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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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昼下がりの幸せ

「飛那姫はまたギルドに行ったのか?」


 魔道具屋に注文の品を取りに来た俺は、飛那姫が置いていったというテーブルの上の封筒を眺めた。


 風漸が亡くなって、早いもので1ヶ月が経った。

 あの後少ししてから、飛那姫はギルドに仕事を取りに行くようになった。

 かつての風漸がしていたように。


 いっぱしの大人の傭兵よりも稼いで、杏里に報酬を運んでいることは聞いていた。

 必要ないと怒る杏里に、めっきり無表情になった飛那姫は、頑として働くことをやめない。


「危ないから、ほどほどにしとけって言ってるんだけどね……」


 まるで風漸の代わりになるかのように金を運んでくる飛那姫に、俺は少し違和感を覚えた。

 こんなに短期間に毎日仕事を取って、何かに取り憑かれているか、急いでいるかのようだ。

 その姿は、少し普通でない気がした。


「明後日はあの子の誕生日なんだけど……お祝いしようって言い出せる雰囲気じゃなくってさ」


 誕生日か。

 確かに、祝うような気分でないことは確かだろう。

 だがこんな時だからこそと思う、杏里の気持ちも分からないではなかった。


「無理もない。あの子がしたいようにしてやった方が、今はいいだろう」

「そうだね……」


 カウンターの中の杏里は、苦笑いで答えた。


「邪魔したな」


 カランカラン、と聞き慣れたウィンドベルが響いて、俺は店の外に出た。

 冬の開けるのが遅い今年の空には、まだ重い灰色の雲が居座っている。

 ふと、屋根の上を振り返って、気付いた。


 飛那姫が、屋根に座って空を見上げていた。

 いつから来ていたのか。

 風漸の家が無くなったのに、杏里がどれほど言っても飛那姫は魔道具屋に住むことを拒んでいる。

 この寒空の中をどこで寝ているのか。

 少し痩せたように見える横顔は、子供に似つかわしくない険しさを感じさせた。


「飛那姫」


 俺が声をかけると、飛那姫は首を回してこちらを見た。


「そんなところで何をしている? 中に入ればいいだろう」

「弦洛先生……」

「危ないから降りなさい」


 そう言うと、飛那姫は何でもないことのように2階の屋根からひらりと飛び降りてきた。

 体重など感じさせない風に、地面に降り立って俺を見上げる。

 この幼さで傭兵仕事をこなしていると頭では分かっていたものの、実際にその身のこなしを見れば驚かずにはいられなかった。


「危なくは……ないよ。私、普通じゃないから」

「……だからと言って、こんな寒空にあんな場所にいなくともいいだろう。中に入りなさい」

「いや……いい」

「飛那姫」


 俺は両手を伸ばすと冷たい頬に添えて、うつむきがちな顔を上向かせた。

 どれだけ長い間屋根の上にいたかは知らないが、身体は冷え切っているように思えた。

 顔色も良くない。


「……医師として用がある。ちょっと来なさい」

「え?」


 俺は有無を言わさず飛那姫の手を引っ張って、魔道具屋の中に引き返した。


「あら、弦洛。忘れ物かい?」


 杏里が顔をあげて、飛那姫に気付くとほっとした顔を見せた。


「飛那姫……一昨日から見えなかったから、心配してたんだよ」

「杏里、ちょっとベンチを借りるぞ」

「? ああ、かまわないけど」


 俺は飛那姫を引っ張ってベンチに座らせると、左腕の袖をめくった。


「つっ……」

「……やはり怪我か」


 なんとなく、腕や足をかばい気味に立っていたので、おかしいと思ったのだ。


「た、大したことないよ」

「黙りなさい。大したことがないかどうかは俺が判断すればいいことだ」

「あ……はい」


 治療用の魔道具はいつでも持ち歩いている。

 深い傷ではなかったので、治癒の光を当てると表面はすぐに塞がった。

 左腕、左肩、右ふくらはぎ。

 右足首は軽い捻挫か。

 合計4箇所。

 

