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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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来訪

「杏里さんとこに行ってくる」


 昼食の後、今朝方割った薪を束ねながら飛那姫が言った。

 日中の冷え込みもまだまだ厳しい、暖が必要な季節だ。

 杏里はこのところ調子が悪そうだったから、薪割りみたいな力仕事をしないですむのならありがたいかもな。

 出かける支度をする飛那姫を見ながら、俺は思う。


「午後は稽古休みにしておくから、ゆっくりしてこい」


 親切心で言ってやったのに、飛那姫は不満そうに口をとがらせた。


「なんで? 稽古は稽古でしたいんだけど?」

「お前な、たまには稽古のない日があったっていいじゃねえか。午前中も十分動いただろ?」

「だって……剣を振ってないと、なんか落ち着かなくてさ。おかしいかな?」


 どこか不安そうな顔で飛那姫が尋ねる。

 確かに普通の子供と比べれば、変わっていると言わざるを得ないだろう。

 だがいつでも剣に触れていたいと感じることは、俺からすれば異常じゃない。


「おかしくはない。お前が生まれながらの剣士ってだけだ。剣士としての、本能だよ」

「剣士としての本能……って何?」

「強い異形と戦いたいとか、そんな風に思うことないか?」

「……思う」

「それだよ」


 飛那姫は首をひねっていたが、こいつが強くなりたいと思うのは、もともとそういう本能的なものが元になっている。

 強い敵を望んでいるのも、常に戦いの中にいようとするのも。


(そのまま、それだけを思って成長してくれればいいんだが……)


 ねじ曲げられちまった強くなりたい理由を、こいつが忘れることはないだろう。


 飛那姫は10歳という歳を目前にして、仇討ちについて考えることが多くなったようだった。

 このところ、俺はそれが気に掛かっていた。

 だが飛那姫自身も、このままこの東岩で平凡に暮らして行ければと望んでいるようにも見えた。

 だから、今のところは何も言わず放っておくことにしている。


「行ってきます」

「おお」


 飛那姫は上着を着て寒空の中に出ていった。

 もう2月か。早いもんだ。


 あの頃、余命1年足らずと言われた俺はまだしぶとく生きている。

 弦洛の作った新しい薬はよく効いていて、少しの運動で胸が痛くなるようなこともなくなった。

 5日に1度あった発作が、このところ1週間は出ていない。


 治ったとは思わないが、病に勝てている実感がすると、色んなことを考えちまう。

 ほんの少しでも、飛那姫と杏里の側で暮らしていく未来に可能性を見てしまうのは、我ながら欲深くなったことだと思う。


 なんだか今日は変に感傷的になるな、と俺は自嘲した。

 おかしなこともあるもんだと、飛那姫の煎れてくれたお茶に手を伸ばす。


 その気配は、急にやって来た。


「……?」


 窓の外の空気が変わった気がした。

 いや、実際に変わった。


 俺は口をつけずにコップをテーブルに置いた。

 玄関を出て空を仰いだら、雪を運ぶような重い灰色の雲が流れていった。

 そして雲の流れていった向こうに、最近見かけなかった鎧姿の兵士達が見えた。


 ……綺羅の追っ手か。


 わざわざここを目指してくるんだから、飛那姫の居所がバレたと思って間違いないだろう。

 もっと大勢が押しかけて来ても良さそうなもんだが、兵士の数は少なかった。

 先頭に背の高い魔法士らしき男の姿も見える。

 魔法が相手だと少し分が悪いが、ひとまず飛那姫がいなくて良かったと思った。


 ほんの少し前に感傷的になっていた自分が、ひどく滑稽に思える。


「しょせん、儚い夢か……」


 家の前の道に出ると、俺は兵士の一団が目の前まで歩いてくるのを待った。

 見た限り、歩兵が8人。魔法士が1人。

 少なすぎる。なんのために来たんだ……今まで何度も返り討ちにされていて、見くびられているわけでもないだろうに。


「……随分と少数精鋭でお越しじゃないか? 言っておくが、ここに飛那姫はいないぞ」


 俺がそう声を投げると、先頭にいた魔法士の男が少し先で立ち止まった。

 顔を上げて目があった瞬間、背筋がぞくりと震えた。

 切れ長の細い目が、底知れぬ冷たさをたたえていたからだ。


「……はじめまして、渡会風漸さん?」


 薄い笑いを浮かべた男が、口を開く。

 艶のある長い黒髪を一つにまとめた真紅の飾り紐が揺れる。繊細そうな声と相まって、魔法士の優男ぶりを際立たせているように見えた。


「……誰だ、お前……」


 男からは気味の悪い魔力を感じた。

 足下から忍び寄るような、静かで、油断のならない濃い魔力。


「名乗るほどの者ではありません。ああ……あなたには大変感謝しているんですよ。姫様を、長い間庇護してくださって、鍛えてくださって本当にありがとうございました」


 涼しい顔でそう言うと、男は深々と頭を下げた。

 丁寧にお辞儀なんぞされたところで不愉快だ。馬鹿にされている気分にしかならない。

 言っている内容も、嫌味にしか聞こえなかった。


「飛那姫は、ここにはいない」


 もう一度そう言うと、男は頭をあげて小さく笑った。


「存じております。姫様がいらっしゃらない時でないと都合が悪かったものですから、今この時を選んで参りました」

「……ほう」


 それは、俺に用があると言うことか?


「直接あなたに、お会いしなくてはいけないと、そう思いまして」


 そう言って、男は後ろに下がっていった。

 代わりに、剣を抜いた兵士達が前に出てくる。


「もう、お役目はおしまいにしませんか? 渡会風漸さん」

「……なんだと?」

「あなたがいると、いつまで経っても姫様が帰って来てくださらないのですよ」


 冷えた笑顔で伝えられた言葉の中身は、にわかには理解しがたいものだった。

 俺の中の何かが、警鐘を鳴らしていた。


 この男は、ヤバい。


「……お前、何者だ?」

「ですから、名乗るような者ではありません……それに」


 男が手を挙げたのと同時に、兵士達が一斉に動いた。

 俺は左手に意識を集中した。

 キン! という硬質な音とともに、赤く光る剣を手の中に呼び出す。


「死んでいくあなたが知っても、仕方のないことです」


 男の唇が、楽しそうにそう呟いた。


飛那姫は杏里のところにお出かけです。

きっと今頃、カウンターに座ってホットミルクが出てくるのを待っていることでしょう。


次回は師匠VS綺羅の魔法士(?)です。

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