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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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魔道具生産工場

「姫様、魔道具の生産工場はこちらです」


 先頭を走る兵士が城から庭園に出る通路を指して言った。

 魔道具の工場なんて、一体いつ出来たのだろう。

 綺羅になってから新しく作ったものなんだろうけど……


「姫様、本当によくぞご無事で戻ってきてくださいました……私どもの士気も上がっております」

「紗里真の兵は、どの位残っている?」

「ほとんどが騎兵隊のものですが、150名ほど。騎士隊のものも60名ほど残っております」

「たったそれだけ……」


 全体を合わせれば6000人近くいたはずの騎士団が……


「小国に常駐していた騎兵隊はもっと残っているはずです。全体で1000人以上はいるだろうと、私どもは考えております」


 大国以外の小国にも騎士団は常駐していた。そういう兵が残っているということか。

 それにしても精鋭隊が全滅したのも含め、5000人近い兵士がいなくなったということだ。

 紗里真が失われたことの大きさが、あらためて恐ろしく感じられた。


「あれが魔道具の生産工場です。ビヴォルザーク様……いえ、ビヴォルザークが管轄を任されています。私どもは普段立ち入ることがありません」


 庭園の隅から林の中に、冷たい石造りの工場が出来上がっていた。

 庭園に割り込むようにして建つその陰惨な雰囲気の建物は、かなりの大きさに見えた。

 大好きだった明るい庭園の中に、こんなものが出来上がっているなんて……

 私はなんとも暗い気持ちでその建物を眺めた。


「中に兵士はいないということか?」

「はい、普段は研究者だけが立ち入りを許可されております。私どもの仕事は周囲を警備することですので」


 中にいるのがビヴォルザークだけなら、簡単に仕留められるだろう。

 だが、襲撃があるということを大臣も分かっていたはずだ。なんの警戒もなく、こんなところにいるわけがない。

 周囲に人の気配もないことを考えると、罠があるかもしれなかった。


「……みんなはここまででいい」


 着いてきた6名の兵士に、私はそう言った。


「姫様! しかし……」

「大丈夫、私が剣を振るう時は、側に味方がいない方がいいんだ。巻き込むことを考えると全力で戦えなくなるから」

「……しかし」

「みんな……よく生きててくれた。もうそれだけで十分だから、後は私に任せてくれないか? みんなには、これからは安全なところで……好きな場所で、好きに生きていって欲しい」


 どんなに望んだところで、父様の国が、紗里真が蘇ることはないのだから。

 みんな何か言いたそうにしていたけれど、もう本当にいいのだ。


 腐った王にも大臣にも仕えなくていい。

 自由になって欲しい。

 

「私からは以上だ……案内、ありがとう」


 姫様、と呼ぶ声がいくつか聞こえてきたけれど、私は後ろを振り向かないで工場の入口に向かった。

 この戦いが終わった後、私が国を再建出来るわけじゃない。

 私にはそんな技量もなければ、父様みたいな人望もない。

 ならせめて、過去には縛られず、みんなには未来を自由に生きて欲しい。


(そのために……)


