美威の決意
飛那姫がいなくなった。
琴から話を聞いて、正は「そうか」と言ったきり黙ってしまった。
「あの子、本当に一人で大丈夫なのかねえ。いくら強いと言っても、まだ10歳の子供なんだよ……訳ありでここにいられないからって言っても、心配は心配だよ……」
ひどく辛そうに肩を落として呟く琴に、美威は慰めの言葉すら思い浮かばなかった。
(ひなちゃん……)
彼女は一体、何処に行くつもりなのだろう。
あの太刀傷や骨折は、彼女がここにいられない訳とやらに関係があるのだろうか。この地を離れて、一人でこれから先、無事に旅していけるのだろうか。
考えれば考えるほど不安になってきて、美威はそわそわと窓の外を眺めた。
完璧に雪は止まった。暖かい日差しも差し込んできている。
だが依然として、美威の中では冬が立ち止まったままだ。
(私は、私を必要としてくれる人を捜す……はずで、あの村を出た)
「美威、どうかしたかい?」
モヤモヤした気分のまま考え込んでいたら、隣から不安そうに琴が顔をのぞき込んできた。
心配させてしまったようだ。美威はふるふると首を振って、笑ってみせる。
「ううん。ひなちゃん、平気かなって思って」
「大丈夫だよ、あの子は……きっと」
まるで自らに言い聞かせるように呟くと、琴は黙ってしまった。
(琴おばさんも、正おじさんも、あたしを必要としていてくれる。でも、どうして……?)
子供のいない家だからだろうか。同情されているからだろうか。
(何か、違う……)
ここで暮らすことはすごく幸せなことのはずなのに、そんな風に思ってしまうことが、美威は自分でも奇妙に思えた。
必要としてくれる人。
必要と、されたい人。
(……)
そこまで考えた時、美威の中に、ある想いが膨らんできた。
そしてそれこそが、自分の中のモヤモヤした気持ちを吹き飛ばしてくれるものだと気がついた。
「しかし、なんだな。暖かくなってきて良かったな……旅がしやすいだろう。なあ、琴」
正が、ぽつりと外を眺めながら言った。
琴が「そうだねえ」と呟いて、やはり不安げにうつむく。
(……これ、お前だろ?)
自分の背中を示して、そう言った飛那姫の言葉が耳によみがえる。今なら、あの意味が分かる気がする。
夢中で助けたいと思った気持ちが、あの風を呼んで異形を止めた。
どうやってやったかなんて分からない。でも、飛那姫の傷を癒したのも、きっと自分がやったことなのだろう。
美威はじっと自分の手のひらを見つめて考えた。
人を助けるために力を使うなんて、考えたこともなかった。出来るなんて、思ってもみなかった。
呪われた力。
生まれた時から自分の中にあるこの力は、何かを壊すことにしか、使えないはずだった。
(本当に……?)
そう言われ続けて、そう思いこんでいただけではないのだろうか。少なくともあの村ではそうだったのだろうが、それが全てではないはずだ。
そう思いたい。
そして、そう思えるようになるには、ここにいては無理なのだ。
(ああ、そうか……)
「……おじさん、おばさん」
気が付いたら、美威は呟いていた。
「何だい?」
「あたし……」
一呼吸おいて、しっかりした声で美威は告げた。
「ひなちゃんを追います」
「ええ?!」
「何だって?!」
仰天して二人は美威に詰め寄った。
無理もないだろう。二人は自分が出て行くなんて、言い出すとは思っていなかったはずだから。
「何でまた……」
「美威、お前本気かい?」
二人に問い詰められて、ちょっとひるみながらも美威は頷いた。
(ひなちゃんと、行きたい)
暖かい寝場所とご飯と、琴と正の笑顔を失うとしても。
それが、今自分のしたいことだ。
「ひなちゃんといれば、私いつか自分のこの力を認められると思う……きっとひなちゃんが教えてくれると思うの、力の使い方を。呪われた力じゃなくて、もっと、幸せになれるような力の使い方を」
「美威……?」
「なんだい、その力ってのは?」
「自分でもよく分からないけど……私、魔法が使えるみたいなの。それに、やっと家出してきたんだから、もっと色んなところに行って色んなものを見てみたい」
へへっと美威は笑う。
本当の意味で幸せになるために、彼女と行きたい。
私が彼女のためにできることだって、きっとあるはずだ。
はじめて出来た友達に、いつか、自分は幸せだと言ってもらいたい。
決意は固いと見たのか、しかし納得しかねる顔で、琴と正は美威の顔をまじまじと見つめた。
「美威……」
二人には本当に申し訳ないと思ったが、力の使い方も何も分からずにこのままここにいたら、いつか村にいたときのように迷惑をかけてしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だった。
「本当に、お世話になりました」
美威は二人に向かって、心から頭を下げた。
魔力をコントロールできない美威は、飛那姫について行くのがベストです。