表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
41/251

対決

「師匠、もういいおっさんなんだから」


 これは最近の飛那姫の口癖だ。

 なんでか今、思い出した。

 あいつはここ最近こと更に口が悪くなったと思う。

 まあ、ほとんど俺のせいだってことは分かっちゃいるんだが。


 確かに俺はおっさんだ。頭も良くない。

 だが、こと剣に関してはあんまり舐めてもらっちゃ困る。

 一応俺は、お前の師匠で……今は、父親代わりでもあるんだから。



 足下に転がった鎧姿の兵士達を見下ろして、俺は1つ息をついた。

 準備運動にもならないんじゃないか? さすがに弱すぎる。


 前方で魔法士の男が、楽しそうに手を叩きながら俺のことを見ていた。


「お見事ですね、さすが姫様に剣を教えられるだけのことはあります」

「お前、俺を少し舐めすぎじゃないか? こんなのが何人来ても、俺を殺すことなんか出来ねえぞ」

「ええ、もちろんです」

「?」

「戦闘の跡に綺羅の兵士の死体が必要だっただけなのですが、気に障ったのでしたら謝ります」

「……何?」

「ああ、しっかりとどめを刺してくださらないと困りますね。ほら、まだ生きてるじゃないですか」


 肉を突き刺す嫌な音がして、倒れていた兵士の一人がのけぞった。

 背中に立てられた剣先が引き抜かれると、兵士は血を吹きながら絶命した。


「お前っ……何を?!」

「嫌ですね、そんな顔をしないでください。駒ですよ、ただの」


 俺は男の取った行動と、その手に握られている剣の存在に驚愕した。

 目の前の魔法士と思っていた男が、黒く光る細身の長剣を横に構えて、立っていた。


「ああ、私のはあなたのような魔法剣ではないんです。ちょっと特殊であることは認めますが」


 異様な威圧感を放つ黒い剣が、静かに魔力の煙をあげていた。

 これが、魔法剣でないだと……? じゃあどこから出てきた?

 この男自身、人の身でこれほどまでに禍々しい気を放てるなんて、絶対に普通じゃない。


「ご安心ください、最初からあなたを殺すのは私の仕事ですから」

「てめえ、何者なんだ……?!」

「その質問は、3回目ですね」


 仕方なさそうに小さく息をついた男の姿が、その場からかき消えた。

 背筋が粟立つような感覚に、俺は反射的に地面を蹴って横に飛んだ。

 黒い剣先が、俺の左頬と、髪の一部を切り裂いていった。


「おや、避けましたね? 素晴らしい……」

「くっ……」


 速い。

 最近は俺より速くなったと思っていた、飛那姫よりも。

 いや、速いなんて言葉じゃ推し量れないレベルだ。


(なんだこいつは……!)


 真正面、下段から来た黒い斬撃を受けて、俺は後ろに吹っ飛ばされた。

 完全に受けたはずなのに、勢いを殺すことが出来なかった。

 両の足が地面を掴み損ねて、背中から落ちそうになるところを、腕を伸ばして転回する。


 屈んだ姿勢で剣を構えた俺を追うこともせず、不気味な男は黒い剣を無防備に下げたまま、あごに手をやって考えた風を作った。


「傭兵にしては良い動きですね。ただし、人の様子を見すぎです。攻撃が遅れるし、私より獲物が短い左利きのあなたは3手先くらいを読んで早く動かないと、後手に回ってばかりになりますよ」

「なんだと?」

「ああ、失礼。癖なんです、長いこと指南役をしていたものですから……」


 見た目こそ優男かと思ったが、中身はまるで化け物だ。

 魔力こそ異質だったが、俺は目の前の男が飛那姫と似ている気がした。

 馬鹿な、とすぐにその考えを改めようと思ったが、見れば見るほど似ている気がしてならなかった。


 魔力に頼った身体の強化。

 突出した運動能力に、鬼才の剣術。

 底知れぬ圧迫感を漂わせる、絶対的な存在感。


「お前……」


 俺は、今まで考えてもいなかったことに思い当たった。

 こいつは、何故飛那姫のことを「姫様」と呼ぶ?


「お前、まさか……紗里真の人間か……?」

「これは、おしゃべりが過ぎたようですね」


 男が動いた。

 長身で細身。普段飛那姫と相対するのに慣れている俺でも、どこからそんな力が出てくるのかと思わずにはいられない、重い斬撃が降ってくる。

 左から、右から、全てを防ぎ切れない黒い猛攻が続いた。

 避けても受けても、どこかしらから血が飛んだ。


 自分が押されているのは分かっていた。

 どんなヤツに対峙しても、長年そんな記憶はなかった。


(化け物め……!)


