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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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告げられた真実

 動かしがたい事実というものが、時にはある。

 それがどんなに救いになるものであっても、残酷なものであっても。


「……なん、で……?」


 私は折れた肋の痛みも忘れて、目の前の人物を見つめていた。


 どんなに望んでも、還ってこないんじゃなかったのか。

 私の手を離したあの時が、最期の別れじゃなかったのか。


「姫様、やっとお会いできましたね……」


 失われたはずなのに。

 どうしてこの人は、ここにいる?


「せ、んせい……?」


 濃い紫の着物を纏って、長く伸ばした黒髪を赤い飾り紐で一つに結って。

 静かにそこに立っているのは、天海高絽(あまみこうろ)。間違いなくその人だった。


「本当に、先生なの……?」

「既に死んだと、そう思われていたのでしょう? 驚かれるのも無理はありませんが……本物ですよ」


 私の目の前まで歩いてくると、変わらない優しい笑顔で先生が腕を広げた。


「……先生っ!」


 ずきりと、折れた骨が悲鳴をあげたけれど、私は先生の腕の中に飛び込んだ。

 目からあふれた涙が、頬を伝っていった。

 生きていた。

 嘘みたいだけど、先生が生きていてくれた。


 声をあげて泣いても、私の涙が着物を濡らしても、先生は以前と変わらぬように私の気の済むようにしていてくれた。

 ああ、本当に先生だ。

 この冷たい大きな手も、優しい声も、間違いなく先生だ。


「先生……生きていたなんて……まだ信じられません。でも、良かった……」


 慣れたぬくもりに安心した私は、波立つ心が収まっていくのを祈るような気持ちで見ていた。


「姫様、またこうしてお会いできて私もうれしいです」

「今まで、どこにいたのですか? 生きていたのなら、私を探してくだされば良かったのに……」


 何故このタイミングで現れたのか。もっと早く出会えていれば良かったのに。

 私がそう言うと、先生は申し訳なさそうにしながらも、笑って答えた。


「私ももっと早い段階でお会いしたかったのですが……姫様が神楽を手に入れて、ご自分の足で戻ってこられるのをお待ちしていた方が良いと思ったものですから」


 ふと、私は違和感を感じた。

 おかしい……何かは分からないけれど、何かがずれてる。


「私との約束を(たが)えることなく、こうして戻ってきてくださってうれしいですよ」


 先生の言葉に、行動に、言いようのない不安を覚えた。

 私は少しだけ体を離して、先生を見上げた。

 変わりない笑顔……でも、どこかが決定的に違っていた。


「先生、今までどこにいたのですか?」


 聞かずにはいられなかった。何故あの時助かって、2年の間をどう過ごしていたのかを。


「姫様がいつ戻られてもいいように、ここで待っていましたよ。この城で……」


 先生は私の不安を消してしまうほど、優しい目をしていた。

 それなのに浅くなってくるこの呼吸は、この恐れは何に対してなのか説明がつかない。


 城で、待てる訳がない。だってここは綺羅なのだから。

 のどがひりひりして、次につなげる声を奪っていった。先生の言葉の先を聞いてはいけない気がする。

 知ってしまったら、もうこの場所に戻ってこれない気がした。


「あの日に私とした約束は、お優しい姫様を動かすのに最も効果的ではなかったですか? 斉画王の魔道具狂いにも、そこに転がっている大臣の自己破滅的な欲にも興味はありませんでしたが、不本意ながら手を組んだのは、あなたが早々に神楽を継承出来ると考えたからです、姫様」


 そう話す先生が、幻のように見えた。


「騎士団は事実上私の管轄下にありましたから、兵を間引けと言われた時は少しばかり良心が痛みましたが……まぁ、私の目的からすれば些細なことです。そうそう、蒼嵐王子の一件には私は関わっておりませんよ。あれは斉画王の独断で大臣が動いただけのことです。王子が神楽を継承するのではないかと危惧していたようですが……滑稽なことです。私がその後の捜索に向かったのは本当ですが、本気で探す気がなかったことだけは謝罪しておきたいと思います」

「先生……? 何を、言ってるの?」


 違う、もう分かっている。先生が私に何を話しているのか、よく分かっている。

 私は受け入れがたい真実を突きつけようとしている先生から、目をそらしたいだけだ。


「姫様が何も知らないままではお可愛そうなので、ご説明差し上げているのですよ。使徒団の件は聞きましたか? 王国を混乱させる為に架空の宗教団体を作った話です。当時の城の中には私を神のように崇める狂信者が何人もいまして……発端はその者達が考えた計画でした」


 ああ……じゃあ、この人こそが、使徒団の始祖と言われていた人だったのか……

 たくさんのヒントがあったはずなのに、そんな真実に気づけなかった自分が愚かで情けない。

 言葉を発しようとした唇が震えた。


「町の人を……信者にして、思い通りにならない兵と一緒に殺したって……聞きました」

「私の仕事に含まれていましたね」

「兵を……殺すために出兵させたって……騎士団を、洗脳してたって……」

「ああ、安心してください。城にいる精鋭隊は魔道具の洗脳にかからない者が多かったので、ほとんどが放置でしたよ。紗里真に常駐する兵は最終的に斉画王が毒を流して一掃する予定でしたので、大したことはしていません。あくまで王国乗っ取り後に暴動を起こされることを懸念しての、念のための牽制処置だったようです」

