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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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昔なじみの請負人

 オレが情報屋としてこの町で働くようになってから、もうどれくらいの年月が経っただろう。

 世の中では毎日色んなことが起こるが、日々変わる社会情勢やらトラブルやらに対応していく仕事ってのは、なかなか骨が折れるもんだと今でも思う。


 オレは最近寂しくなった頭頂部の髪の毛を撫でながら、ギルドの窓口に座っていた。ここがギルドでのオレの持ち場。

 今日は仕事を探しに来る客もまばらで、不景気な感じだ。


 紗里真王国がなくなって、各地に目を光らせる騎士団や道路を整備する人間がいなくなったからか、近頃は異形がらみの仕事が増えた。

 新しくとって変わった綺羅の王様は全く使えない。

 魔道具を作ることだけに専念して、その他の政治がおろそかになりすぎているともっぱらの噂だ。

 まあ、あんな手を使って国を奪うような人間だ。ろくなもんじゃないどころか、悪魔だって噂もある。


 最近この東岩もビックニュースってほどの大きなこともなく、ただ毎日どこかで誰かが異形に襲われた報せが入ったり、傭兵がそれを退治しに出て行ったり、そんなことの繰り返しだ。


 ああ、でも変わったことがひとつあったか。


「風漸、また来たのか」


 オレは扉を開けて入ってきた大柄な男を見つけて、いつも昔なじみの客にするように手をふった。


 渡会風漸(わたらいふうざん)

 昔は昼から酒臭く無精髭を生やしたままだったのが、どういう心境の変化か、先日帰ってきた時には妙にこざっぱりした感じになっていた。

 傭兵としてはこの町一番の腕前だったから、1年以上前に突然ここを出て行ってしまった時は残念に思ったもんだったが。

 ふらりと帰ってきて、またこうしてギルドに仕事をもらいに来るようになったのは、つい1ケ月ほど前の話だ。


「無精髭やめたのがまだ見慣れねえな。なんでか身ぎれいにするようになっちまって……女でも出来たか?」


 オレがからかうように言うと、風漸は嫌そうな顔で窓口の前までやってきた。


「子供が、嫌がるから。もう大分前から伸ばしてないんだ」

「ああ、引き取ったっていう孤児か」

(はく)、そんなことはどうでもいいから仕事をくれ」


 多くを話そうとはしないが、風漸はこの1年の間に子供を引き取ったらしい。

 酒の匂いも減ったし、ちょっと信じがたいが傭兵業に加えて「お父さん」業もしているみたいだ。


「小さい仕事でもいい。なんかねえか?」


 そう言う風漸に任せられる仕事は、実のところたくさんある。

 討伐系や護衛系といったジャンルを選ばず、どんな難しい案件もこなしてくれる傭兵はオレにとっても貴重だ。


「小さくなくてもいいか? これはちょっと厄介で、人数がいるからまだ募集中なんだが」


 オレは手持ちのファイルの中から、面倒くさくて後回しにしていた案件を引きずり出した。


「なんだ?」

「まとまった異形がこの沿道の近くに溜まっちまってるんだと。今は迂回して、谷の方から降りていく道でしか町を出れないらしい」


 オレは地図を見せながら、そう説明した。

 1、2体ならともかくとして、ある程度の数がいると分かっている案件は、志願する傭兵が集まらないと討伐には向かえない。


「それなりに強い種類もいるらしくて、全然人が集まらなくてな」

「そうか、じゃあこれでいい」

「助かるよ。来週の頭くらいまでには人を集めるから……」

「いや」


 オレの言葉を遮って、風漸が地図を手に取った。


「俺一人でいい」


 報酬の額を確認して、風漸は傭兵が最初に払うことになっている請負手付金をテーブルに置いた。

 今、一人でいいと聞こえたが、聞き間違いか?


「風漸……いくらお前だって危ないぞ。結構な数がいるって話だ。やめとけ、人は集めるから」

「いや、大丈夫だ。俺が失敗したら報酬はいらない。この近辺の異形を退治してくればいいんだな?」

「あ、ああ……」

「確かに請け負った」


 オレは止めたが、風漸は問題ないと言わんがばかりにさっさと手続きを済ませてしまった。


 正直無茶じゃないかと思ったが、出来ると言うのだから仕方がない。

 実際に先日も結構強力な異形が出たときに、風漸は一人で行って倒してきてくれたから、意外と何とかなるのかもしれないと思った。


 それにしても以前までは、こんなに意欲的に働く傭兵ではなかったはずだが……

 何かしらの変化があったことは間違いないだろう。


「子供を育てるのに金がいるのかね……」


 風漸が出て行っちまった、重くてでかいギルドの紋章が入った扉を見ながら、オレは呟いた。


 理由は分からないが、あいつはやっぱり変わったと思う。

 特に目つきが。


「拍、なんだ。ニヤニヤして。気持ち悪いぞ」


 なじみ客が俺の顔を見てそう言うと、前を通り過ぎていった。



町にはいくつかのギルド(傭兵・職人などで組織された同業者の自治団体)があります。

傭兵ギルドには大抵、拍みたいな「情報屋」がいます。

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