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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
7/251

会議と不信感

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

↑この罫線は、視点の切り替わりがあるところで出て来ます

 先代の父王より、この国を受け継いで、16年余りが過ぎた。

 紗里真王国の王として大会議室の上座に座り、私は天海高絽の言葉を心の中で反芻していた。


(この国に、密偵がいるようです)


 高絽が持ち帰った情報は、この国が内部から崩壊していく予兆ではないのか。

 得体の知れない宗教団体が各地で暴れ、騎士団にも負傷者が増え続けている。

 王族統治に反旗を翻そうと目論む者が、紗里真を標的として動いていることは事実だった。


(密偵か……)


 胸の奥に、冷たくて硬い石ころを投げ込まれた気分だ。

 情報の流出と言われて、思い当たる節がない訳ではない。ここ1、2年ほどの間に、大臣1人を含め、紗里真の城内には他国の者が増えた。

 和平のためとは言え、監視目的で送られてきた人材もいるだろうことは承知の上だ。

 しかし本当に彼らの誰かが糸を引き、軍の詳細な情報を他に流し、騎士団や王族までをも襲撃したのだろうか。


(そのような事をすれば、各国の均衡が崩れる……)


 元々が各国の領域を侵すことがないよう、また、貿易がうまく運ぶよう取り入れられた人材達だ。

 他の大国が紗里真に戦争を仕掛けようと考えたところで、大きな戦を起こせば互いに消耗は必須。その隙を他の大国に狙われることを思えば、戦争を起こすことに利があるとは到底思えない。


 今は各大国間に和平の条約が結ばれ、貿易が自由化されている時代だ。

 はるか昔のように、資源を巡って戦争を起こすなど、愚挙以外の何物でも無いだろう。そんなことは誰にとっても明白だ。

 はたして、使徒団と大国の関与を結びつけて考えて良いものか……



「ビヴォルザーク殿は、この件についてどのようにお考えですか?」


 思考の先を促すように、大臣の一人、賢唱(けんしょう)がそう口を開いた。

 彼は重鎮の中で最も古参で、信頼の厚い臣下だ。先王の頃より、紗里真によく仕えてくれている。

 好々爺の雰囲気の中にも隙の無い鋭い眼光は、年を経た分だけ老獪さを増した、彼の知恵の光そのものだろう。


 この大会議室には今、大臣3人と騎士団長、私の5人が会議卓についている。

 投げかけられた質問に、ビヴォルザークは「そうですな」とあごを少しなでると、同席者の顔を見回してから話し始めた。


「北の大国モントペリオル出身の私としましては、この一件に関して、祖国の関与は一切無いと断言できます」

「その根拠はご説明いただけますかな?」


 賢唱の言葉に、ビヴォルザークは面白くなさそうな表情で首を振った。


「根拠などとは……馬鹿馬鹿しい。大国間が戦争を起こさぬよう和平を貫くのは当たり前のことです。私や私以外の者も皆、争いの種になるためにこの国に赴いたのではありません」


 もっともなことをビヴォルザークが口にする。無論、そうでなくてはならないし、そうあって欲しい。


「では現状、軍の情報が外部に漏れていることについては、他にどのような意図があるとお考えか?」


 もう一人の大臣、礼峰(れいほう)が尋ねる。

 彼は私と同じ40代後半になる魔法士上がりの大臣だ。学問や(まつりごと)に長け、蒼嵐の師でもある。


 彼が問うているのは、危険な橋を渡ってまで手に入れた軍の情報を、何に使うつもりなのか、ということだ。

 そんなものが必要になるのは、戦争を起こす時に限る。そう考えるのは、ごく自然なことだろう。

 問題は、「誰が」「この東の大国に」「どんな理由があって」戦争を仕掛けるつもりなのかということだ。


「それは大国に関係なく、例の宗教団体そのものに紗里真を害する意図があるだけ、ということではないですかな。彼らは自分たちの始祖のみを崇めて、王族に従う気はないようですから」