「……先生、どうして……」


 先ほどとは違う涙が、私の頬を濡らしていた。

 心が軋んで悲鳴をあげているのに、何かを叫びたいのに、叫ぶべき言葉が見つからない。


「どうして? 私の行動はいつでも単純な動機の上にあるのですよ。姫様、全てはあなたのため……」


 先生はそう言って、私を静かに見下ろした。

 心の中をのぞき込むような目だった。


「修喜王と、あなたの師匠は私が殺しました」


 さらりと告げられた内容に、心が動きを止めた。

 もうこれ以上は無理だと、叫びにならない声が自分の中から聞こえる。


「修喜王にはひとかたならぬお世話になりましたが、姫様に神楽を継承していただくためにやむを得ず死んでいただきました。おかしなことに、最期に私にこう言われましたよ。『救ってやれず、すまない』と」

「父様が……」


 おそらく父様は気付いていたのだろう。先生を拾ってきたという時から、この人の中の狂気に。


「風漸さんは傭兵とは思えない方でしたね、騎士団に入れば、腕前だけなら騎士団長になれたと思いますよ。大変惜しい方を亡くしました」

「何故……っ師匠が……師匠が、死ななくてはならなかったんですか?!」

「風漸さんがいると、あなたがここに帰ってきてくれなさそうな気配を感じまして。私の計画には少々邪魔だったのですよ」


 凍り付いた心が、時をも止めているように見えた。

 この世界には、今先生と私しかいない。そんな錯覚さえ覚えた。


「先生、全部……嘘だと、言って……」

「残念ながら、真実です」

「嘘だと言って!!」


 こんなのは耐えられない。

 何のために強くなろうと、この2年間努力してきたのか。


 私は先生の手を振り払うと、床に転がったままだった神楽に手を伸ばした。 

 青白い光が戻ってきている。手の中に収まった長剣は重さを感じさせず、私の沸騰した頭を少しだけ冷やしていった。


「姫様、私に神楽を向けると言うのですか……?」

「分かりません……でも、きっと、こうするしかない……!」


 剣を構えた私に、先生は残念そうな顔で首を横に振った。


「姫様、その剣を手にしてもまだお分かりにならないのですか?」

「?」

「生まれながらにして持った非凡な能力。天才とは孤独なものです。私達はお互いにしか分かり合えない……私のは魔剣、あなたのは聖剣ですが、本質は同じものです。あなたは私と同じ深淵を宿す、同じ種類の人間なのですよ」

「私が、先生と同じ種類の……?」

「ええ、私の孤独を埋めてくださるのはあなたの存在だけ。あなたの孤独を埋められるのも私だけです。ただ、同じものでありながら、私の魂は汚れきっている。あなたの魂はまだ、美しく輝いている。その才能故に嫉まれたり、いわれのない中傷を受けることにならないよう、私はあなたがもっと幼い頃から障害を排してきたつもりです」


 幼い頃から先生が、どれほどに私を大事にしてきたかは私自身が一番よく知っている。

 傷つけられないように、壊れないように、汚い物を近づけないように。

 今の今までそれは、家族のように愛してくれているからこその行動だと思っていた。

 でも……違った。この人は、この人の愛し方は、おかしい。


「私と同じものでありながら、私と違って美しく花開くように、あなたを守ってきたのです。この先もあなたが理解されないことに苦しんだり、嫉まれて魂を汚すことのないよう、私がずっとお守りします」


 きっともう、どうしようもないくらいに壊れているのだ。

 いつからなんて分からないけれど、そうしないと自分という存在を現実に置いておけないくらい、どうしようもなく狂っている。


 今ここで、この人を止められるのは私だけだ。

 刺し違えてもいい。狂気を、終わらせなくては。


 折れた肋骨に魔力をたたき込んで痛みを抑えこむと、私は神楽を構えた。

 祈るような気持ちで握りしめた魔法剣は、今までとは違う感覚に包まれていた。この2年の間に、剣と同調して自由に扱えるようになったと思っていたけれど、本当はちぐはぐだったのだとそこで気が付いた。

 バラバラだった心と体が一つになるように、神楽は私の中に満ちて収まっていた。

 これまでにない力を、剣から感じる。


(師匠……)


 今なら分かる。

 修練、同体、そしてこれがきっと、師匠の言っていた最後の段階。覚醒。


 自分が今以上に強い力を求めていることを、剣に認めてもらえたのだと思った。

 私にとって最後の戦いになってもかまわない。敵うはずもない相手だとしても、ここで引くわけにはいかない。


 先生は私の様子をじっと窺っていた。神楽に施されている4つの宝石が輝きを増したことで、静かな覚醒に気がついたようだった。


「素晴らしい……神楽はまるで、あなたの魂そのものですね」


 心酔したような口調で、先生が言う。


「先生……父様や母様、城のみんなの命を奪うことになったあなたの行動を、私は許すことは出来ません」

「私に剣で勝てると思っているのですか? 私はあなたの先生ですよ?」

「勝てなくても、戦います」

「……お転婆も度が過ぎると困るな。これは、少々お仕置きが必要かもしれないね……」


 ふっと、先生の口調が変わった。二人きりでいる時はいつもそうだった。

 慣れた、対等な口調になった先生は私に対しての遠慮が無くなる。


 先生の右手の中に、歪んだ空間から黒い長剣が現れた。

 はじめて目にする魔法剣ではない、魔剣。

 先生がそんなものを所有していると、ずっと知らずに過ごしてきた。


 暗く陰影を落とす剣は、先生の魂そのものに見えた。


「姫様が間違っていることを正すのも、私の役目だからね……」


 威圧的に、絶望的に、逃げるところはないと、そう言わんがばかりに。

 先生が構えた黒い不吉な剣に、私は死に直面したような恐ろしい気持ちで対峙していた。


プロローグに出て来た語り手は、先生でした。

飛那姫と同じ能力を持った剣の天才は、魔剣の主。

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