で弾かれて、地面に落ちた。
その体はすぐに灰色の煙を立てて消えていく。いつ見ても、形を残さない異形の死は不思議だ。いや、負の思念から生まれた異形は生命体ではないので、死ぬという概念自体がないか。
私の持っている剣が特殊なことに気付いて、何人かの傭兵がチラチラとこちらを見ている。お前ら、そんなことに気をとられてるヒマがあるのか?
続けて飛びかかってきた2匹を剣で斬り払って、私は周囲を見回した。
助けてもらったつもりはないし、気を遣われたところでうれしいわけでもない。でも、ちょっと気が引ける分くらいは、借りを返しておかなくちゃいけないだろう。
銀髪の男の姿を探してしまっている自分に、そう言い訳する。
重そうな長剣を片手に、ちょうど茂みから出てきた銀髪の男と目が合った。
私の持つ魔法剣を見て、目を瞠ったのが遠目にも分かった。
だから……どいつもこいつも、この状況で他に気をとられてる場合か?!
「馬鹿っ……後ろ!」
ラフビッツが横と後ろから、銀髪の男に飛びかかっていくのが見えた。
素早い動きに反応して交わしたが、この低級異形の速さは普通の人間の比じゃない。集団で発生した時にはすぐに仕留めないと危ないって、習わなかったのか?
銀髪の男は後から沸いて出た個体と合わせて、合計5匹に囲まれた。
あの数を同時にさばくには、私に近い身体能力がないと難しいだろう。
ひとつ舌打ちして、私は、ぐん、と剣に魔力をこめた。刃が金色の光を帯びて輝く。装飾の中の1つ、黄色いダイヤ型の宝石がバチッと音を立てた。
「外しても恨むなよっ!」
私が剣を振り下ろすと、そこから細い稲妻が走った。
5本に枝分かれした金色の軌跡が、それぞれラフビッツに直撃する。バチバチッと電気を放った後、5体全てが灰色の煙になって消えた。
ラフビッツによく効く雷系の魔法。飛ばすのは苦手だが、当たって良かった。
「ぼけっとしてると危ないぞ! ちゃんと周り見ろ!」
こっちを見て呆然としている銀髪の男に声を投げると、私は別の方向からやってきた2匹を薙ぎ払った。
借りを返すのはこれくらいでいいだろう、あとは自分でなんとかしろ。
私が28匹目のラフビッツを煙に還したとき、襲撃が止んだ。
静かになった周囲を見回してみる。
みんなちょっと息が切れてるみたいだ。座り込んでるやつもいる。
弱いけど、フル回転でついていかないと仕留められない相手だったから仕方ないか。
8人の男達が地面に転がってうめいていた。大した毒じゃないから死にはしないけど、動けないだろうから、こいつらはここで戦線離脱だな……
「あの……」
背後から声をかけてきたのは、銀髪の男だった。
息も切れてないし、無傷のようだった。他のヤツよりは使えるってことか?
「先ほどはありがとう……その、君は……」
「? 何だ?」
「いや、聞きたいことがありすぎて、何から話せばいいか分からないな」
銀髪の男はそう言うと、緑色の目を細めて笑った。
「私はアレクシスだ。名前を聞いてもいいか?」
「……飛那姫だ」
「飛那姫、東の方の名か。君は剣士で、魔法士なのか?」
「魔剣士、になるのかね……好きに呼んでくれればいいよ」
「君の剣には驚いたよ。魔法剣ははじめて見た」
私の握る長剣に視線を移して、銀髪の男は目を輝かせた。
「そんなに珍しい?」
私の問いに、銀髪の男は少年みたいな顔で思い切り頷いた。
父様から受け継いだこの剣は、東の大国の国宝。王家伝承の門外不出品で、最高峰の魔法剣だ。
剣好きがそんな顔になってしまうのは、仕方ない気もするが……
「……もう消すよ」
敵もいないのに見せびらかす気はない。フッと、長剣を宙に溶かして消すと、銀髪の男はとても残念そうな顔になった。
いや、罪悪感なんてないから。私、別に悪いことしてないし。
「みんな、先に進むぞ! 洞窟まであと少しだ。洞窟内も歩くから、また小物が出て体力を使う前にたどり着きたい!」
傭兵隊長のおっさんが向こうからそう声を投げる。
私も賛成だった。こんなところで休憩するなんて、時間の無駄以外の何者でもない。
動き始めた隊に合わせて私が歩き始めると、銀髪の男がすぐ後についてきた。
「ついてくるなよ……ええと、アレク、シス?」
「同じ方向だろう?」
「じゃあもうちょっと離れて歩け。アレク……」
「アレクシスだ」
「……面倒だから、アレクでいいか?」
勝手に名前を省略したら、銀髪の男の後ろにいた連れの男が顔を引きつらせたのが見えた。
何だ? なんか問題あるか?
「ああ、アレクでいい」
少し驚いたような顔をした後、銀髪の男はそう言って楽しそうに笑った。
変なヤツ。