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没落の王女  作者: 津南 優希
第二章 没落王女と家出少女
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はじめての戦い 前編

 巨体の倒れた衝撃で、舞い上がった雪煙の中。

 静かに立つ飛那姫を見つけて、美威は自分の目を疑った。


(今の攻撃は、まさか……?)


「た、助かった……!」


 そう叫びながら、捕まえられていた男がよろよろと飛那姫の側をすり抜けて走り去っていく。

 良かった、無事だった。


「美威! 何してるんだい! 逃げるよ!」


 後を追いかけてきたのか、琴が必死の形相で後ろから美威の肩を掴んだ。


「おばさん、いた! ひなちゃんがいた!」

「え?!」


 美威の指さす方に目を向けて、琴はぎょっとした表情を作った。

 たった一人でそこに立ち、起き上がろうとする氷の塊を感情のこもらない目で見ているのは、紛れもなく飛那姫だった。


 その右手には、一振りの美しい長剣が握られている。

 うっすらと青白く光り、魔力の煙をあげる魔法剣。その装飾の見事さからも、一介の村人が持てるような代物ではないのは明らかだ。

 しかし今の美威にも琴にも、そんなことを考えている余裕はなかった。


「ひな! 危ないよ! こっちに戻っておいで!」


 琴は飛那姫に向かって、懇願するように叫んだ。

 今、正が隣町まで傭兵を呼びに行っている。だが、それが到着するまでこの村が持ちこたえようはずもないのだ。

 とにかく逃げなくてはいけない。それだけは確かだった。


「逃げるんだよ! ひな!」

「ひなちゃん!」


 飛那姫を見つけて安堵したのもつかの間。今度はその姿を見て、逃げるに逃げられなくなった琴に、美威は焦りを感じ始めた。

 いつ攻撃を受けてもおかしくない距離だ。


「美威! 琴おばさんを連れて逃げるんだ!」


 それまで黙っていた飛那姫が、こちらに向けて叫んだ。


「な……そんなこと出来るわけないでしょ! ひなちゃんおいて……!」

「私は平気なんだよ! いいからかまわず行け!」


 言い返す美威に、飛那姫は剣を構えて見せた。本当に分かっていない、と言いたげだが、その表情には焦りも見えた。


「ひなちゃん、それ、剣……だよね?」


 むくりと起き上がった氷の塊は、その巨体に似合わぬ素早い動きで、頭上に巨大な右腕を振りかぶった。

 叩きつぶそうと振り下ろす目標は、目の前の飛那姫以外にはない。


「ひなちゃんっ!」

「ひなっ!!」


 地響きとともに地面に叩きつけられた手のひらの下に、すでに飛那姫の姿はなかった。

 どう避けたのかは、美威の目では追えなかった。

 二人の悲鳴をよそに、飛那姫は地面を蹴って高く舞い上がる。


「食らえ化け物っ!」


 彗星のごとく勢いで、青く閃く剣が天から異形の右肩に打ち下ろされる。

 ガキン! という氷の飛び散る音とともに、打ち付けた箇所に少しばかりのひびが入った。


「ちっ、丈夫な体だな……思ったより力を蓄えてやがる」


 飛那姫はそう言って忌々しそうに舌打ちした。

 振り払おうとする異形の攻撃を交わすと、後ろに飛びながらくるくると回転して、美威達に近いところに着地する。


 飛那姫はギッと、美威に向かって首を回した。


「分かっただろ? 私は大丈夫だから、もう行け!」

「ひ、ひなちゃん、剣士さまだったの……?!」


 子供がどうして、とかその剣は一体どこから、とか疑問も浮かんできたが、今見た光景は夢ではない。

 どこか普通ではない、鋭い雰囲気を持った子だとは思っていたが……本当に、彼女は普通ではなかったようだ。


 飛那姫の表情が、さっと変わったのはその時だった。

 異形がすぐ側の屋根をめりめりと握りつぶして、それを頭上に掲げたのだ。


「危ない……っ!!」


 それは飛那姫のいる場所のみならず、美威と琴の所まで雨のように降り注いだ。

 柱の何本かも混ざって、打ち所が悪ければ即死のような木材が轟音と共に上空から落ちてくる。

 逃げる時間などない。


