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没落の王女  作者: 津南 優希
第二章 没落王女と家出少女
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晴れ間と訳

 美威が拾われてから1週間、誰もがこの雪をおかしいと思い始めてから1か月あまりが過ぎようとしていた。

 今日はほんの少しだけ、太陽が顔を覗かせている。


「ひなさん、寒いですねえ~」


 飛那姫と二人で畑の様子を見に来ていた美威が、手のひらに白い息を吹き付けながら呟いた。


「そりゃ、冬だからな」

「でも、もう4月も終わりに近いのに、今年はおかしいですよね。冬が明けるの遅すぎるでしょう? ひなさんもそう思いません?」

「……前から言おうと思っていたんだが」


 ため息交じりにそう言うと、前を歩いていた飛那姫は振り返って、美威の口の前に指を1本立てて見せた。

 美威は思わず一歩退く。


「な、何です?」

「その敬語、やめてくれ。変だろうが」

「え? でも……」

「でもじゃない。普通の子供らしく、タメ口でいいから」

「あ、でも私……村ではいつも敬語だったから……」


 言葉遣いは幼い頃から親に嫌と言うほど叩き込まれたもので、もはや条件反射化しているのだ。

 ことあるごとに厄介ごとを起こすと言われ、親にも自分は見下されたものとして、型どおりの敬語を使わねばならなかったから。


「村で? お前、友達にもそんな敬語使ってたって言うのか?」

「……友達、いなかったから」

「……」


 ぽつりと言われて、飛那姫はつなげる言葉に詰まったようだった。


「……とにかく、これからは敬語やめろよ。そのひなさん、て呼び方もだ」

「え? どうして?」

「私が嫌だからだ! はじめから馴れ馴れしいヤツも、いつまで経っても他人行儀なヤツもムカつくだろ?!」

「は、あ……」


 美威は、何をそんなにむきになるのだろう。と思いながらも、珍しく表情のある飛那姫の顔をじっと見てみた。

 無表情よりは良いか……と思い直してみる。


「なんでもいいから、今後はやめろったらやめろ」

「……はい」

「分かりゃあいいよ」


 理屈とかではなく、気に入らないからという無茶苦茶な理由で怒られたような気がする。

 でも彼女の素直な気持ちが聞けたような気もして、美威は少しだけうれしくなった。


「ついでに、だ。聞きたいこと一つ」

「はい?」

「お前、いつまでここにいるつもりだ?」

「……あ、迷惑……です、じゃなくて、だよね。やっぱり」


 その質問に、少し戸惑いを覚えながら美威は答えた。

 うすうす感じてはいた。子供とはいえ、人が一人増えるだけで、食料の減りも早くなるし、何より村ではいつ問題を起こすか分からないと言われていた自分だ。

 早く出て行って欲しいと思われるに決まっている。すぐにそう思い当たって、暗い気持ちになった。


「ち・が・う! そうじゃない! ずっといるつもりあるのか、って聞いてるんだよ!」


 予期していなかった言葉に、美威は目を丸くして飛那姫を見つめた。

 やれやれ、とわざとらしいため息をついて、飛那姫は「で?」と聞いてきた。


「……いても、いいんです……じゃなくて、いてもいいの?」

「私が聞いてるんだよ」

「……いれるなら、いたいけど……」


 いらいらし始めた飛那姫を見て、美威は、この人結構短気だ……と感じた。

 しかし次の瞬間「そうか」とだけ呟くと、飛那姫はまたいつもの無表情に戻ってしまった。

 もしかしたら、この無表情は意識的に作り出しているのではないだろうか。そう思ってしまった瞬間だった。


「……なら、いい」

「あの、ひなちゃん……?」

「……何だ?」

「ううん、今の質問は結局何だったのかなって」

「いや、その何、じゃなくって……」


 嫌なものを見るような目で美威を見ながら、飛那姫は尋ねた。


「何だよ、その、ひな、ちゃんてのは?」

「え? いいでしょ? 友達ってそう呼ぶものじゃない?」

「呼び捨てでいいって……」

「え? でもちょっとそれは呼びにくいから、無理かな……」

「あー勝手にしてくれ、もう知らん……」


 なんだかげんなりした顔で家路につこうとする飛那姫を、美威は服の端を引っ張ってとめた。

 せっかく雪が止んで外に出られたのに、このまま畑を見ただけで帰るのはあまりにももったいない。


「ねえ、ちょっと座っていこうよ」


 ついつい、と道の横の切り株を指し示すと、飛那姫は少し迷った表情のあと、仕方ないという風にそこへ座り込んだ。

 隣に腰掛けて、美威はうーん、とのびをしてみる。

 久々のお日様の光を少しでも多く感じていたい気分だ。隣の飛那姫もそう思っているだろうか。


「聞かないんだね、みんな」

「あ?」

「私が、どうして家の前に倒れてたか……」


