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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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生き残りの忠義

 玉座の間にいる兵士達は、私を討とうという気になればすぐにでも向かって来るだろう。

 神楽の炎を見て、攻撃をためらっている今がチャンスだ。

 盾を壊した私は、即座に斉画王を仕留めようと踏み込んだ。


 剣を振りかぶったところで、斉画王の隣にいた解里が右手をあげたのが見えた。その手に、銀色の筒状のものが握られているのに気付く。


 勘が、このまま踏み込むなと言っていた。

 私は横に跳んだ。

 解里の持った銀色の筒の先端から何かが向かってきて、私のすぐ横を通り過ぎていった。


「ぐあっ!」


 背後にいた一人の兵士が、胸を押さえて跪いた。

 押さえたところから、血が広がっていく。


「ああ、せっかく近くで狙えたと思ったのに……」


 解里はそう言って、銀色の筒を再び私に向けた。

 そこに魔力が集中するのを感じた瞬間、何かがこちらに向けて放たれた。


「……っ!」


 魔力を眼に集中して動体視力を上げたら、太い矢のような魔道具がかすかに見えた。

 このスピードなら避けることは出来る。

 体をねじって矢を交わした私の後ろで、また兵士の悲鳴があがった。 


「馬鹿者、外れたではないか。弾の無駄遣いをするな」


 斉画王がいまいましげに舌打ちする。

 玉座から立ち上がった様子から、逃走も視野に入れているかもしれないと思えた。

 魔法士が二人、斉画王の前に立って新しい盾を展開した。

 その周りにも、既に兵士が集まりはじめていた。


(くそ……人数が多すぎる)


 薙ぎ払うことは出来る。

 でも、その場合に殺さない加減なんて出来ないのだ。

 標的以外を殺さずにすまそうだなんて、やはり甘い考えなのか……

 

「生身の人間がこれを避けられるとは。恐ろしい姫様ですね」


 解里は自分の攻撃で兵士が倒れることをなんら気にせず、矢を続けざまに放ってきた。

 下手な飛び道具はいくら撃ったって、私には当たらない。


(全部、見えてる)


 向かってきた矢の先端に集中して、剣を縦に薙ぎ払った。

 ギン! と金属が弾ける音がして、方向を変えた矢が解里に飛んで返る。


 鈍い衝突音がして、解里は私に向けていた銀色の筒をだらりと下げた。


「え……あれ?」


 呟いた解里は、自分の胸元を見下ろしていた。

 そこに刺さっているのは、たった今私に向けて放ったはずの金属の矢だ。

 斉画王に張り付いて盾の中にいれば良かったものを……私を追うのに夢中で、フラフラと前に出てくるからそうなるんだ。

 狙った訳ではなかったが、結果的に持ち主に返すことになった矢を見て私は唇を噛んだ。


 どうしてだろう。

 憎い相手のはずなのに、傷ついて倒れるのを見ると苦い気持ちしか残らない。


「お見事ですね、王女様……いえ、末恐ろしいというべきか。国宝神楽の主だけのことはあります」


 床に崩れ落ちる解里を見ながら、斉画王は拍手をしていた。笑っていた。

 冷酷な性格に今更驚くこともないが、どうしようもなく胸は悪くなる。

 

「……狂った王め」

「狂う? 私はこの通り正常ですよ。駒が無くなることをいちいち気にするあなたがおかしいのです。ここにいる者達は副大臣だろうが兵士だろうが、私にとってみんなただの駒。いわゆる使い捨てですよ」

「兵士は、使い捨てなんかじゃない……!」


 当たり前の道理を子供に諭すような言い方に、私は吐き捨てるように返した。

 そんなものが、正しい考え方のはずがない。


「歩兵にも騎士にも家族がいる。死ねば泣いて悲しむ人がいる。お前にはそういう人がいないから分からないんだろう!」

「家族? そうですね、私にはいません。あなたと同じです」

「……っ私の家族は! お前が……!!」


 斉画王は盾の中で笑っていた。


「ええ、あなたのお父上、実に潔い最期でした。無抵抗でしたよ……その、ちょうどあなたが立っているところあたりで、一突きでした」

「……!」


 ざわりと、全身にいい知れない悪寒が走った。


「とどめを差したのは私ではないのですが、よく覚えています」

「斉画王……っ貴様……!」


 自分の立っている場所から血がしみ出てくるように感じて、足が震えた。

 私自身が刺されたかのように、心臓が痛く感じた。

 父様は、どれほどの痛みだったか……


「貴様だけは、絶対に殺してやる…!」

「いえ、それは無理だと思いますよ。いくらあなたが強くなったからと言っても……」


 斉画王はそう言いながら、ひとつのボールを取り出した。

 両の手のひらにちょうど収まるくらいのボールの中には、ぐるぐると灰色の煙が渦巻いていた。

 斉画王はそれを目の前に持ち上げて私に見せた。


「これは、私が今開発中の攻撃用魔道具です。一度、ちゃんと試してみたかったので、ちょうど良かったです」

「……何?」

「ここのスイッチを押して投げるだけの、いたってシンプルな作りで、誰にでも扱えるのですよ。量産して他国に売りさばく予定なのですが……爆破の威力の程が未知でしてね。人を使って実験していなかったものですから。ここにいる兵士達は……ああ、50人位はいますね。あなたも含めて、これが一度に死ねば、成功ということになります」