「きゃあーっ!!」


 とっさに琴に抱きかかえられて、美威は尻餅をついた。

 地面に打ちつけられる木の、ガン、ゴンという鈍く重い音だけが耳に入ってくる。


 しかし、自分たちがそれによって押しつぶされるようなことはなかった。

 音が止み、ぱらぱらと木くずが舞い落ちてくる中、美威はおそるおそる目を開けた。


「ひなちゃ……っ!」


 いつの間に移動したのか、目の前に飛那姫の小さい背中があった。


「……っの馬鹿、だから早く逃げろと言った、んだ……」


 剣を上に構えて、その上に積み重なるように落ちてきた木材を受けとめたのだ。

 直接彼女にも当たりはしなかったようだが、何故かその額には脂汗がにじんでいる。


「ひなっ! お前傷が……!」


 飛那姫の背中に目をやって、琴が悲痛な叫び声をあげた。

 服がじわじわと赤く染まっているのが、美威にも分かった。


(傷が……!)


 背中にあった深い太刀傷が、上からの衝撃によって開いたに違いない。

 ガランと柱を横に投げ飛ばして、飛那姫は苦しそうに脇腹を押さえた。そのまま片膝をついて痛みをかみ殺す。


「ひなちゃん! 傷が…っ、背中の傷が……!」

「思ったより、治りが悪いみたいだな……あっちもこっちも」

「……え?」

「ひな、お前あばらの骨折が……?!」


 琴の言葉で美威はぎょっと飛那姫を見た。押さえているのは背中でなく、脇腹の上。まさか、そんな見えないところまで怪我していたとは。


(どうしたら……!)


 このままでは、三人とも殺される。それは容易に想像出来る未来だった。


「私は大丈夫だよ、おばさん。早く逃げて……」


 痛みのせいか、目の前の視界がぐらつくのを飛那姫は感じた。全身にこめた魔力でごまかして、なんとか立ち上がる。

 安静にしていなかった自分が悪いとはいえ、未だ癒えていないあばらの骨折。致命傷にも等しかった背中の太刀傷。

 そして力を蓄えて目覚めたばかりの強い異形。


(さすがにちょっと分が悪い、かな……)


 こんな状況だというのに、皮肉な笑いを浮かべて飛那姫は剣を構えた。


 美威の目の前に、青く輝く長剣があった。

 間近で見たその剣には、いくつもの宝石がはめこまれていた。その装飾はあまりに繊細で美しく、不思議に発光している姿に目を奪われてしまう。

 剣気、という言葉を知らない美威にも畏怖を感じるほど、長剣は静かな威圧感を放っていた。


「早く行ってくれ……二人とも」


 異形からは目を離さずに、飛那姫が呟く。


「でもひなちゃん、怪我してるのに!」

「私の怪我なんかどうでもいい。余計なお世話だ」


 吐き捨てるようにそう言うと、飛那姫は完全に体勢を立て直した氷の山に向かって一足跳びに駆け出した。

 その人間離れした疾さに、美威は息を飲まずにいられない。

 異形は再び瓦礫の山に手を伸ばそうと、腰をかがめているところだった。


「そう何度もさせるかよ……っ!」 


 攻撃に反応して振り上げた巨腕をフェイントでかわすと、飛那姫は勢いを殺さずに側面から剣を打ち込んだ。


 ギイン! と鈍い音が響く。角度が悪かったのか、大してひびも入らず、固いショックだけが肩まで駆け上がってきた。

 ほとんどの異形が彼女にとって敵ではないとはいえ、これほど大きな氷の塊と戦うのは飛那姫も初めてだった。


 有効な攻撃方法が分からないうえに、自らは負傷して体もなまっている。

 さらに後ろに弱みが二つもあると、三拍子そろっていた。

 戦況は、良くない。


「くそ……っ!」


 じんじん、と痺れの残る腕に無理矢理力を込めると、飛那姫は膝をついた異形を睨み付けた。

 動きは飛那姫の方が速いが、あの氷の塊を完全に叩きつぶすのはいかにも大変そうだと思えた。


(どうする?)


 折れている肋骨は息苦しさを増していくし、背中にも焼け付くような痛みがよみがえってくる。早いところ、けりを付けたい。


(ひょっとして私はお前に殺されるのか?)


 飛那姫の脳裏に、はじめてこの化け物を見つけたときに呟いた、そんな言葉が蘇ってきた。

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