 ビヴォルザークが不敵な顔で、逆に礼峰に問う。


「大国の関与を疑うのも結構ですが、光の使徒団とやらの目的が明らかにならない以上、このことについて議論すること自体が時間の無駄なのではないですかな?」

「現時点での論点は軍の情報漏洩が何故起こったかということであって、即座に大国の関与を疑うものではありません。もっとも、誰が密偵なのかは早急に調べる必要がありますが……」


 先の暴動鎮圧のために派遣したのは、騎士団の精鋭部隊が2隊。総勢32名の小隊だ。

 救援要請があった数時間後には、高絽の率いる騎士団が極秘に出立した。

 そのことを知っているのは、数名の上級官僚と、大臣、騎士団長のみだ。


「確認する相手など限られています。さほど時間はかからないでしょう」


 裏切り者は誰か、すぐに分かる。

 遠回しにせよ、そう含んだ内容を告げる礼峰に、ビヴォルザークはわずかに口端をあげた。


「では、密偵の調査は礼峰殿を中心に、早急に調べられれば良いかと」

「ええ、そのつもりです」


 早急に調査を進めることに、皆異存は無い。

 大臣達の会話を黙って聞いていた私は、少し手を挙げて場の注目を集めた。


「皆の考えは色々あろうが……もし、蒼嵐が東に向かった情報さえどこからか漏れていたとなると……そのことを知っていたのは私と、ここにいる皆と部隊長の一部だけとなる」


 その意味は分かるか? と、私は続けた。

 口にするのがはばかられる内容に、場の全員がしばし沈黙する。


「……我々か、もしくは我々に近しい者の中に、密偵がいるということですな」


 ゆったりとした口調で、賢唱が答えた。

 私は小さく頷いてみせた。


 それは投げ込まれた互いへの不信感だ。本来であれば、あってはならない、内部崩壊にすら繋がる、波紋。

 何故このような事態になってしまったのか……苦々しい思いが胸に広がる。


「そのように思いたくはない。皆を信じているが、だからこそ、情報がどこから漏れているのかを早急に突き止める必要がある。この件については各々が、それぞれの方法で内密に、調査を進めて欲しい」


