玉座の間
「聖剣神楽……わざわざご持参いただきありがとうございます。紗里真の王女様」
斉画王は、私をあざ笑うかのように大国の玉座に座っていた。
そこに座するのは紗里真ではなく、綺羅の王であると言わんがばかりに。
動かしがたい現実であることを、私に突きつけて楽しんでいるように見えた。
その姿を目にすれば、恐れよりも怒りが先に立った。
忘れはしない、あの日の襲撃のことを。
理不尽に奪われたものの、大きさを。
「始祖様のおっしゃった通り……本当に姫様ご自身が剣を運んで来られましたね」
傍らに立っていた、学士風の男が口を開いた。
目の焦点が合っていないような気味の悪いその男には見覚えがあった。
「……お前、兄様の侍従だった……?」
記憶に間違いが無ければ、兄様付の侍従としてよく出入りしていた男だ。
どうして、こんなところに……
「確か、解里と言ったな……?」
「私を覚えていてくださったのですか? 光栄です」
男は唇の端をあげて私の問いを肯定した。
「おかげさまで、今は副大臣として斉画王にお仕えしております」
「お前が仕えているのは私ではないだろう、あの男に心酔しきっている気味の悪い駒など要らぬわ」
斉画王は解里の言葉に、不愉快そうに手を振った。
誰に仕えていようが、そんなことは関係がない。
この場にいるだけで裏切り者なのは明白だ。
よりにもよって、兄様の侍従が……
私はギリ、と歯を食いしばった。
「恥を知れ、裏切り者め……」
「蒼嵐王子のことは私の知るところではありませんよ。城外で襲撃したのはビヴォルザーク様の子飼いと聞いております」
「黙れ!」
私は激高すると神楽を一閃した。
風切り音とともに、剣気が飛ぶ。
空を斬る刃は確実に目の前の二人を狙って放った。
「?!」
しかし見えない壁に阻まれるように、玉座の手前で剣気は跳ね返された。
斉画王は楽しそうに両手を広げて見せた。
「何を驚いているのですか? 襲撃があると分かっていて、こんなところにただぼーっと座っているほどお人好しではないのですがね」
「……盾か」
おそらくは魔道具を使った盾が、玉座の周りに展開されている。
少し先にある空間のひずみを見つけて、私は小さく舌打ちした。
あれを壊すとなると、それ相応に威力のある攻撃が必要になりそうだ。
「もうよろしいのですか? それでは、こちらからも歓迎のセレモニーといきましょうか」
斉画王がそう言った瞬間、背後の扉から兵士達がなだれ込んできた。
すんなり城に潜入出来た気がしていたが、もしや罠だったのか。
「……斉画王、何故私が来ると知っていた?」
今まで逃げ回っていた私が、今日この時にここに来ると、何故分かったのだろう。
襲撃が読まれていたというのか。
「それはそう教えてくれた人間がいるからに決まっているでしょう」
「教えてくれた人間だと?」
「ふふふ……いいでしょう、少し話をしましょうか、王女様。問題を出しますから、考えてください。当たったら、苦しまないで済むように殺して差し上げます」
玉座の間を囲うように並んだ兵達を確認すると、斉画王はあごのひげを撫でながら話し出した。
昔語りの翁のように。
「昔々、あるところに一人の王様がいらっしゃいました。ある時、王様の国で妙な宗教団体が騒ぎを起こしはじめました。あちらこちらで暴れていて手がつけられません」
「……?」
斉画王の意図が分からずに、私は眉をひそめた。
何が言いたいのだろう、この男は。
「王様は信頼のおける兵士達に、宗教団体を鎮圧するように各地へ送り出しました。兵士はあわれな信者達を駆逐し、戦闘では多くの人が死にました。信者はもちろん、抵抗にあった兵士もたくさん死にました」
「斉画王……何が言いたい?」
「まあ黙って最後までお聞きなさい。ええと、どこまで話しましたか……そうそう、兵士がたくさん死んだところでしたね」
事実を物語のように話しているのか、人をからかっているだけなのか、判別がつかなかった。
斉画王は話し続けた。
「信者は次から次へと現れて、とうとう王国の中でも暴れはじめました。王様は自ら信者達を制圧し、大変満足でしたが、大事なことに気付いていませんでした」
「?」
「信者達は、操られていただけの、自分の可愛い国民だったのです」
「なっ……」
「呪いに長けた隣国の王様が、王国の悪い大臣と悪い男と手を組んで、一芝居売っていたのです。人を呪いにかけるのはとても簡単です。呪いのかかった魔道具を焼いて、ぺたんと左手の甲に焦げた印をつけるだけ……あら不思議、これだけで破壊行動を繰り返す暴徒のできあがりです」
私は乾いてきた喉に、つばを飲み込んだ。
これがもし、本当の話だとしたら……
「王国の兵士達も、気付かないうちにその大半が悪い大臣と男の手先になっていました。洗脳されない意志の強い兵は、戦場に駆り出されて、そこで悪い男や、他の兵士に殺されました」
「なにを、言って……」
「ある時は町の人間を使って多くの信者を作り、宗教団体が手に負えないくらい大きくなっているように見せかけました。またある時は、洗脳されない兵士を殺すためだけに出兵させ……人目のつかない場所で、証拠となる信者と一緒に始末しました。こうしてたくさんの罪もない人が死んでいき、王国はどんどん混乱していきました」
「斉画王! 何の話だ?!」
これが、真実などと信じたくはなかった。
否定したい気持ちとは裏腹に、腑に落ちると考える自分に葛藤が湧き上がった。
「息子である王子を殺されてしまったかわいそうな王様は、城の騎士団まで事実上失っていたのです。とうとう最愛の娘の誕生日に、毒を盛られて死んでしまいました」
「やめろ!!」
もういい。聞きたくない……!
