サンパチェンスの城下町
「アオアシドリの唐揚げでお待ちのお客様ー」
屋台の一角から、店主が客を呼ぶ。
うだるような日差しの下、市場の青空食堂はたくさんの人で賑わっていた。
ここは世界でもっとも南に位置する、サンパチェンスの城下町。
一年中気温の高い、常夏の国だ。
どの屋台からもおいしそうな匂いがただよっていて、中央の噴水から吹き出るしぶきは、集まる人の頭上に降り注いでいた。
青空食堂に置かれたテーブルの間を縫って、長い黒髪の女性が歩いて行く。
年の頃は16ほど。日よけに必須の紫がかったベールをかぶり、腰布をひらめかせる。
かかとのついたサンダルが、石畳の上で涼しげに音を立てた。
「はいはい、唐揚げ私のね」
黒髪の女性は、香ばしい匂いが立つ5個入りの唐揚げBOXを手にしてお金を払った。すぐ隣の屋台でフルーツの盛り合わせも買ってから、テーブルに戻っていく。
「……お前、それ何個目? 少し食い過ぎじゃないか?」
戻った先に足を投げ出して座っていたもう1人の女性が、「デブるぞ」と、呆れた目で呟いた。
こちらも歳の頃は16くらい。明るい薄茶の髪が、太陽に照らされてゆるやかなウェーブを描いている。
日よけの一切を身につけておらず、大きく肩と胸元の開いた海色のタンクトップに、ショートパンツ、編み上げのショートブーツという出で立ちだ。
その服装は活動的ではあったが、この国の人たちからだいぶかけ離れている。
場に浮いているようにも見える彼女は、周囲からの視線を気に留める風もない。
「もうこれで最後だから大丈夫だもん。大体ねぇ、食べたらお肉になるに決まってるでしょ? いくら食べても太らない飛那ちゃんがおかしいのよ」
椅子に座り込んだ黒髪の女性が、口を尖らせる。
「鍛え方が違うんだから当たり前だ。美威とは基本のカロリー消費が違いすぎる」
薄茶の髪の女性、飛那姫は軽く笑いながら、揚げたての唐揚げを一つ口の中に放り込んだ。
結局食べるんじゃん……と、黒髪の女性、美威は恨めしそうな顔で自分もフルーツにかじりついた。
2人はパートナーとして7年間、一緒に世界中を旅している。
流れの傭兵という職業は女性としてはひどく珍しい。
しかし優れた剣士と魔法士である彼女達には、この仕事が合っているのだ。
この国に辿り着いたのは昨日。
酒場でも、仕事斡旋所である傭兵ギルドでも大きな仕事は見つからず、そのままふらふらと国見物をしながら彼女たちはここにいる。
ふいに片目を細めた飛那姫が、流れるような手つきでテーブルの上からフォークを取り上げた。
視線は前を向いたまま、背後から肩を叩こうとしていた手にそれを突き立てる。
「あいたぁっ!」
刺さりはしなかったものの、相応に痛かっただろう手が弾かれたように引っ込められた。
「勝手に触るなよ、おっさん」
「ひ、ひどい……」
飛那姫に睨まれて涙目で右手をさすっているのは、見知らぬ中年の男だった。
頭に巻いた日よけ、だらんと長い肩からまき付ける型の服。色黒の濃い肌。
格好から言ってもこの国の者だろう。
「背後からいきなり近づくからそうなるんだよ」
とんとん、とフォークの背でテーブルを叩きながら、さも当然のように飛那姫が言う。
美威は唐揚げを口にほおばりながら、こくこく、と頷いた。
全身が凶器仕様である、飛那姫の背後には立たない方がいいと思う。
「お、お嬢さん達……さっきギルドにいた人達ね?」
男はめげずに話し始めた。
「そうだけど?」
「傭兵なのか?」
「流れのね」
「私情報屋。いい情報あるけど、買わないか?」
「……」
突如の提案に、飛那姫はちらと美威を振り返った。
唐揚げをモグモグしていた美威は、そのまま首を横に振った。
「『いい情報』の詳細が漠然としすぎてて、とてもじゃないけど買う気になれません」
「だよなぁ……」
はっきり言って、うさんくさい。
明らかな拒絶を受け取った男は、それでも食い下がった。
「この情報、期限付で今日の1時までに売れないと意味がなくなるね! 半額でもいいから買わないか?!」
「半額?」
その言葉に、ぴくり、と美威の目が光った。
その二文字には弱い。すごく。
飛那姫は広場の時計を見上げた。1時と言ったら、もうあと30分もないではないか。
「内容は何ですか? 捜索? 異形退治?」
美威は男に詳細を話すように詰め寄った。
本当にいい情報なら買っても良いが、それが自分たちに意味のないものでは困るのだ。
「城が募集しているでかい討伐の話ね。一部の戦士や傭兵にしか出回っていない募集だから、紹介状がいるね」
男は、懐から白い封筒を出した。
裏の封緘には、サンパチェンスの国印が押されている。本物らしいことを確認して、美威は一番重要なことを尋ねた。
「で、その情報と紹介状はおいくら?」
「3万ダーツね」
「3万……高すぎやしません? それの半額ってこと?」
「元が6万ね」
「……じゃあ、2万でどうですか?」
「お嬢さん、悪いけど半額以下には出来ないね。私この情報手に入れるのに、かなり苦労した。これが最後の1通ね」
「じゃあ、1万5千」
「おい美威、それじゃ下がってるだろ」
金銭感覚のしっかりしすぎた相棒に突っ込みを入れると、飛那姫は男の持っている紹介状をその手からひったくった。
「こっ、困るよ!」
「私たちは困らないんだな、これが」
男が慌てるのにもかまわず、飛那姫は封を切って中から一枚の紙を取り出した。広げて目を通す。
内容は「国の東側にあるボルヌ砂漠の土竜が、商人や旅人を襲っているので討伐する」というものだった。
参加する者は、今日の1時にこの紹介状を持って城へ集合せよと書いてある。
「本物みたいだな。払ってやれよ、2万くらい」
いつの間にか、半額以下になっていることは気にしない。
「土竜ねぇ。砂漠なのに砂竜じゃないんだ」
美威はそう言って、財布からきっちり2万ダーツを出すと、男に渡した。
あきらめ顔でそれを受けとった男は、「もう時間がないね。急ぐといいよ」と言い残して、しぶしぶその場を去って行った。
「お城の依頼なら、報酬もはずみそうねっ」
傭兵ギルドで探す仕事より、城から直接請け負う仕事の方が報酬額は高い。美威はご機嫌で紹介状の入った封筒をパタパタ振った。
それを見ていた飛那姫は、少し考えてから尋ねた。
「なあ美威、土竜って見たことないけど、強いのか?」
「さあ……他の竜と一緒でレベルはピンキリなんじゃない? でも傭兵募集するくらいだから、城の兵士達じゃ間に合わないってことでしょ。強いんじゃないかな?」
「そうかそうか、強いのか…」
最後の唐揚げを口に放り込んで平らげると、飛那姫はわくわくした顔で椅子を立った。
「よし! じゃあ行くか、土竜退治!」