 そのために、私は過去の因縁をここで全て断ち切ろう。

 心からそう思った。


 重苦しい音を立てて、私は鉄の扉を押し開けた。

 魔道具の生産工場。

 近頃は、流通している原料をみんな奪い取っていってしまうと、杏里さんが嘆いていた元凶だ。


 入ったところは大型馬車が3台は入りそうなほどの、吹き抜けの空間が広がっていた。

 建物の奥は2階構造になっていて、金属製の階段や細かいパイプが天井や壁に張り巡らされている。

 工場内には稼働している音もなく、静まりかえった冷たい感じがした。


「ビヴォルザーク! いるなら出てこい!!」


 私は工場の奥に向かって叫んだ。

 冷たい壁や床に反響して、私の声が工場内にこだまする。

 誰も、いないのか。


「!」


 突然、カッと天井にいくつもの明かりがついて、私の立っているところが照らし出された。


「これは姫様……大変お久しぶりです」


 前方の2階部分に現れた影が、そう口を開いた。

 忘れもしない、その濁った粘着質な声。


「相変わらずのお美しいお姿を拝謁いたしまして光栄です……本当に舞い戻ってこられるとは思っておりませんでしたよ」


 明かりに照らされたやせこけた頬。

 黒髪を全部後ろにあげた額に、気味の悪いぎょろ目。

 紛れもなく、私の大嫌いな大臣。ビヴォルザークだった。


「貴様の首を獲るために、帰ってきた……」

「この年寄りの首をご所望ですか? それは困りました……もちろん差し上げるわけにはいきませんが……如何いたしましょうか」


 カツン、と網の足場に、杖をつく音が響いた。


「降りてこい、ビヴォルザーク」

「私はここで結構ですよ。代わりに私のペットがお相手をいたしますから、それでお許しください」


 奥の方からガコン、と何かが外れる音がして、ちょうどビヴォルザークの足下にあった扉が動き始めた。

 鉄製の扉は上にあがっていき、大きく開口する。

 影になって見えなかったが、伝わってくる空気がそこから現れた敵の正体を教えていた。


「……異形だと?」


 大型の異形が二体。

 一体は人に似た、腐りかけのアンデット型に見えた。

 もう一体は人狼型だ。

 どちらも額に六芒星が刻まれていた。


「まさか、異形まで操れるのか……?」


 負の思念から生まれてきた異形を操るなど、一体、どうやって……


「斉画王の研究結果を分けていただいたのです。私にも仕組みは分からないのですが、よく働いてくれますよ。そうそう、蒼嵐王子の時にも彼らは優秀に追跡してくれました」

「! ……っこいつらが……?!」


 目の前までゆっくりと歩いてきた二体の異形の身の丈は、私の10倍はありそうだった。

 異形特有のどす黒い気配が足下から這い寄ってくる。


「ビヴォルザーク、兄様を害したのは……こいつらなのか?」

「ええ、そうです。私があんな森の中で王子を追えるわけがないでしょう?」

「……よく、分かった」


 兄様を襲撃した、敵。

 それを聞いて、この異形を倒さない選択肢はない。


「お前もこいつらも、全部まとめて始末してやる……!」


 相手が異形なら、手加減はいらない。

 私は最初から全開で神楽に魔力をこめると、冥界の炎を焚きつけた。

 

「地獄に還れ!!」


 地面を蹴った私は、一瞬で異形の間合いに入った。

 左下から振りかぶった長剣は、アンデット型の異形の腹から、右肩までを切り裂いた。


 黒い霧になって空中に霧散していく片割れを見て、人狼型の異形が私に腕を伸ばしてきた。

 私は鋭い爪を反転して交わすと、後ろに跳んで退いた。


 この2年、どれだけの数の異形を相手にしてきたと思っている。


「この程度の異形をけしかけた程度で……私に傷をつけられると思うなよ、ビヴォルザーク」


 神楽の剣先を向けてそう言うと、ビヴォルザークは困ったように首を振った。


「いけませんね姫様、まだ準備が整っていないうちに勝手に戦闘を始められたら……私のペットがもったいないではありませんか」


 ふいに、工場の壁から空気の抜けるような音が聞こえてきた。


「?」


 四方からしみ出してきた煙が、足下にじわじわと広がっていくのを私は見ていた。

 どこかで見たことがある。これは……

 ふわりと、足下に届いた灰色の煙が私の周りを立ち上り始めた。

 途端に、妙な倦怠感が私を包んだ。


 覚えがある、この感覚は……


「魔力無効化ですよ。お忘れでしたか?」


 あの日に、礼峰様の魔力すら抑え込んでしまった、気味の悪い魔術。

 握っていた神楽が急に重く感じて、私は右手に視線を落とした。

 いつも青白く輝く神楽が、光を失っていた。

 重さを感じたことのない剣が重量を増していく。


「……っ!」


 魔法剣は、魔力を込めないと扱えない。

 私にとって魔力が使えないと言うことは、剣が使えないということそのもの。

 さらには……


「!」


 横薙ぎに襲いかかってきた拳に気付いて、反射的に避けようと思った私は足にもいつものような力が入らないことに気がついた。

 

(まずい……!)


