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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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気だるい午後

 魔道具は魔力の元、核を使って作る便利道具だ。

 火を使わずともお湯を沸かすことが出来るし、人を追跡するのにも役に立つし、爆弾にだってなる。

 作る人間によって用途も価格もさまざま。

 平和利用から戦争まで、なんでもござれの魔道具屋。それがウチの店だ。


「先日頼んでおいたものは出来てるか?」


 扉を開けて入ってきた無愛想な男は、3年前に近所に出来た診療所の町医師だ。

 ちょっとした男前なのに、何しろ愛想がないし表情に乏しいし、話すことは小難しいときてる。


「出来てるよ。ついでに心音器もね」


 あたしはカウンターの奥から、医療道具用に特注した心臓の音を聞く魔道具と、薄いものなら透かして見ることが出来る、ペンライト風の魔道具が入った箱を取り出した。

 品物を確認するように、町医師の弦洛は心音器を手に取る。

 そして少し考えた後に、あたしに尋ねた。


「杏里……風漸から、連絡はあったか?」


 その馬鹿男の名前は久しぶりに聞いた気がする。


「ないよ」

「……そうか」

「もしかしたらもう、ってことかい?」


 あたしは弦洛が考えていそうなことを思い浮かべた。

 心臓の病を抱えて、小さな少女を連れて出て行った男が、既にどこかで行き倒れているのではないかという予想を。


「いや……俺が渡した薬も、もう底をついた頃だろうと思ってな」

「そうなのかい?」

「まだ、生きていればの話だ」


 やっぱり、と思うのと同時に、やりきれない思いが胸に広がる。

 元々腐れ縁だし、くだらない男だけど、あたしが子供の頃から一緒に育ってきたヤツだ。

 城勤めが決まって出て行った時も、傭兵として町を出ていった時も、あいつはこの町に帰ってきた。

 何があるわけじゃないけど、一緒にいてたまに酒を飲んだり、どうでもいいことを話したり、軽口を叩いたりするのは嫌いじゃなかった。


 それが急になくなってしまったのは、やっぱり不満だった。

 病気のことだって、あいつの口からじゃなくて、弦洛に聞いた。

 治らないって分かってるのに、あいつは一言もあたしにそれを言おうとしないで、いつも通りこの町を出ていった。

 もう、帰ってこれないかもしれないのに。


 引き留めたかったのに出来なかったのは、あいつがいい顔をしてやがったからだ。

 あの少女……飛那姫は、あいつにとってきっと、はじめて出来た宝物なんだろう。

 あたしでは、あいつをあんないい顔にしてやれない。

 そう思ったから、黙って行かせた。


 あいつが、あたしの知らないどこかでのたれ死んでるんじゃないかって思うと、なんだか情けなくなったり、腹立たしくなったり、悲しくなったりした。

 いてもいなくてもあたしにこんなに心労を与えてるなんて、きっとあいつは考えもしない。


「そんなに悪いなんて、あいつの口から聞いてないよ。今度帰ってきたら一発殴ってやるわ」

「一発でも二発でも殴ってやれ。その位の権利はあるだろう」


 代金をカウンターに置いて、弦洛は店の扉を開けた。


「邪魔したな」

「……毎度あり」


 パタン、と閉まった扉の向こうから、ドンドン、と無遠慮に叩く音が聞こえた気がした。

 はっとするが、すぐに幻聴だったことに気付く。

 そんな風に扉を叩く男は、もういない。


 しん、と静まりかえった店の中をぐるりと見回す。

 壁際の棚に所狭しと置かれた可愛い魔道具達は、黙って自分を買っていってくれる人を待っている。


 飛那姫の髪から出来た魔道具は、どれも高品質なものに仕上がった。

 あの子の持つ魔力はちょっと特殊みたいで、今までにない反応が色々見れた。

 弦洛に頼まれた大型の手術用魔道具や、診察用の魔道具を完成させることが出来たのも、あの子が切った髪の毛をくれたおかげだ。

