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没落の王女  作者: 津南 優希
第二章 没落王女と家出少女
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襲撃

 早朝、激しく扉を叩く音で美威は目を覚ました。


 昨日の夜よく眠っていないので、すぐ起き上がるには抵抗があった。

 眠たい目をこすりながら体を起こすと飛那姫は既に起き上がっていて、相変わらず怪我人とは思えない身のこなしで土間に飛び降り、扉をガタガタと開けにかかった。

 昨夜あれほどひどくうなされていた彼女が、夢のように思える。


「た、大変だよ正さん!」


 肩で息をしながら転がるように飛び込んできたのは、近所に住む炭焼き職人だった。美威も見たことがある、正の友達だ。


「どうしたい、何があった?」


 正が羽織をかぶりながら駆け寄ると、炭焼き職人の男は身振り手振りで話し出した。相当慌てているらしい。


「どうしたもこうしたも……! さっき西側の山に登ってきたんだよ。そしたら、中腹あたりに、ば、化け物がいたんだ!」

「化け物?」


その言葉に、ぴくりと、顔をこわばらせたのは正よりむしろ飛那姫の方だった。


「そうだよ、氷の異形だ! よく分からないが山を下りて来るんだよ! だから俺、急いで逃げてきて……どうしよう、正さん!」

「どうしようっておめえ……」

「しっかりおし二人とも! いいからそのことを村のみんなに知らせるんだよ! それに本当に異形だったなら、隣町辺りから傭兵を借りて来なきゃあいけないだろ!」


 パニック状態に陥り始めた二人に、横から琴が活を入れた。

 怒鳴られて、正達はようやく冷静になったようだった。


「そ、そうだな。よし、行こう!」

「あたしも行くよ、手分けして知らせるんだ。ひな、みい、あんた達は家でおとなしくしてるんだよ!」


 嵐のようにどたばたと着替えて、正と琴は家を飛び出していった。

 ぽつんと取り残されて床に座り込んだまま、美威は飛那姫を見上げた。


「何だか、大変なことになったみたいね」

「……ようやく起きやがったか」

「え?」


(あたし、とっくに起きてるけど……?)


 意味不明な呟きに美威が目をしばたかせていると、飛那姫は無言で着替え始めた。その横顔が、何故か少し緊張しているように見える。

 朝御飯の支度でもするのかと思い、美威も着替えて布団をたたみ始めた。

 しかし飛那姫は台所には行かずに、代わりに玄関に降りると靴をはき始めた。


「? ……ひなちゃんどこ行くの? 薪ならまだあるよ」


 何だか嫌な予感がして、美威はその背中に問いかけた。


「決まってるだろ、異形を倒しに行って来る」

「ええ?!」


 素っ頓狂な声で叫ぶと、美威は立ち上がって飛那姫に駆け寄った。

 一体いきなり何の冗談だ。


「何言ってんの? そんなの無理に決まってるでしょ? 琴おばさんがここでおとなしくしてろって……」

「そのために今までここにいたんだ。無理矢理助けられたとはいえ、礼の一つもしないで出ていくのは気が引けたからな」

「だから、何言って……」


 飛那姫が何を言っているのか、言いたいのか、さっぱり分からない。

 分からないまま美威は飛那姫の服をひっつかんだ。

 みすみす死なせに行かせるなんて、まっぴらごめんだ。


「馬鹿、離せよ。別に死にに行くんじゃない」


 呆れたように振り返って、飛那姫は言った。

 全然説得力がない。


「同じことでしょ?!」

「いいから聞け。あのな、炭焼きのおっさんが見た異形はかなり前からあの山にいたんだよ」

「え……?」

「かなりでかい……氷の異形だ。この辺りの冬を長引かせて、そのあいだにエネルギーを蓄えてたんだよ。力が十分たまったから、目覚めて村に降りてこようとしてるんだ」


 飛那姫が何でそんなことを知っているのか。

 美威は声には出さずに目で尋ねた。


「私はあの山を越えてきた。その途中であいつを見つけた。だがその時はどうしようもなかったんだ……私は瀕死の重傷だったし、奴は分厚い氷に阻まれて外からは手が出せないようになっていた。だから、私はあいつが目覚めるのを待ってたんだ」

「どうして……?」

「あいつを倒すために決まってんだろ! そうしないとこの辺りには春が来ない、それどころかみんなあいつの餌だ!」

「で、でも倒すって……どうやって……」


 美威の問いに、にっと笑うと飛那姫は勢い良く立ち上がった。つられて引っ張られて、美威はなおも飛那姫の服をつかんだまま彼女の顔を見上げる。

 こんな状況なのに、何だか生き生きしているように見えるのは気のせいか。


「はじめ私もあのまま死ぬつもりだったからな、あいつを倒そうなんて考えてなかったんだが……これはしばらくぶりの獲物だ。邪魔するなよ」


 そのまま手を振り払って玄関をくぐろうとする飛那姫に、美威は必死で背後からしがみついた。まだ全然納得していない。


「ちょっ……待ってよ!」


 誰が、何を倒そうというのか。子供が、いや、大人だってなんの能力もない人間が異形に立ち向かっていくなんて正気の沙汰ではない。


「馬鹿、邪魔すんなっつーの! 平気だから離せって……」


 その時、突然足下にズン、と地響きが伝わってきた。


「わ、わわっ……」


 土間から転がり落ちそうになったところを飛那姫に引きずりあげられて、美威は目を丸くした。

 地震だろうか。


「ちっ、来ちまいやがったか」


 舌打ちすると、今度こそ飛那姫は弾かれたように家を飛びだしていった。


「お前はそこにいろ!」


 床にへばりついた形で取り残された美威は、ガバッと起き上がった。


「あ……ひなちゃん!」


 わたわたと自分も靴を履いて、飛那姫を追って玄関から外に飛び出る。

 そこに、再びあの地響きが伝わってきた。


(地震じゃない……!)


 辺りを見回して飛那姫の姿を探したが、一瞬にして彼女は通りからいなくなっていた。

 どうやったらこんなに早く移動できるのだろう。


 美威が立ち止まる間も続く振動で、家々に降り積もった雪が頭の上から降り注ぐように落下してくる。

 それを振り払いながら、美威はこの振動が、飛那姫の言う氷の異形によって起こされているものなのだと確信した。

 背筋をぞっとしたものが走る。


「ひなちゃん……!」 


 その異形がどんなものであろうと、子供が一人で立ち向かって行ってどうにかなる訳がない。

 正や琴達が呼びに行っている傭兵が到着するまで、どこかに隠れるなり逃げるなりしなくては……


(ほうっておいてくれ)


 飛那姫が最初、琴達に見つけられたときに言ったという言葉が耳によみがえってくる。


(そんなこと、できないよ!)


 額に流れた冷や汗を拭うと、美威は音のする方に全速力で走り出した。


農村にいるのはただの一般民。魔法にも剣にもなじみはありません。

異形退治が必要になった時は、大きめの町に滞在している傭兵などの力を借ります。

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