 生身では、異形の動きにはついていけるはずがない。

 かろうじて剣を構えガードの姿勢を取ったが、人狼の攻撃がわずかに早かった。


「かはっ!」


 左の脇腹から、鈍い音がした。

 そのまま勢いで横に飛ばされて、私は荷物置き場の中に体ごと突っ込んだ。

 荷物の崩れる音と、剣が手から離れて床に転がった音が響いた。


 すぐには起き上がれなかった。

 多分、肋の骨を何本かやられた……

 激しく咳き込みながら、私は荷物置き場の木箱の山に手をかけた。


 立たなければ、殺られる。歯を食いしばって立ち上がったら、目の前がくらりとした。

 押さえた手の下、熱を持ってズキンズキンと鼓動を打つ痛みが襲いかかってくる。

 灰色の煙はなおもゆらゆらと、重苦しい足かせになって私にまとわりついていた。


 目の前の人狼が、笑ったような気がした。

 額の六芒星が怪しく光っている。

 光の使徒団の信者を操っていたのと同じ、六芒星が。


「ビヴォルザーク……」


 私は痛みを噛み殺して、前方の憎い男を睨んだ。

 思い浮かべた予想を、聞いておかねばと思った。


「使徒団の信者を、作りだして……殺していたというのは、お前か?」


 私の問いに、ビヴォルザークは唇の端をあげたように見えた。

 光の使徒団を影で操り、始祖と呼ばれ、大量殺戮の首謀者になったのは……


「光の使徒団の、始祖とやらはお前のことか……?」


 そこまで話した時、ビヴォルザークが堪えきれないように笑い出した。

 ガシャン、ガシャンと、鋼の床に杖の音が響き渡る。


「何が……おかしい?!」

「ははははは……はは。ああ、申し訳ありません。あまりにもおかしくて」


 おそらく折れただろう肋の痛みが、ただ立っていることさえ困難にしていた。

 せめて魔力が使えれば、痛みを軽減させることが出来るのに……

 目の前で笑っているぎょろ目の男のところまで、あと少しだと言うのに……


「姫様、まだそのようなことを仰っているのですか?」

「……何?」

「少し考えてみれば分かるではありませんか。兵が鎮圧に出向いて帰ってきた時に、何故虚偽の報告が出来たのですか? 洗脳されていた兵ならともかく、どうして暴動が広がっているなどという嘘や、信者を制圧してきたなどという嘘を、王は信じたのですか?」

「……嘘、だと?」

「使徒団の目的は、王国を混乱させるのと兵を減らすため……あとは、単に斉画王が愉快だったからと聞いています」


 私は痛みで、ビヴォルザークが言っていることがよく考えられなくなっているのかもしれない。


「まあいいでしょう、姫様。冥土の土産というやつです。私が始祖の正体を教えて差し上げましょう」


 気味の悪い笑いを貼り付けたまま、ビヴォルザークが2階の手すりから身を乗りださんがばかりに、私を見下ろした。

 それと同時に、人狼が動いた。

 ゆっくりと、私に向かって歩いてくる。


 私は目の前に転がっている、光を失った神楽を見た。

 逃げることも、戦うことも出来ないなんて。

 ここまで来て、私は、あいつの首を獲ることが出来ないんだろうか。


「光の使徒団の始祖は、あなたのよく知っている男ですよ……」


 ビヴォルザークが、私にとって最期に聞く言葉であるかのように、そう言った。


「その男の名は……」


 そこまで言ったビヴォルザークが、目を瞠ったのが見えた。

 私も、思わず言葉を失った。


「名は……あ、れ……?」


 震える手で、ビヴォルザークが自分の胸から突き出ている黒い刃身に触れた。

 後ろを振り向こうとしたところで、動きを止めた口から血が吐き出された。


「き、きさ……ま……」


 引き抜かれた刃が見えて、ビヴォルザークの体が2階から下に向かって落ちてきた。

 グジャリ、と鈍い音を立てて、冷たい床に転がるその体を私は見ていた。

 杖が体を追うように落ちてきて、ガランガランと、冷たい音を響かせた。


 何が、起こったというのか。

 灰色の煙が、徐々に晴れていこうとしていた。

 脇腹の痛みは治まらなくても、倦怠感が薄れていく。

 魔力無効化が、解除されていくことが分かった。


 ただその光景を見ていた私は、はっとした。

 ビヴォルザークの死体から、目の前に意識を戻した時には遅かった。

 人狼型の異形は主の死とは関係なく、まだ私を敵として見ていた。

 その鋭い爪が振り上げられるのを、私はただ見ているしかなかった。


「……っ!」


 息を飲んだところで、異形の体に縦一文字の亀裂が入った。


「?!」


 次の瞬間、二つに裂けた体が黒い霧になって消え失せていく。

 理解が追いつかず、私はただその光景を呆然と眺めていた。


 異形の消えた向こうに、長身の人影が見えた。


「……え……?」


 そこに立っているのは、見間違えるわけもない人だった。

 でも、そんな訳はなかった。

 だって、その人はあの日、確かに……


「姫様……」


 静かに、優しい声が私を呼んだ。

 懐かしい声に痛みも忘れて、私はそこに立ち尽くしていた。

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