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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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兄様と私

 目を覚ましたら、見慣れたベッドの天蓋がぼんやり見えた。

 なんだか耳にフィルターがかかったみたいに、ボワンとしている。

 ん……? 今何時だったっけ?


 少し頭を起こして部屋の中を見回したら、令蘭が水桶の中にタオルを取り落としたのが見えた。


「飛那姫様! ああ……良かった……!」


 言うなり令蘭はベッドまですっ飛んで来ると、私を抱えて起きるのを手伝ってくれた。

 うっすら涙を浮かべながら、私の背中をなでさする。

 一体どうしたの?


「ご気分はいかがですか? なかなかお目覚めにならないので、とても心配いたしました」

「……私、どうして寝てたんだっけ?」


 どうも思い出せない。

 こういう時は、自分の行動を一から辿ってみるのがいいだろう。

 今日は朝ご飯を食べたあと、勉強して、昼ご飯を食べて、騎士団の稽古に……


「あ」


 思い出した。

 たぶん私、なんかやっちゃった。


「覚えておいでですか? 残っていた火薬に、火虫の炎が引火したそうですよ」


 高絽先生がいてくださらなかったら、どうなっていたことか……と、令蘭は涙ぐむ。

 爆発の瞬間、どうやってか先生が私を助け出してくれたらしい。

 いや、ご心配おかけしました。本当に。


「かやくって怖いのね……」

「西の国から工事用や採掘用に輸入することが決まったのですが、爆発物ですから火気は厳禁なのです。もう、絶対に近づいてはなりませんよ」

「……はぁい」


 令蘭からは、それ以上大したお小言もなかった。彼女が純粋に私の体を心配しているだけなのが分かって、さすがに申し訳ない気分になる。


「令蘭……先生は?」


 普段は優しい先生だが、今回ばかりは一番怒られそうだ。

 お小言を言う時の目を細めた先生の顔を思い浮かべながら、私はおそるおそる尋ねた。

 これはもう、怒られる前に謝っておくしかないだろう。


「高絽先生は、先ほど国王様のご命令で城を発たれましたよ」

「え? どこに?」

「なんでも南の地域で宗教団体が暴動を起こしているそうで、救援要請があったそうです」

「……そう」


 ということは、何日かは帰ってこないということだ。

 ラッキー。


 そう思ったのもつかの間。

 私が目覚めた知らせを聞いた母様と騎士団長が、お見舞いと称して部屋に押しかけ、それぞれが延々とお小言を並べていったのだ。


 いや、そりゃ元は私が悪いんだけど!

 反省してるから、あんまりうるさく言わないで欲しい……


 げんなりしていたら、また部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 令蘭がロイヤルガードと声を掛け合い、扉が開かれる。今度は兄様が入ってきた。


「飛那姫、怪我がなくて本当に良かったけれど……令蘭に心配ばかりかけて駄目じゃないか。いつもこんな問題ばかり起こしていると、僕の寿命まで縮むよ。少しは王女らしく、おしとやかに過ごしていられないのかい?」


 開口一番がその台詞。

 もうお説教はいいよ……


「もう! 兄様のばかばか! 私だって分かってます! みんなに心配かけて悪いことしたって、ちゃんと反省してますから、次から次へとお説教は勘弁してください!!」


 ぼふっと布団を叩いて抗議すると、兄様は「反省してるならいいよ」と、あっさり頷いて返した。

 お説教をやめてくれたのはありがたいけど、ちょっと拍子抜けだ。

 兄様はベッド脇の椅子に腰掛けると、手をのばして私の頭をなでながらため息をついた。


「ぼくは明日から1週間くらい、東の平原にある町に行ってくるからね。くれぐれも留守の間に怪我をしたりしないでおくれよ」

「兄様が? お仕事ですの?」


 きょとんとして聞き返す。

 兄様が外出とは珍しい。私が無理矢理に遠乗りや散歩に駆り出さない限り、研究資料を採集しに行く程度しか城の外に出ない、研究馬鹿の兄様が。


「うん、どうもここ最近、妙な宗教団体が騒ぎを起こしているらしくてね。その調査に詳しい人に会いに行くんだ」

「宗教団体? 先生が救援要請を受けたっていう暴動の?」


 そんな用事で兄様が出かけるというのも、不思議だった。

 きな臭いことも血なまぐさいことも似合わない人だから、余計かもしれない。


「ああ、聞いていたかい。それと同じ団体だよ。真国(まこく)のあちこちに現れているらしくて……でも情報が少なすぎて、実態が分からないんだ」

「不気味ですわね。なんていう宗教ですか?」

「光の使徒団、と名乗っているらしい」

「光の使徒団……」


 なんともうさんくさい名前だ、と私は思った。

 この小さな真国に広がって暴動を起こしているのなら、東の大国、紗里真の名にかけて取り締まらない訳にはいかないのだろう。


「そうだ、飛那姫にこれをあげるよ。ぼくの留守中に怪我をしないように、願をかけておこう」


 兄様はそう言って、私の手のひらに、紐の付いた小さな鈴のようなものを置いた。赤くて丸いだけのシンプルな玉飾りだが、ロケットのように開けられそうな蓋がついている。


「なんですの? これ」


 私が蓋の部分を無理に開けようと頑張っていると、兄様は笑ってそれを止めた。


「いま城下町で流行っているお守りだそうだよ。その部分は願いが叶うときに開く蓋で、無理に開けちゃいけないらしい。魔道具ではないけれど、持っていると幸せになるからって、先日侍従の解里(かいり)からもらったんだ」


 人からもらったものをくれていいのだろうか。

 私がそう聞くと、兄様は「大丈夫だよ」と頷いて返した。


「流行に乗って大量に買ったらしくて、みんなに配っていたものだから。まだぼくの部屋にも2、3個転がっていた気がするよ」

「そうなんですの。ありがとうございます、兄様」


 こういうミーハーなものは、兄様はあまり好きではないだろう。

 体よく押しつけられた気がしないでもないけれど、デザインは可愛いのでひとまずもらっておくことにする。


 蒼嵐兄様は、今年15歳になる。

 18歳で成人するこの国で、本格的な職務はまだ始まっていないものの、学問に秀でている人なので、(まつりごと)には現時点でも重宝されていた。

 どこまで勉強したらこんなに色んなことが分かるようになるのだろうと思うくらい、兄様は頭がいい。

 私と違って生まれ持った魔力は多くないけれど、知識で全てをカバー出来るんじゃないだろうかと思うくらい、すごい人なのだ。


 父様が引退して兄様が王になる時は、武芸の王が、学問の王に代わる時だろう。

 私は学問の方は遠慮したいので、武芸の方で兄様をサポート出来れば良いな、と思っている。


「私にお守りをくださるのはうれしいですけれど、兄様こそ気を付けていってらしてくださいね。その宗教団体がどんなものでも、暴動を起こしたりするような集団なんて危ない人達に決まっていますから」


 少し心配になった私が手を取ってそう言うと、兄様はもう一度私の頭をなでて穏やかに笑った。


「うん、分かっているよ飛那姫」


 頭に乗せられた手のひらはいつも優しくて、私の心まで温かくしてくれる。


 それが兄様の笑顔を見た、最後になるなんて。

 この時の私は夢にも思っていなかった。


基本、兄というものは妹に甘いものですが、蒼嵐はまた病的に甘い部類です。

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