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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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傭兵見習い修行中

 町外れの道を更に外れて、風の吹く坂道を上ったところが師匠の家だ。

 周りに家はないし、訪ねてくる人も滅多にいないここは、いつも静かだった。

 今日は曇り空だから、雨が降ることを考えて洗濯物を家の中に干した。

 少し邪魔に感じるのは、この家が狭いからだろう。


 玄関の戸がガチャリ、と外側に向かって開いた。

 私はポットにお茶の葉を煎れようとしていた手を止めて、帰ってきた師匠を振り返る。


「師匠、おかえり。仕事あった?」


 そう尋ねると師匠は「ああ」と答えた。


「ちょうどいい仕事があった。洗濯終わったなら早速行くぞ」

「え? 今から出るの?」

「そんなに遠くないからな」


 詳細も何も言わずに、師匠はすぐにまた玄関を出ていく。

 お茶の入れ物を棚に戻して、私も後を追った。


 町外れの沿道まで歩くと、師匠は森の方に向かって足を進めた。

 今回の仕事は、森の中にうろついているまとまった数の異形を退治するというものらしい。

 沿道にはしばらくの間人が通っていないせいで草が覆い茂り始めていた。

 子供の私としては、草丈があるとより歩きにくい。


「これじゃ町の人が通れないね」

「そうだな、ついでに刈っていってやるか」


 私がそう言うと、師匠は自分の魔法剣を手に、草を刈り始めた。

 ええ? 魔法剣って、草刈りに使うものだったろうか……


「飛那姫、お前もやれ」


 自分も愛剣を出して握ったものの、なんとなく気が進まない。


「私の神楽は草刈り機じゃないんだけど……」


 一応、国宝級の魔法剣なのだ。そう思ってぼやく。

 師匠は手を休めずに「馬鹿」と言った。


「傭兵の仕事はな、大半が小さい仕事なんだぞ」

「でも、今回のは草刈りじゃなくて異形退治だって言ったじゃん」

「町の人間が困ってるんなら、ついでに草刈りくらいしてやったってバチは当たらねえよ」

「そういうもんかな……」

「そういうもんだ。傭兵の仕事の仕方っつーか、マナーだな。覚えておけ」


 最近師匠は傭兵の仕事について、いちいち私に教えるようになった。

 ギルドの仕組みとか、規則とか、報酬の受け取り方とか。細かい決まりが結構あって、意外と面倒くさいものなんだな、というのが今のところの感想だ。


 でもそのうち、私もそうやって仕事をしていくことになるかもしれないから、覚えておいて損はないと思っている。

 そもそも、自分が剣を振るう以外の仕事につくなんて、全く想像出来ない。


「……こんなもんでいいか」


 師匠は茂っていた場所をあらかた刈り込んで、また森の中に進んでいった。

 日の当たらない場所は雑草もほとんど生えていないので進むのは楽だ。

 少し歩いて行くと、低級異形らしき影がちらほらと周りをうろつくようになってきたのが分かった。


「ラフビッツだな。前に教えたがこいつは動きが早い。群れで移動してることが多いから、まとまって攻撃されると厄介だ」

「とにかく動いて、囲まれないようにしろ、だっけ?」

「そうだ」

「木に登ったらどうなの?」

「こいつらは木登りも得意だ」


 森の中で野営していると異形に出会うことも多かったので、対応方法については元々師匠からレクチャーを受けている。


 小犬ぐらいの大きさの灰色っぽいネズミ……じゃなかった、異形が、音もなく道の真ん中に現れた。


「飛那姫、こいつらは弱いが油断するな。あと、一度に多くの敵を相手にするには格好の練習台だぞ」


 師匠がそう言って私に背を向けた。

 私も一歩下がって背中合わせになると、神楽を左に構えた。