 斬られた箇所からは、魔力が抜けていくような感覚があった。

 火傷したみたいに熱を持っているのも、単に斬られたからじゃない。


 吹っ飛ばされた衝撃で今度こそ背中から地面に転がると、俺は一瞬でも早く立ち上がろうと体をひねった。

 起き上がりかけたところで、目の前に黒い刃身が飛び込んでくる。

 とっさに受けたものの、力で負けて右肩に自分の剣ごと黒い剣がめり込んだ。

 焼け付くような痛みと、魔力を吸い取られるような感覚に耐えて、間近で剣と、男を睨む。


「……魔剣、か……!」


 魔法剣ではなく、魔剣。

 間違いない、それがこの男の武器だ。

 魔法剣のように持ち主の魂と融合するんじゃない。

 魂が、剣に寄生されるだけの呪われた武器だ。


 人の血と魔力を奪い取るためだけに存在する、古の呪いを宿した剣。


「はじめて、お目にかかったぜ……!」

「はじめてで、最後ですよ」


 至近距離にある男の顔が、微笑んだ。

 穏やかで、冷えた笑いだった。


「!」


 一瞬、受けていた圧力が解放された気がして、次に来た衝撃は身体の中心を貫いた。


「これであなたのお役目はおしまいです。どうぞ、安らかにお休みください……」


 教会の神父か何かのような口ぶりでそう言う、男の顔が遠ざかった。

 喉の奥からこみ上げてくる生温かい鉄の味に、自分が血を吐いたことを知る。


「……かはっ」


 見上げた男の持つ剣が、黒い煙をあげていた。

 刃に浴びた俺の血を吸収して、剣が、まるで血を飲んでいるかのように見えた。


(ああ、俺……倒れたのか)


 身体が、急速に冷えていく気がした。

 魔力で腹から流れ出る血を止めようとしたが、どうにもうまくいかない。


「おま、え……飛那、の……?」


 参った。

 こみ上げてくる血に邪魔されて、話すことすらままならない。

 左手を見たら、まだ俺の魔法剣は握られたままだった。

 もう立てないかもしれないが、せめて一矢報いたい。

 俺の予想が、勘が当たっていれば、こいつは……!


「何に気付かれたか分かりませんが、もう手遅れですよ」


 そう言って、男は俺に背を向けた。

 家の方を見て、優雅な仕草で手を上げる。


地獄の業火(ゲヘナフレイム)


 召喚魔法を使うところまで、飛那姫と似ていた。

 真っ赤な鎌首を持ち上げた蛇のような、赤い炎が家の壁に広がる。

 見る間に燃え広がっていく炎を満足げに眺めて、男は俺の側を通り過ぎようとした。


「待て……」


 俺は手を伸ばしてその足を掴んだ。

 足を止めた男が、無表情に俺を見下ろした。


 ゴボッとまとまった血が口から流れて、呼吸が少しだけ楽になる。


「お前に、飛那姫は……殺させねえ」


 かすれてはいたが、何とか声が出た。


「私が姫様を殺す? 何を馬鹿なことを……姫様は私の宝で、全てですよ?」

「……な……んだと?」

「私はただ、神楽を手に入れた代わりに……何もかもを失ってしまった可愛そうな姫様が、この手の中へ戻ってくることを願っているだけです。姫様を理解できるのは、私しかいないのだということを、知ってもらいたいだけ」


 男の口から出た言葉の意味が理解できず、俺は声を失った。


「私が姫様を害して、拘束することはあるかもしれませんが……あの魂の輝きを失うなど、あってはならないことですよ」

「……お前、やっぱり……」


 俺は確信した。

 こいつの正体を。

 同時に、なんとも言えない笑いがこみ上げてくる。


「は……はは、ははは……」


 乾いた笑いだった。

 男は少しの間黙って、笑う俺を見ていた。


「痛みで、気でも触れましたか?」

「ばーか……俺はな、ずっと、お前に……物申したかったんだよ……」


 俺は男の足を掴んでいる右手に、力をこめた。

 左手に顕現したままの魔法剣を、逆手に構える。


「なんで、飛那姫に、あんな約束させたってな……!」


 俺は男の右足の甲に、靴の上から剣を突き立てた。

 男は表情ひとつ変えず、それを見ていた。


「……それで、満足ですか?」


 みぞおちに、鋭い衝撃が走る。

 俺は蹴られた勢いで、身体ごと後ろに転がった。


「ぐはっ……」

「もう行きます。姫様がこちらに向かってきているようなので」


 男はそう言って、足に刺さったままの俺の剣を引き抜こうとした。


「……?」


 掴んだ細身の剣は、男の足から抜けない。

 剣が高周波に似た耳障りな音を出すのを、男は眉をひそめて見ていた。

 はじめてそういう顔しやがったな。

 ざまあみろ。


「……抜けねえよ。俺が、そう、呪ったからな……」

「……何をしたんですか?」

「お前に、やるよ……その剣」


 ああ、ヤバい。

 もうこの体勢から、寝返りも打てそうにない。

 でも、一矢は報いてやったぞ。


「?」


 俺の赤い剣が溶けてなくなっていく。

 これが最期の仕事だな、と思った。

 来たるべき時に、飛那姫を守るためだけに、発動するように魔法をかけた。

 時限爆弾みたいに、こいつの身体に潜んでいるといい。


「……」


 無言で俺を一瞥すると、男は背を向けて町とは違う方向に去って行った。


「あー……くそ……情けねえ姿だ……」


 視界は霞んで、指の先はもう感覚がなかった。

 俺はそれだけ呟いて、瞼を閉じた。


注釈入れておきます。読まなくてもストーリー解釈に問題ありません。


※魔法剣……持ち主の魂と融合すると、自由に顕現出来るようになる便利で強い魔道具。精製が極めて難しく、現在の魔法錬成学では使用可能な剣を造り出すのは困難とされている。現存する魔法剣のほとんどは昔の魔法士や魔術士達の血と汗と涙の結晶。


※魔剣……魔法剣の出来損ない。魔法剣を造るはずだったのに、制作者の頭が壊れていた為に持ち主とコミュニケーションの取れない呪われた剣が完成。魂に寄生されると持ち主の精神は異常をきたして破壊活動を行うようになる。斬られると魔力を吸い取られる。数は少ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