表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
5/251

3時の苦いお茶

「珍しいお菓子が手に入りましたので、午後のお茶に姫様をお呼びしたいと仰っております」


 父様付きの侍従がやってきたのは、不在の先生に代わって、団長に新しい剣舞(けんぶ)の型を教わっていた時だった。

 屋内練習場の壁に掛けられた大時計を見上げる。

 短針は2時過ぎを指していた。


 父様が剣の稽古中の私を呼ぶときは、たいていお菓子で釣る。

 そうしないと、稽古を切り上げないのを知っているからだろう。


「……3時に参りますとお伝えください」

「かしこまりました。お待ちしております」

 

 お菓子に釣られた訳じゃない。父様はきっと私の顔が見たいのだ。親孝行と思って行ってあげなければ。うん。

 団長には稽古のお礼を言って、退出する旨を伝える。


「姫様は剣舞にかけても天賦の才がおありですな。どの型も非常に美しくて、感心させられましたぞ」

「ありがとうございます、理堅(りけん)様。また次回、続きを教えてくださいませ」


 剣に関してはほめられると素直にうれしい。

 特に剣を使った舞、剣舞はここ2年ほど一生懸命練習しているから上達が分かるとやる気が出る。

 目標は父様のように立派に舞えるようになることなんだけど。

 まあ、道のりはまだ遠いかな。


 自分の記憶には残っていないけれど、私は2歳から剣を持ったらしい。

 騎士団の稽古場に出向くのが散歩の日課となるほど剣が好きで、大人のまねをしておもちゃの剣を振り回しているのを見た父様が、本物の剣を与え、稽古をつけたのだという。


 私は剣の才能に加えて生まれ持った魔力も高く、かなり貴重な存在ということで、奇跡だの、天才だの、国宝だのと言われている。

 まあ、ある意味当然でしょう。

 私、将来は世界最強の剣士になる予定だし。


 一度部屋に戻って湯浴みを済ませ、清楚な着物に着替えさせてもらう。

 着物は、東の国に古くからある装束(しょうぞく)だ。

 袴ではないので、ドレス以上に動きづらいのだけど、嫌いじゃない。こう、気持ちが引き締まる感じがするのだ。


「飛那姫様、そろそろお時間ですから参りましょうか」


 令蘭にそう促されて私は部屋を出た。

 剣の稽古も大事だけど、おいしいお茶とあま~いお菓子の時間も大事だよね。

 自然、足が早くなる。

 自室がある東の塔から本塔へ渡る廊下までやってきて、向こうに見えた人影に私は思わず足を止めた。


 姿が見えなくても、音で誰だか分かる。片足が悪いとかでいつも杖をついて歩いている、人を威嚇するようなあの音。

 やせこけた頬の割に油っぽい肌。骨張った手。

 黒に近い髪でも、先生の黒髪とは全く違う、美しさのないオールバック。

 でも一番嫌いなのは、あのぎょろぎょろした目だ。


「これは姫様、ご機嫌うるわしいようで」


 ああ、この濁った声も嫌いだったっけ。

 既に60歳近い年齢だろうその男は、私に気が付くと廊下の端に下がって道を空け、うやうやしく礼をした。

 これがこの国の大臣が一人、ビヴォルザークだ。


 北の国と東の国の間に産まれた出生をちらつかせ、「国の架け橋」と称して、北の大国から紗里真に送り込まれてきた男。

 大国間の人材交換なんて、ありがたくないプレゼントだ。この男を見てそう思うのは、私だけじゃないだろう。


「いつにも増して、姫様はお美しくていらっしゃいますな」


 ビヴォルザークは顔を合わせる度に、こうやって粘着質な目で人をじろじろ見てくる。

 私、あなたのこと大嫌いなの分かってる? 心底気持ち悪いからやめて欲しい。

 出来ればそう言ってやりたい。言わないけどさ。


「ビヴォルザーク様、父様のところにおいででしたか?」


 早くどっか行って欲しいな、と思いつつも私はそう返した。


「いえ、私は通信塔の修理が完了したとのことで、視察に参りました帰りです」

「そうでしたか、ご苦労様です」


 通信塔は三日ほど前にあった落雷で、重要なアンテナが折れたと聞いている。

 有事の際、真国間にある他の小国とのやりとりに必須の情報棟なので、技師達が総出で直していると聞いていたけれど、もう直ったのか。それは良かった。


「時に姫様……」


 ぎょろりとした目を向けて、大臣は何か含むような笑みを浮かべた。


「王子が視察に出かけられたとのことですが、どちらへ行かれたかご存じですかな?」

「……いえ? 詳しい場所は存じません。東の方としか……」

「そうでしたか」

「なぜそのようなことを?」


 いぶかしく思って聞き返すと、大臣は軽く手を振って不自然な笑みを返した。


「いえ、何。今進めている法案のことで、急ぎ王子にお聞きしたいことがあったのですが、私の知らぬ間にお出かけになられてしまったようで……」

「……そうですか」


 居場所なら父様に聞けばいいだろうに。

 なんとなく釈然としなかったが、まぁどうでもいい。この男と長話をしたくないので、私はさっさとその場を離れることにした。


 父様の自室に着いて、令蘭が護衛の兵に来訪を告げると、重たそうな扉が中から開かれた。お茶会用の部屋ではなく、今日は自室で内々のティータイムということのようだ。

 少し疲れた顔の父様と、いつも華やかな母様が表情を曇らせてお茶のテーブルについていた。


(何か、あったのかな……?)