「お前は、何を言って……?」

「言ったでしょう? 兵士は使い捨てで良いのです」


 ここにいる全員を巻き込んで魔道具の実験をすると、そう言っているように聞こえた。

 いや、間違いなくそのつもりなのだろう。

 自分の兵士も、敵も味方も関係がないのだ、この男には。


「投げるのに腕力は必要ありません。起動した上で、盾の外に転がすことさえ出来ればいいのですから」


 そう言って、斉画王はなんのためらいもなくボールの上部にある赤いスイッチを押そうとした。


「やめっ……」


 その先にある惨状を思い浮かべた私が、魔法士の盾に全力で攻撃を仕掛けようとした時。

 斉画王が顔色を変えた。

 手に持っていた攻撃用魔道具を、横に立っていた兵士が奪い取ったのだ。


「と、取ったぞ!」


 ボールを手にした歩兵が叫ぶと、その隣りにいた歩兵も叫んだ。


「そこの魔法士! 盾を解除しろ! でないとこの中でこいつを爆破させるぞ?!」


 盾の中、斉画王の隣に並んでいた数人の兵士が、魔法士を脅して盾を解除させるのを、私は呆気にとられて見ていた。


「お前達! どういうつもりだ……!」


 狼狽しきった顔の斉画王は、もう笑ってはいなかった。

 十数名の兵士達が、ぞろぞろと斉画王を取り囲んでいく。


「斉画王……姫様の仰るとおり、お前には家族を失ったものの気持ちは分からないだろう」

「鮮血の31日に、精鋭隊だった俺の兄を殺したのはお前だ……」

「おれも、お前に家族を殺された一人だ!」


 怨嗟(えんさ)の言葉が、斉画王の周りをうずまいていた。

 兵士達を包んでいる、恨みのもやのようなものが目で見えるような気がした。

 私もきっと、彼らと同じだと思った。


 正気でいる紗里真の兵士が残っていたことはうれしかった。

 一人だと思っていた戦いに、助けがあったことも。


 でも、心の底から喜ぶことが出来ない自分がいた。

 誰かを殺したいほど深い思いを背負って、あの日から生きてきたのはこの人達も同じだったのだ。

 それは喜ぶことよりも、ぞっとすることのように思えた。


(なんで、今まで気付かなかったんだろう……)


 苦しいのは自分だけだと思っていた。

 民のことも、兵のことも私は考えていなかった。

 それがたまらなく情けなかった。


「やめろ……お前達、こんなことをしてどうなるか……ぐっ!」


 押さえ込まれて兵士の一人に腹を蹴り上げられた斉画王が、顔を歪めて激しく咳き込んだ。

 2年越しの恨みを兵士達から浴びせられる斉画王から、私は目を背けた。


 この玉座の間にいる全員が紗里真の兵士ではないだろうに、誰も自分たちの王を助けようとする者はいなかった。


「やめ……やめろ……こんな、馬鹿なことが……」


 殴打の鈍い音とうめき声の中に、斉画王の声がどんどんかすれていった。

 気を失ったところに、足に剣を突き立てた兵士がいた。

 それを見ていた他の兵士も、剣を抜いた。


「ぐあぁっ……!」


 致命傷を与えないように、急所を外して刺さったいくつかの剣が、兵士達の恨みの深さを表していた。

 無理はない。それだけのことをこの男はみんなにした。

 でも、それでも……


「もうやめて!!」


 私が叫んだことで、兵士達が動きを止めた。

 打って変わった静寂に、斉画王のうめき声と呼吸音だけが響き渡る。


「もう、いい……そんなことをしても、死んだ人間は還らない」

「姫様! しかしこいつは……!」

「あの時……みんなを助けられなくて、すまなかった」


 謝罪の言葉に、兵士の視線が私に集中したのが分かった。

 断罪されるべきなのは、自分かもしれないと思った。


「私だけ逃がされて、今日までこうして生きてきてしまった……町の暮らしも、兵達の苦しみも知らずに、今日まで……」

「姫様! それは違います!」


 私の言葉を遮るかのように、斉画王を掴んでいた兵士がその手を離して言った。


「あの時に、姫様や国王様を守れなかったのは自分たちなんです!」

「罪があるのは我らでしょう。国王をお守り出来ず、なんのための兵だったのか……」

「姫様がご存命であられることは、皆が知っておりました。それを喜びこそすれ、恨んだ者などおりません」

「今日まで反逆の機会を探り、皆と堪え忍んでこの狂王に仕えてきました……こうして積年の恨みを晴らすことが出来るのは、姫様のおかげです」

「姫様がここに戻られたと聞いた時から、今度こそ皆でお守りしようと誓っておりました」


 口々に、兵士達が私を弁護しはじめた。

 私を責める者は、誰もいなかった。

 

「みんな……ありがとう」


 良かった。

 私を恨んでいるものがいないことが良かったのじゃない。

 紗里真は、父様の国はまだここにあった。

 それが分かっただけでも、ここに帰ってきて良かった。


 皆が背負ってきた苦しみを、今日で終わらせる。

 終わらせられる。


「大臣は……どこにいる?」


 泣き出したいのを堪えて、私はもう一つの標的の居場所を尋ねた。

 忘れてはいけない、私の本当の敵はあいつなのだ。


「おそらく、魔道具の生産工場にいるかと」

「私共もお供いたします」


 兵士達の何人かが前に出て、案内役を買ってくれた。


「この玉座の間を出れば、斉画王の兵士は姫様に剣を向けるでしょう。綺羅の兵は紗里真に忠誠を誓った兵が抑えます。皆、号令の時を待っている者ばかりですから」

「ありがとう、助かる」

「行きましょう」


 兵士達の手によって、扉が外に向かって開け放たれる。

 走り出す兵士達の後に続く。


 私は一人で背負った気になっていた重い何かをそこに置いて、玉座の間を飛び出して行った。


忠義ちゅうぎ――主君や国家にまごころを尽くして仕えること「広辞苑第六版より」

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