 私の言葉に、一同がその場で(こうべ)を垂れた。


「仰せのままに」



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 会議があった次の日。

 真国の西と南にある小国で、暴動と略奪が起こったとの報告が相次いだ。


 さらにはすぐ隣国である北の小国・綺羅(きら)の近くでも、部落が光の使徒団を名乗る暴徒に略奪行為を受けている、と救援要請があった。


「短期間に示し合わせたようにあちこちの場所で……これでは誰が暴動の指揮者なのか、皆目分からぬな」


 忌々しく呟いて、賢唱は騎士団の名簿をめくった。

 彼はこれから早急に、救援要請のあった地域に派遣する騎士を選別しなくてはならない。


「西には精鋭隊の4隊と騎士隊の3、5隊、騎兵隊の10隊を。南は……」


 騎士団には階級事に3つのクラスがあり、下から騎兵隊、騎士隊、精鋭隊の順に分かれる。

 騎兵隊は一番人数が多く、主に城下町や国の周囲、7つある小国の警備を行っている。

 その上のクラス、騎士隊は騎兵隊を誘導する役、有事の際に前衛に立つ役、精鋭隊の補佐を行うなどの役割がある。このほとんどが騎馬隊だ。


 そして、精鋭隊は騎士団の中で最も屈強な部隊。心身ともに頑強とされる騎士のみで構成された、少数精鋭部隊だ。

 騎兵隊が1隊100人ほどなのに対して、精鋭隊は1隊が15人程度の人数で構成されている。

 有事に備え、城内に常駐しているのは、基本的にこの精鋭隊の騎士達のみだ。


「今はすでに精鋭隊13隊のうち、3隊が出払ってしまっている。新たに4隊派遣するとなると、城の護りが薄くなるのは否めないな……」

「賢唱様、こちらの救援要請があった綺羅の部落はさして遠くありません。精鋭隊ではなく、騎士隊と騎兵隊だけでなんとかなるのでは」


 大勢の兵士が動けば、食料や荷物運搬などのコストがかかる。

 精鋭隊のように少人数で動き、短期間で暴動が鎮圧出来ればコストは少なくてすむ。また、大人数が動くよりも、秘密裏に任務に当たることが出来る。

 それ故に、普段は救援要請があると精鋭隊が率先して出向することになっているのだが。

 部下の上級学士の助言に、賢唱は仕方なさそうに頷いた。


「うむ、それもやむを得ないと思っていた。このような不穏な動きがある状況で、王御身の護りを手薄にするわけにはいかんからな」

「今は高絽様も城を出ておりますし、それがよろしいでしょう」


(高絽、か……確かにあの男が王の傍らに控えているのなら、精鋭隊が半数以上出払っていても護りに問題は無いのだが)


 騎士団指南役であり、紗里真王国最強の剣士。天海高絽。

 旅先から王が連れ帰ってきた、身元不明の男。

 騎士団に入れてはどうかと、突然連れて来られたのはもう10年以上昔のことになる。


 はじめから並外れた剣の才能と魔力を持ち、短期間に一介の騎士から精鋭隊長になった。その後、騎士団長を断って指南役となったのは8年前のことだ。

 年々、騎士団の指南役というよりは、王女の指南役としての役割が大きくなっているようにも見えるが。


(あの男は国王様のため、というより、姫様のためなら何でもするだろうな)


 元より自分から人に積極的に関わることのない、静かな男だった。あまりにも優れた才能のせいで、周りからは距離を置かれることも多かった。

 当時は笑った顔を見せることすらなかったが、第一王女が産まれて、剣の指南役を任されるようになってからは随分と人が変わった。


(あれほどに無垢に美しい笑顔を見せられては、誰しも心が凪ぐということなのだろう……)


 飛那姫といる時だけは優しい顔になる高絽を、賢唱はいつも微笑ましい気持ちで眺めていたのだった。


 騎士団の振り分けを終えて、準備が整い次第出立するよう指令を出したら、今日の仕事は終了だ。

 賢唱は壁に掛けられた振り子の時計を見上げて、ひとつ息をついた。もう夕餉(ゆうげ)の時刻を1時間以上過ぎている。

 暖かな気候になってきたとはいえ、60を過ぎた身にオーバーワークは応えるものだ。

 そろそろ後任に仕事を引き継いで、静かに老後を暮らすべきかとも考える。

 死ぬまで王に仕える身でありたいとは思えど、大臣の肩書きはそう軽いものではないからだ。

 老いを感じた時点で、引き際をどこにするかと考えるのは、賢唱が真に有能な大臣であるからだろう。


 部下達がすべて部屋を出て行った後、賢唱自身も食事のために部屋を出た。

 部屋の入口に立っていた護衛兵4人のうち2人が、一礼して警護についてくる。


 大臣用のバンケットルームへ向かう途中、渡り廊下から見える精鋭隊の鍛錬場が目に入って、ふと足を止めた。

 明かりが、一区画だけついている。

 この時間彼らは夕食のはずだ。今日に至っては、出立の準備で忙しい部隊もあるだろうに、稽古に精を出す騎士がいるとは……


「はて……」


 賢唱はいぶかしく思い、1階の鍛錬場に続く階段へと足を向けた。

 鍛錬場の入口に近付いても、鋭く風を斬る剣の音が聞こえるものの、剣同士がぶつかり合う音は聞こえてこない。

 その理由はすぐに分かった。


「姫様……」


 そこで一人、剣を振るっていたのは飛那姫だった。

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