宗教団体は光の使徒団のことか。
あれだけの暴動があったはずなのに、使徒団のことを知っている町もあれば、知らない町もたくさんあった。
あれが、騎士団と王国全部を巻き込んだ、芝居だったと言うのか。
でも確かに、先生やみんなは出兵していった。
そして戦って帰ってきた。
あれが洗脳されていただけなんて……そんなことが、ある訳がない。
「さて王女様、この話にはまだ続きがあります」
「もういい……」
「いえ、是非聞いてください。王国滅亡後、王様の娘は非情にも身内を捨てて逃げるのですが……」
「……っ」
「その後、こうして愚かにも王国に舞い戻ってくるのです。全てが仕組まれたこととも気付かずに」
「なんだと……?」
斉画王はそこまで話すと、堪えきれずに笑い出した。
気味の悪い笑い声が、玉座の間に響き渡る。
「さあ! ここで考えて下さい! まだあなたが気付いていないだろう真実を……」
「真実?」
「私はあなたがそれに気付いた時の、驚いた顔が見たいのです」
斉画王とのこの問答に意味はあるのか……?
私は沸騰した頭をなんとか落ち着かせようと、重苦しい息を吐き出した。
ただ、心をかき乱されているだけだ。
今の話が本当だったとしても、誰一人帰っては来ない。
ならば、考えるよりも動かなくては。
「……言いたいことはそれだけか?」
兵に囲まれたこの状態は、あの時と同じだ。
でもあの時と違って、私は一人だ。
そして、もう誰かに守られるだけのお姫様じゃない。
取り囲まれた兵士がただの歩兵であろうと、精鋭隊であろうと、負ける気はしなかった。
私はひとつ深呼吸をして、全身に魔力をこめた。
「王女様、ひとつヒントをあげましょう。光の使徒団は本当にあったのか? 答えはYESです。全てが架空のものではありません。まぁ……この解里の様に一部の狂信者がいて、勝手に始祖と祭り上げている男がいるだけの話なのですが……そういう意味では宗教団体として成り立っているかどうかは疑問ですね」
「もういい、黙れ……」
「宗教団体の正体、始祖の正体が気になりませんか?」
「黙れと言っている!」
荒げた声とともに打ち込んだ剣閃は、盾に阻まれて火花を散らした。
私の攻撃を皮切りに、兵が動く。
相手の得物はほとんどが剣と槍。
(多対一の時は、とにかく動け。お前の速さについてこれるヤツはまずいない)
師匠の言葉が、頭の中に聞こえた気がした。
(囲まれたら、円で斬れ)
一斉に襲いかかってくる兵士が間合いに入る前に、私は神楽を低く脇に構えた。
旋回するように一気に剣を振り抜くと、青白い剣気が輪になって飛んでいく。
周囲の兵士達の腰位置で、血しぶきが上がった。
叫びながら円上に崩れ落ちる兵士達を、即座に踏み越えようとするものはいない。
「……手加減はしない。命がいらない者は向かってくるといい」
脅しの意味をこめて、私は神楽に冥界の炎を焚きつけた。
青白く燃える幻想的なまでの長剣を目にして、戦意を失う者がいても勝てると確信する者は少ないだろう。
兵士達は明らかにひるんでいるように見えた。
私は玉座の間に座る斉画王に向き直ると、床を蹴って踏み込んだ。
突きだした剣先に盾の衝撃が加わった。弾かれないように力任せに魔力をねじ込む。
パリン! と薄いガラスが砕け散るような音がして、盾は効力を失った。
鮮明になっていく視界の先に、斉画王の顔色が変わったのが見えた。
「おしゃべりは終わりだ、斉画王……」