 そんな気配を感じて、私はわずかに眉をひそめた。


「父様、母様、ごきげんよう」

「おお飛那姫、来たか……まぁ座りなさい」


 引かれた椅子に腰掛けると、若草色のお茶がカップに注がれていく。

 昔ながらの取っ手のない湯飲みより、私はこの取っ手付カップの方が使いやすくてお気に入りだ。

 珍しいお菓子というのはやはり口実だったようで、いつもの米を砕いて焼いた塩味のあられと、薄くのばして焼いた甘い卵のお菓子がテーブルに並んでいる。


「めずらしいお菓子って……聞きましたわ」


 私は少しふくれて、父様を見た。

 優しい父様は申し訳なさそうに、次は本当に用意しておくからと謝った。


「話があったのだ、飛那姫」


 父様は少し緊張した母様の様子を横目で見ながら、そう切り出した。

 父様が片手をあげると、侍女や兵達が、一礼してぞろぞろと扉から出て行く。

 人払いが必要な内容らしい。


「お話とは何ですか? 父様」

「……うむ」


 皆がいなくなったところで尋ねると、重たい口を開くように父様は話し出した。


「蒼嵐と……連絡が、取れないのだ」


 父様の話は、6日前に出かけた兄様と連絡がつかないという内容だった。

 日程としてはもうそろそろ帰路に着いていてもいい頃なのに、伝書鳩(メンハト)も飛んでこないこと。

 現地の先遣隊にも連絡をやったのに、そちらも応答がないこと。


「蒼嵐には先にやった先遣隊と合流して、町の視察を行い、資料を取って帰ってくるように言ってあった。向かった先で激しい暴動が起きている訳ではないし、先遣隊の話では危険はないと言っていたので問題ないとは思うが……」

「父様、護衛には誰がついて行ったのですか?」

「第二精鋭隊の余戸(よど)衣緒(いお)をつけてある」


 その二人なら知っている。

 騎士団でもトップクラスの精鋭隊にいる、隊長補佐の二人だ。剣の腕前も人柄も問題はない。

 聞けば他にも騎士隊から6人、魔法士が2人、ついて行っているということだ。

 それだけいたら道中に盗賊が襲ってこようと、人を襲うという化け物、異形が襲ってこようと大丈夫だと思うのだけれど。


「誰か、様子を見に行かせたのですか?」

「同じ精鋭隊から3人ほど選抜して向かわせるところだが……もし何かあったのだとしたらそれだけでは心許ないので、人選を急いでいる」


 何かあったのだとしたら。

 その「もし」を想像しただけで、背筋がすっと寒くなった。


「では……では、私も兄様を探しに行きます!」

「ばっ、馬鹿なことを言うではない!」


 ぎょっとしたように、父様が落としていた視線を上げて私を見た。


「飛那姫、そんなことを言わせるためにそなたを呼んだのではないぞ。少し落ち着きなさい」


 落ち着いてなんかいられるわけがない。

 連絡が取れないだなんて、何かあったに違いないのだ。ここでただじっと待っているなんて、耐えられない。


「兄様の行方が分からないのでしょう? 私だって馬に乗れますし、捜しに行くことくらい出来ます!」

「そういう問題ではない、其方は王女なのだぞ?」

「王女ですけれど、兄様の妹でもあります!」


 憤った私が椅子から立ち上がりかけたところで、コンコン、と扉をノックする音が聞こえてきた。


「ご歓談中、失礼いたします。天海高絽(あまみこうろ)、ただいま戻りました。至急、国王陛下のお耳に入れたいことがあり、参上いたしました。入室をお許しいただけますでしょうか」


 先生の声だった。

 例の宗教団体の鎮圧、もう終わったのだろうか。


「許す、入れ高絽」

「はっ」


 先生は一礼して部屋に入ってくると、私を見て少しだけ目を細めた。

 先日のかやく事件のことは、もう忘れていて欲しい。


「至急伝えたいこととは何か?」

「はい、光の使徒団についての新しい情報です」

「聞こう」


 光の使徒団。その言葉にピリッとした緊張が走った。

 今は、父様も母様も私も、その名前には敏感だ。


 どんな情報でもいい。兄様につながるものが欲しい。

 祈るような気持ちで、私は先生が続ける言葉を待った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