「……一体、どういう生活をしているんだ?」


 治療の後、飛那姫は俺から視線をそらして、ばつが悪そうに縮こまっていた。

 背後の杏里が怒っているのが俺にも分かった。

 少しくらい怒られるといい。

 しかし杏里は困った様に深いため息を吐いただけで、飛那姫を叱ることはしなかった。


「飛那姫、風呂に入っておいで。ご飯作っておくから」

「……うん」

「着替えは、これを着な」


 杏里が押しつけた紙袋を持って、飛那姫はおとなしく風呂場に向かっていった。


「弦洛、ありがとうね……」

「いや、俺も飛那姫のことは気に掛かっていたからな」

「今日はもう午前中の往診が終わったんだろう? 昼飯、食べて行きなよ」

「……そうさせてもらうか」


 しばらくして、飛那姫が風呂から出てきた。

 濡れた髪の毛のままで居心地が悪そうに、引き戸の向こうから顔を出す。

 

「あの、杏里さん……」

「ああ飛那姫、上がったかい」


 ガラリと戸を開けて、杏里が隠れている飛那姫を廊下から引っ張り出した。

 首元の温かそうな白いセーターに、濃い青のスカート、白いタイツを履いた飛那姫が立っていた。

 いつも男の格好をしているところしか見ていなかったので、随分とイメージが違って見えた。


「ここに座りな、飛那姫」


 杏里が示したイスに腰掛けると、そわそわしながら飛那姫が杏里を見上げた。


「杏里さん、この服。女の子の服だけど……」

「ああ、そうだよ。あたしからあんたへ、誕生日プレゼント」

「えっ?」

「何を驚くのさ、馬鹿だね……まぁ、2日早いけどさ」


 タオルで拭き上げて、櫛で丁寧に梳かすと、杏里は飛那姫の髪の上半分だけを器用に編み込んだ。

 仕上げに、小さい花のついたピンを刺して、整える。


「はい、できあがり」

「……これは、見違えたな」


 いつもすすけた感じの男物の服を着ていたからよく分からなかったが、こうして少し着飾ってみると飛那姫は驚くほど見目の良い子供だった。


「当たり前だろう? 飛那姫ほど可愛い子はいないよ」


 杏里が胸を張って言う。

 落ちつかなさそうに、飛那姫が俺を見ていた。


「ああ、確かに、男物を着せておくのはもったいない器量だ」

「げ、弦洛先生まで……」


 もしかして、助け船を求めていたか?

 悪いが俺は手出ししない。杏里が気の済むだけ、着飾らせてもらえばいい。


「飛那姫、ご飯食べようか」


 杏里が湯気の立つ料理を台所から運んでくると、飛那姫はうれしそうに目を輝かせた。

 こうやって好きなものを食べているところは、普通の子供と変わりないように見えるのに。

 

「……おいしい」


 ぽそっと呟いて食べ続ける飛那姫を、杏里は微笑みながら見守っていた。

 俺はふと、カウンターに置いたままの茶色い封筒に目を移した。

 こんなにお互い大切に思っているのに、何故飛那姫は杏里と一緒に暮らそうとしないのか。

 風漸が、兵士に殺されたことが関係しているのだろうが……

 杏里の様子から、俺はなんとなくその原因を聞きそびれて、今にいたる。


「ごちそうさま」


 綺麗に食べ終わると、飛那姫は食器を片付け始めた。

 のどかな、昼の光景に思えた。

 風漸はきっと、こういう小さな幸せを守っていきたかったんだろう。

 この家の中を見ていて、なんとなくそう思えた。


 そろそろ、診療所に戻らなくてはいけない時間だ。

 患者の来る時間に医師がいなくては話にならない。


「すっかりごちそうになったな、杏里。うまかった」

「ああ、弦洛、昼飯くらいまたいつでも食べに来なよ」


 俺は礼を言って席を立つと、店のドアに手をかけた。

 カランカランとドアが開いて、外に出ようとしたところで、足を止めた。

 見慣れない姿の男がそこに立っていたからだ。

 いや、つい最近、どこかで見たことのある格好だった。

 この鎧姿は……


 背後でガタン、とイスの倒れる音がした。

 振り返ったら、飛那姫が立ち上がって険しい顔でこちらを見ていた。


「弦洛先生……!」


 すごい勢いで後ろから腕を引かれて、俺は床に倒れた。

 俺が立っていたところから鈍い音が聞こえて、鎧姿の男は糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちていった。

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