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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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サンパチェンスの城下町

「アオアシドリの唐揚げでお待ちのお客様ー」


 屋台の一角から、店主が客を呼ぶ。

 うだるような日差しの下、市場の青空食堂はたくさんの人で賑わっていた。


 ここは世界でもっとも南に位置する、サンパチェンスの城下町。

 一年中気温の高い、常夏の国だ。


 どの屋台からもおいしそうな匂いがただよっていて、中央の噴水から吹き出るしぶきは、集まる人の頭上に降り注いでいた。

 青空食堂に置かれたテーブルの間を縫って、長い黒髪の女性が歩いて行く。

 年の頃は16ほど。日よけに必須の紫がかったベールをかぶり、腰布をひらめかせる。

 かかとのついたサンダルが、石畳の上で涼しげに音を立てた。


「はいはい、唐揚げ私のね」


 黒髪の女性は、香ばしい匂いが立つ5個入りの唐揚げBOXを手にしてお金を払った。すぐ隣の屋台でフルーツの盛り合わせも買ってから、テーブルに戻っていく。


「……お前、それ何個目? 少し食い過ぎじゃないか?」


 戻った先に足を投げ出して座っていたもう1人の女性が、「デブるぞ」と、呆れた目で呟いた。

 こちらも歳の頃は16くらい。明るい薄茶の髪が、太陽に照らされてゆるやかなウェーブを描いている。

 日よけの一切を身につけておらず、大きく肩と胸元の開いた海色のタンクトップに、ショートパンツ、編み上げのショートブーツという出で立ちだ。

 その服装は活動的ではあったが、この国の人たちからだいぶかけ離れている。

 場に浮いているようにも見える彼女は、周囲からの視線を気に留める風もない。


「もうこれで最後だから大丈夫だもん。大体ねぇ、食べたらお肉になるに決まってるでしょ? いくら食べても太らない飛那(ひな)ちゃんがおかしいのよ」


 椅子に座り込んだ黒髪の女性が、口を尖らせる。


「鍛え方が違うんだから当たり前だ。美威(みい)とは基本のカロリー消費が違いすぎる」


 薄茶の髪の女性、飛那姫(ひなき)は軽く笑いながら、揚げたての唐揚げを一つ口の中に放り込んだ。

 結局食べるんじゃん……と、黒髪の女性、美威は恨めしそうな顔で自分もフルーツにかじりついた。


 2人はパートナーとして7年間、一緒に世界中を旅している。

 流れの傭兵という職業は女性としてはひどく珍しい。

 しかし優れた剣士と魔法士である彼女達には、この仕事が合っているのだ。


 この国に辿り着いたのは昨日。

 酒場でも、仕事斡旋所である傭兵ギルドでも大きな仕事は見つからず、そのままふらふらと国見物をしながら彼女たちはここにいる。


 ふいに片目を細めた飛那姫が、流れるような手つきでテーブルの上からフォークを取り上げた。

 視線は前を向いたまま、背後から肩を叩こうとしていた手にそれを突き立てる。


「あいたぁっ!」


 刺さりはしなかったものの、相応に痛かっただろう手が弾かれたように引っ込められた。


「勝手に触るなよ、おっさん」

「ひ、ひどい……」


 飛那姫に睨まれて涙目で右手をさすっているのは、見知らぬ中年の男だった。

 頭に巻いた日よけ、だらんと長い肩からまき付ける型の服。色黒の濃い肌。

 格好から言ってもこの国の者だろう。


「背後からいきなり近づくからそうなるんだよ」


 とんとん、とフォークの背でテーブルを叩きながら、さも当然のように飛那姫が言う。

 美威は唐揚げを口にほおばりながら、こくこく、と頷いた。

 全身が凶器仕様である、飛那姫の背後には立たない方がいいと思う。


「お、お嬢さん達……さっきギルドにいた人達ね?」


 男はめげずに話し始めた。


「そうだけど?」

「傭兵なのか?」

「流れのね」

「私情報屋。いい情報あるけど、買わないか?」

「……」


 突如の提案に、飛那姫はちらと美威を振り返った。

 唐揚げをモグモグしていた美威は、そのまま首を横に振った。


「『いい情報』の詳細が漠然としすぎてて、とてもじゃないけど買う気になれません」

「だよなぁ……」


 はっきり言って、うさんくさい。

 明らかな拒絶を受け取った男は、それでも食い下がった。


「この情報、期限付で今日の1時までに売れないと意味がなくなるね! 半額でもいいから買わないか?!」

「半額?」


 その言葉に、ぴくり、と美威の目が光った。

 その二文字には弱い。すごく。

 飛那姫は広場の時計を見上げた。1時と言ったら、もうあと30分もないではないか。


「内容は何ですか? 捜索? 異形退治?」


 美威は男に詳細を話すように詰め寄った。

 本当にいい情報なら買っても良いが、それが自分たちに意味のないものでは困るのだ。


「城が募集しているでかい討伐の話ね。一部の戦士や傭兵にしか出回っていない募集だから、紹介状がいるね」


 男は、懐から白い封筒を出した。

 裏の封緘には、サンパチェンスの国印が押されている。本物らしいことを確認して、美威は一番重要なことを尋ねた。


「で、その情報と紹介状はおいくら?」

「3万ダーツね」

「3万……高すぎやしません? それの半額ってこと?」

「元が6万ね」

「……じゃあ、2万でどうですか?」

「お嬢さん、悪いけど半額以下には出来ないね。私この情報手に入れるのに、かなり苦労した。これが最後の1通ね」

「じゃあ、1万5千」

「おい美威、それじゃ下がってるだろ」


 金銭感覚のしっかりしすぎた相棒に突っ込みを入れると、飛那姫は男の持っている紹介状をその手からひったくった。


「こっ、困るよ!」

「私たちは困らないんだな、これが」


 男が慌てるのにもかまわず、飛那姫は封を切って中から一枚の紙を取り出した。広げて目を通す。

 内容は「国の東側にあるボルヌ砂漠の土竜が、商人や旅人を襲っているので討伐する」というものだった。

 参加する者は、今日の1時にこの紹介状を持って城へ集合せよと書いてある。


「本物みたいだな。払ってやれよ、2万くらい」


 いつの間にか、半額以下になっていることは気にしない。


「土竜ねぇ。砂漠なのに砂竜じゃないんだ」


 美威はそう言って、財布からきっちり2万ダーツを出すと、男に渡した。

 あきらめ顔でそれを受けとった男は、「もう時間がないね。急ぐといいよ」と言い残して、しぶしぶその場を去って行った。


「お城の依頼なら、報酬もはずみそうねっ」


 傭兵ギルドで探す仕事より、城から直接請け負う仕事の方が報酬額は高い。美威はご機嫌で紹介状の入った封筒をパタパタ振った。

 それを見ていた飛那姫は、少し考えてから尋ねた。


「なあ美威、土竜って見たことないけど、強いのか?」

「さあ……他の竜と一緒でレベルはピンキリなんじゃない? でも傭兵募集するくらいだから、城の兵士達じゃ間に合わないってことでしょ。強いんじゃないかな?」

「そうかそうか、強いのか…」


 最後の唐揚げを口に放り込んで平らげると、飛那姫はわくわくした顔で椅子を立った。


「よし! じゃあ行くか、土竜退治!」

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