 気にかかっていたことを、美威は思いきって尋ねてみた。

 琴も正も飛那姫も、誰一人としてその理由を聞こうとしない。何故なのかは分からないけれど、気を遣われているのだということだけは分かる。


「そりゃ、私のことがあったからだろうな……」


 面白くなさそうに、飛那姫が答えた。


「ひなちゃんのことって? 何が?」

「だから、私もお前みたいに拾われたんだよ。ここで……」

「え?!」


 心底驚いて美威は叫んだ。飛那姫はてっきり、あの家の親戚の子かなにかだと思っていたのだ。

 飛那姫まで拾われた子だったなんて……


「私が何で死にかけで転がってたか話さないから、お前のことも聞かずにおいといてやろうってな話だろ。いい人達だからな……」

「そ、そうだったんだ……」


 暗黙の了解なのか、夫婦の間でそう決まっていたのだ。話したくないのなら聞かないでやろう、他人には踏み込めない事情があるのだろう、そんな少し寂しい心配りの上に出来た決まり事が。

 琴と正の顔を思い出して、美威はちくりと心が痛んだ。

 何故、飛那姫は話さなかったのだろうと考えてみた。自分のように、親や村から逃げてきたというわけでもないだろうに。それに、背中の怪我は一体どうしたのだろう。

 聞きたいことが、次から次へと思い浮かぶ。


「あたしはね、家出してきたの」


 自分のことを話したら同じように話してくれるのではと思い、美威はぽつりと言ってみた。


「そうか」


 淡々とした返答だった。


「みんながね……あたしを呪われた子だって、人間じゃないっていうの」

「……」

「両親も、同じ。あたしあそこにいたら迷惑なの。だから……」

「家出した、か」


 こくり、と頷いて美威は山の向こうを眺めた。あそこに、自分が逃げてきた村がある。

 追っ手は来なかった。きっと、自分などいなくなれば清々するということなのだろう。

 そう思うと、またどうしようもなく悲しくなった。


 3歳を過ぎた頃から両親は、私をいっそう疎ましいもののように扱うようになった。

 私の周りではよく物が壊れたし、激しく泣くと誰かが怪我をすることもあったそうだから、無理はないかもしれないけれど。

 愛情というものを知らずに育ってきたから、琴や正がどんなに優しくしてくれても、それを素直に受け止めることが出来ない。


 申し訳ないのと同時に、自分が惨めになる。

 あの村を出て、自分で生きていこうと決めたのは、そんな気持ちになる為じゃなかったはずなのに。

 こんな私が、この先誰かを愛することなんて、出来るのだろうか。


「ねえ、ひなちゃん……」

「何?」

「ひなちゃんは、今、幸せ?」


 いきなり尋ねられて、少なからず飛那姫は返答に詰まったようだった。


「……さあな」


 やけに投げやりな飛那姫の返答が、美威には気にかかった。


「分からないの?」

「私には、答えられない。だって……」


(私の幸せは全部消えてしまったから)


 そう続けようとして、飛那姫は苦笑いで言葉を切った。

 何を今更、ここで振り返る必要があるのだ。失ってしまったものは、何をしても戻らない。

 言葉にしても哀しみを呼び覚ますだけだ。


「だって、何?」

「何でもないよ」

「じゃあさ……ひなちゃん、ひなちゃんのお父さんとお母さんって、どんな人?」

「……」


 はっとして、思わず美威は息を飲んだ。

 深く傷ついた顔をしたのは、ほんの一瞬だけだったかもしれない。それでも、聞いてはいけないことを聞いたのだと分かった。

 美威があわてて他の話題に話を移そうとしたとき。


「いい両親だったよ……」


 彼女らしくない、小さな声で飛那姫が呟いた。

 長い間、ためていた告白をするような口振りで。


「父は強くて立派な人だった。母は優しくて、でもしっかりした人で、いつも家族を気遣っていたよ……二人とも私を大事にしてくれた」


 彼女の言葉が過去形だということよりも、美威には両親に愛されて育ったろうことがうらやましく思えた。

 この人は、愛されていたのだ。


「ただ」


 そこで表情を一層暗くして、飛那姫はうつむいた。


「父は……になるには、人が良すぎたのかもしれない……」

「……?」


 吹き抜けていった風の音で、飛那姫の声が良く聞き取れなかった。


「ごめん、良く聞こえなかった。もう一度」

「いや、いいんだ。何でもない」


 顔を上げた飛那姫は、いつもの無表情だった。

 目の奥に揺らいでいる、寂しそうな光以外は。


「さ、もう帰るぞ。琴おばさん達が心配する」


 すっと立ち上がると、飛那姫は後ろも見ないですたすたと歩き出した。


「あっ、待ってひなちゃん」


 釈然としない気持ちで、美威もその後を追いかけていった。

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