 次に会ったら、礼を言わなくちゃいけないだろう。


 ドンドン、とまた扉が無遠慮に叩かれた気がした。

 感傷に浸っていたい訳じゃない。でもこんなに幻聴が聞こえるなんて、もしかしてあたしは自分で思うよりずっと参ってるのだろうか。


 ガチャリ、と視線の先でドアノブが回った気がした。

 扉が外に向かって開いて、ウィンドベルがカランカラン、と高い音を響かせる。


「なんだ、開いてるじゃねえか」


 開けた扉から、懐かしい声が飛び込んでくる。


「フウザン! オカエリ!!」


 カウンターの隅に止まって眠っていたはずの笹目が、そう叫んで飛び立った。

 バタバタと一直線に飛んでいった先には、ここを出て行った時より少し痩せた面持ちの、酒好きの馬鹿男が立っていた。


「フウザン! フウザン!!」

「おお笹目! 元気だったか?」


 ねずみ色のオウムが羽をバタバタさせながらその肩で叫ぶのを、あたしは呆気にとられて見ていた。


「よお、久しぶりだな、杏里」


 のんきにそう片手をあげたのは、間違いない。

 風漸だった。


 帰ってきた。

 死んでなかった。


「っ……」


 あたしはカウンターを飛び越えて、風漸に走り寄った。


「……っこの……馬鹿男!」


 バチィン! という音とともに、左頬に平手打ちを食らった風漸がよろける。

 笹目が「イタイイタイ」と言いながら、椅子に飛び移って逃げた。

 手加減しなかったあたしの手も痛いよ。


「お前……! 帰ってきた途端、あんまりじゃねえか?!」

「うるさいよこの馬鹿! 今まで手紙の1つもよこさないで、どこまで行ってたんだい!」

「どこってお前……」


 そこで言葉を切ると、赤くなった頬をさすりながら、風漸はきょとんとしてあたしの顔を見た。


「お前、泣いてんのか?」

「ばっ、馬鹿言ってんじゃないよ! 誰が……!」

「いや、だって」

「誰が……あんたの心配なんて……!」


 あれ、嫌だな。本当に泣きそうだ。

 あたしは気恥ずかしくなって、もう一度手を振り上げた。

 くそ、もっぺん殴ってやる!


 でもあたしの手は振り下ろされる前に風漸の手に掴まった。

 掴まったまま、反対の手があたしの背中に回されて、引き寄せられる。

 落ち葉焚きのススの匂いと、少しの酒の香りがした。


「ただいま、杏里……心配かけて、すまなかった」


 耳元で聞こえた謝罪の言葉と、状況を理解するのに少し時間が必要だった。

 あれだけ頭にきていたのに。あんなに心配したのに。

 ああ、もう仕方ないなって。

 心が凪いでいく。


「それは、一番先に言わなきゃいけない台詞だろ……」


 一発殴ったから、許してやる。

 私もその背中に手を回して、顔を埋めた。

 まだ生きてた。

 帰ってきてくれた。

 もう今は、それだけでいい。


「……やっぱり杏里さんに会いたかったんだ?」


 背後からそう可愛い声が聞こえて、あたしと風漸はがばっと離れた。

 あの時より少し大きくなった飛那姫が、ニコニコしながらそこに立っていた。


「飛那姫、お前……馬にエサやって待ってるって……」

「先に笹目に会いたくなったから、来ちゃった」

「ヒナキ! オカエリ!」

「笹目! 元気だった?!」


 飛んできた笹目をキャッチすると、ヒナキは無邪気に笑った。

 1年前に見たときは、こんな風に笑わない子だったのに。


「いい顔、するようになったじゃないか」


 まだ気まずそうに顔をしかめている風漸を、横から軽く叩く。


「……ああ」

「立派に子育てしてたんだね、あんた」

「だと、いいがな」


 風漸がここに帰ってきた理由は、なんとなく分かる気がした。

 多分今はもう、死んでもいいなんて思っていないはずだから。

 弦洛に会いに来たのだろう。


「あんたも……いい顔してるよ、風漸」


 そう言って、私は笑った。

 久しぶりに、心から笑えた気がした。


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