 気付けば周囲から灰色の塊がいくつも間合いを詰めてきていた。


 ラフビッツがボールのように弾けた。

 噛みつかれる寸前まで引きつけて、腰を落とした姿勢から横に薙ぎ払う。

 続けて飛んできた2匹は体をねじって交わした。

 返す剣で斬り払うと、手応えとともに灰色の煙があがる。


 動きは速かったがそれほど数も集まっておらず、何度か剣を振るえばすぐに全部片付いた。

 師匠は剣を消さないまま、私を振り返る。


「飛那姫。異形は……滅するときに灰色から黒っぽい煙というか、霧みたいな塵になるだろう?」

「うん」

「俺の経験則で言うと、弱いヤツほど灰色の煙になる。強いヤツほど、黒く、カスが残りそうな塵になる」

「あ、確かに……」


 そうかもしれない、と私は思った。

 ちなみに、今のラフビッツはみんな灰色の煙っぽかった。


「まぁ、死んでから敵の強さが分かっても仕方ないかもしれないが」


 そう言って、師匠はまた歩き出した。

 今度は少し道から外れて、森の茂みの方へ向かう。


「結構な数がいるらしいから、油断するな」

「見つけ次第、倒していい?」

「ああ」


 傭兵の仕事は、私の修行を兼ねている。

 敵が出れば、まず私だけで倒すことになっているのだ。

 師匠は少し開けた場所にある大きな岩に腰掛けると、茂みの先を指さした。


「来るぞ」


 突如茂みから飛び出てきた黒い塊は、私よりはるかに大きかった。

 一直線に突っ込んできた異形を避け損ねて、私は神楽を前に構えて受ける。

 突進の衝撃とともに、後ろに吹き飛ばされそうになるのを、体全体に魔力をこめて対抗した。


「んっ、んぎぎっ……!」


 突っ張った足が地面を引きずったが、歯を食いしばって何とか堪える。

 赤く光った目が荒々しく、神楽の刃に立てられた歯がなおも私を押してきた。

 これは……イノシシっぽいね。


「飛那姫、後ろだ」


 師匠の声がして、背後から振り下ろされる気配に私はのけぞった。

 すぐ目の前を、カマキリの鎌みたいなものが通過して、地面に突き刺さる。

 剣をひねって魔力をこめると、イノシシもどきを力任せに押し返した。


 横に飛んで、出てきた敵を確認する。

 見た目からイノシシ、オオカミゾンビ、でっかいカマキリ、と名付けた。

 3体か。


 考える間もなく飛びかかってきたオオカミゾンビを、こちらから間合いを詰めて刺し貫く。

 胴体部分を串刺しにする形で致命傷になったか、灰色の霧になって消えた。

 茂みから追加で2体、異形が現れる。

 私は両の足に魔力をこめて脚力を数段階上げる。

 地面を蹴って、ジグザグに走りながら1体づつ斬り裂いた。


 多対一の基本はとにかく動け。止まるな。

 それが師匠の教えだ。


 最後の一体、でっかいカマキリの鎌を死角から斬り取る。

 カマキリが振り向く前に、その胴体も一閃して2つに切り離した。

 黒い煙が、霧散して消えていく。


「……最初の反応が少し遅かったな。あれは受けるんじゃなくて、間合いに入った瞬間に斬り払え。その後に続いた攻撃はよく交わしたが、最初の対応を間違えてなければ危ないこともなかったはずだ」


 ずっと見ていた師匠が、そう感想を述べる。

 私は少し乱れた息を整えて、口をとがらせた。


「もっと褒めてくれてもいいのに……」

「なんか言ったか?」

「いーえっ、何も言っておりません」

「ほら、次のお客さんが来るぞ」


 師匠はそう言って、また森の奥を指さした。

 異形の気配が近づいてくる。

 実戦に勝る稽古はないので願ったりだったけど……


 私は薄暗い森の中に沸いて出てくる異形を、後18体も退治する羽目になった。

 後半はさすがに疲れて数カ所怪我もして、疲れて果てて家に帰ることになったのは言うまでもない……

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