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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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馬上の夢

 久しぶりに城の夢を見た。

 大好きな庭園の中を歩く夢。


 道に並ぶ季節の花や、よく手入れされた大好きなバラの垣根に、ヒラヒラと舞う蝶々や蜂たちが、忙しなく蜜を集めている。

 小さな噴水の近くには黄色い小鳥が水を飲みに来ていた。

 日差しは春で、暖かい。


「令蘭、どこ……?」


 私は自分付きの侍女の姿を探した。

 ロイヤルガードもいない。

 誰もいない。


 なんだかおかしい、と少しだけ不安になる。

 何か起こりそうな、そんな予感がする。


「姫様」


 私を呼ぶ優しい声にほっとして振り向くと、そこには先生が立っていた。

 薄い青紫の着物で立つ騎士姿でない先生は、本当に剣の達人には見えない。

 私がそう言うと、先生はいつも「私は筋力がない分を魔力に頼っていますから」と言っていた。

 筋力がなくても強くなれるって、教えてくれたのは先生だったっけ。


「先生、令蘭を見ませんでしたか?」

「さあ……でも大丈夫ですよ。私がいますから」


 先生はそう言って笑うと、私の手を取った。


「少し歩きましょうか」


 先生と並んで、庭園の中を目的もなく歩く。

 ただの散歩がこの上もなくうれしいのはどうしてだろう。

 こみ上げてくる思いが、時間よ止まれと叫んでいる。


 不思議に泣きたい気持ちで手をつないだ先生を見上げると、先生も私の方を向いた。


「姫様、覚えておいてくれますか?」


 不意の先生の言葉に、心臓が嫌な音を立てて揺れた。


 その先は、聞きたくない。


「私は、本当はもっとこうしていたかったのです。私を拾ってくださった王の為に働き、この国を護って、姫様の成長をずっとお側で見ていたかった……理不尽に奪われたものは、大きすぎました」

「先生」


 私の声がうわずった。


「王も、王妃も、王子も、誰一人としてこの国が滅ぶことなど、望んでいませんでした」

「……やめて」

「まだ、生きていたかったのですよ」

「やめて!」


 私の脳裏に、一人の兵士の姿がフラッシュバックした。

 城下町に恋人がいると話していた、兄様のことを教えてくれたあの兵士。

 まだ死にたくない、そう言い残して、私のドレスの裾に赤い血の跡をつけたあの人も。


「強くなって、あの裏切り者達に、制裁を与えてください。皆の無念と、恨みを晴らすのです……」

「先生……私っ……!」


 本当は、と言おうとしたが声が出ない。

 先生はただいつものように静かに笑って、私を見下ろしていた。

 つないだ手の冷たい温度が、生きている人のものとは思えなくて。

 振り払う事も出来ない指先が、恐ろしく感じる。


(本当は、誰も殺したくなんかないの……!)


 最後の言葉は、叫びにならなかったと思う。

 先生のつないだ手が離れて、代わりに温かな体温が私を包んだ気がした。


「お前の強くなりたい理由は、最強の剣士になるためでいいんじゃないか?」


 どこからともなく、そんな言葉が聞こえた気がした。


「……師匠?」


 呟いたところで、私の意識は現実に戻ってきた。

 だんだん周りの音が聞こえ始める。

 足下の落ち葉を、大きな蹄が踏みしめる音。

 馬の後ろにぶら下げた、荷物のきしむ音。

 私を抱える、大きな温かい腕。


「飛那姫? 起きたのか?」


 私は師匠の腕に抱えられて、馬の上にいた。

 そうだ、山を越えるのに馬を借りたんだっけ。

 揺れが心地よくて、眠ってしまったらしい。


「あと少しで水場だから、今日はそこで野営しよう」


 師匠の低い声が、まだ鳴り止まない心臓の不安定なリズムを落ち着かせていく。

 落ち着いていくはずなのに、泣きたかった。

 心臓の音とは別に胸の中に広がった波紋が、まだ私の心を揺らしている。


 私は師匠の大きな背中に手を回して、その胸にぎゅっと力一杯しがみついた。


「お? どした? まだ眠いのか?」


 顔をふせたまま、ふるふると首を横に振る。


「……そうか」


 それだけ言って黙ると、師匠は私の頭をぽんぽんと軽く撫でてくれた。

 不器用だけれど、それは今の私にとって心から安心できる、誰よりも優しい手だった。


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