悪夢
雪が降り続く真夜中のことだった。
近くに聞こえる、何かが動く気配で美威は目を覚ました。
(……何?)
暗闇の中、そっと体を起こしてその音に耳を澄ませる。
意外にも、それは自分のすぐ隣から聞こえてきているものだった。
「ひなちゃ……」
驚いて美威は飛那姫の肩に手をかけた。
飛那姫が苦しげな表情に汗を浮かべて、何事か呟いているのだ。言葉の内容は聞き取れないが、この様子は尋常ではない。
傷の具合が良くないのかもしれない。
そう思って琴を起こそうと振り向いたら、琴は既にそこに起き上がっていた。
「おばさん、ひなちゃんが……」
美威があわてて言うと、琴はうなされて歪んだ飛那姫の額に、そっと手のひらをおいた。
「大丈夫よ、この子……こうやってたまに、うなされるの」
「え……?」
「悪い夢を見てるんだろうけど、その理由も話してくれなくてねえ……」
さみしげに呟いて、琴は飛那姫の髪を撫でた。
(おばさん……)
子供のいない琴達にとって、飛那姫の存在はどれほどの慰めになっているのだろう。
救いたくて手を伸ばしているのに、その手を取ってもらえないさみしさは、子供の美威にも分かる気がした。
「この子を始めて見つけたとき、ぼろぼろの体でなんて言ったと思う?」
「……」
「放っておいてくれ、って言ったのよ。それを、私達が勝手に連れ帰って手当てしたの」
美威は、背中を寒いものが走ったような気がした。
(じゃあ……)
じゃあひなちゃんは、そのまま死ぬつもりだったんだろうか。
そんな風に助けを払いのけなければいけないほど、何に追い詰められていたのだろう?
美威は、胸の奥が苦しくなるような気がした。
「きっと何か、辛いことがあったのよね。美威もそうなんでしょ?」
全部分かってるのよ、と言いたげに笑って、琴はそっと飛那姫から手を離した。
いつの間にか、飛那姫は静かに眠っていた。
「すぐに収まったり、ずっと続いたりするのよ……もう平気だから、美威も寝なさい」
「……はい」
眠っている飛那姫の顔を見ながらもそもそと寝床に潜ると、上から琴が布団を掛けてくれた。
「おやすみなさい……」
「おやすみ」
そう言ったものの、美威はそれからしばらくの間、眠ることが出来なかった。
そしてやっと眠りについた時、自らも夢にうなされることになった。
もう終わったと言いながらも、悪夢はどこまでも追いかけてきます。