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没落の王女  作者: 津南 優希
第二章 没落王女と家出少女
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出会い

 雪はさほど激しくなく、降り積もっているということもなかったが、代わりに昨日降った雨が地面を凍結させていた。

 氷に足を取られないよう納屋の前まで来て、ひな、いや飛那姫はそこで立ち止まった。

 道の先に、布の塊が落ちているのが見える。


(いや、あれは……)


 長いまつげの下に鋭く光る薄茶の瞳を細めて、注意深く様子をうかがう。


「……」


 雪の上の物体に動く気配はない。飛那姫はゆっくりとその側まで歩み寄って、腰をかがめた。自分と同じ年頃の女の子だろう。

 「行き倒れ」という言葉が浮かんで、ざわりと、嫌な感覚が背中を撫でた。


「……おい?」


 ためしに小さく声をかけてみるが、返答はない。

 そっと手を伸ばして首筋に当ててみた。その体は冷えきっていたが、脈を感じることが出来た。


「おい、生きてるんなら返事しろ。大丈夫か? おい?」


 飛那姫は冷たい体に降りかかった雪を払いのけると、抱え起こした。


「……おい?」


 東の住人らしい黒髪でやせて汚れてはいるが、整った顔立ちをしている。

 この村の子ではなさそうだ。薄っぺらい、防寒着の役にも立ってないような身なりに飛那姫は眉をしかめた。

 一体どこから、こんな格好で冬のさなかをやってきたというのだろう。


「自殺でもする気かよ……」


 飛那姫は一旦、女の子を地面に置くと、納屋の中に入って片腕に太い薪を五本抱えた。

 戻ってきて、再びもう片方の腕でその冷たい体を肩に担ぎ上げる。


「よいしょっと……」


 子供とは言え、人一人を軽々と担ぎ上げるその姿は、どう見ても女の子の腕力ではないだろう。

 しかし生まれながらの豊富な魔力により、超人的な身体能力を持つ飛那姫にとっては、ごく自然なことである。


 飛那姫はそうして荷物を抱えたまま玄関に回って、ふさがっている両手に舌打ちした。これでは戸が開けられない。

 仕方なしに、足で木戸を開ける。


「おお、嬢ちゃんありがと、う……?」

「ひな、寒いから早く中に……」


 家の中の二人はくるりと飛那姫を振り返ったまま、絶句した。


「あの、ごめんなさい。このままだと死んじゃうと思って、拾っちゃったんだけど……」


 薪をバラバラと足下に落として、後ろ手に戸を閉めると飛那姫は申し訳なさそうに肩に担いだ女の子を家の中に運び込んだ。

 肩から下ろしていろりの側に寝かせるまで、琴達は口を開けて見ていたが、そこではじめて我に返ったようだった。


「ひ、ひな? その子は一体……?」

「納屋の前で行き倒れてた。連れて来ちゃだめだった?」


 念のために聞いてみた飛那姫に、二人はぶんぶんと首を横に振った。


 琴は「ああ大変」と立ち上がって、お湯を沸かし始める。


「ひなといい、この子といい、こんな子供がしょっちゅう行き倒れているなんて……一体近頃はどうしちまったんだろうね」


 しかも毎回、それを拾ってしまうなんて。

 最近の我が家はどうかしている。

 琴はそう言って、正に部屋をもっと暖めるように言った。


「あ、(まさ)おじさん、薪余分に持って来たよ。多分もっといるだろうと思ったから」

「あ、ああ、ありがとう……い、いや、こうしちゃいられない!」


 慌てて立ち上がると、正はバタバタとさっき片付けたばかりの布団をもう一度敷き始めた。


「嬢ちゃんっ! その子、その子ここに寝かせてやって!」

「あ、はい」

「お待ちよ! 服が濡れてるだろうに、この間ひな用に縫ったのが一着あるから、それに着替えさせてからだよ!」

「あ、そうか」


 女の子はすうすうと小さな寝息を立てて眠っていた。

 思ったより顔色も悪くない。命に別状はなさそうだと思ったら、飛那姫はほっとした。


「ああ、おまえ、一体どうしたらいいのかねえ……」

「落ち着きなよみっともない! 突っ立ってないで早く薪くべて、薬湯の支度でもしておくれ!」

「……」


 ひょっとして自分がここに来たときもこうだったのだろうか……と、にわかにどたばたし始めた家の中を見回して、飛那姫は複雑な気分になった。

 いや、それよりも何よりも彼女が今気にかかるのは、琴の作っている豚汁のことである。

 この分では満足な朝食にありつけるのは、大分先になりそうだ。


(やれやれ……)


 かまどの上では豚汁の鍋に取って代わったやかんが、もくもくと白い蒸気を吐き出していた。


自分も行き倒れていたので、なんとなく居心地が悪い飛那姫です。

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