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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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帰郷

東岩(あずまいわ)に、一度戻ろうと思う」


 すっかり春めいてきた頃、風漸……師匠が突然そう言った。

 1年前にあの町を出て以来、1度もそれを口にしたことがなかったのに。

 私は剣を振っていた手を止めた。


「……杏里(あんり)さんに会いたくなった?」


 別れ際に寂しそうだった真道具屋の女主人を思い出して、私は尋ねた。

 子供の頃から師匠と友達だったらしく、彼女のことはたまに話題に出てくる。

 あの時切ってもらった髪は伸びて、今はそれを後ろでひとつにしばれるようになった。


「何言ってんだお前?! どこでそういうこと覚えた?!」


 覚えたも何もない。

 そう思っただけなんだけど、何をそんなにムキになっているのか。


「帰るのはかまわないけど、紗里真に近くなるから危ないんじゃ……なんなら師匠だけ帰っても」

「俺が、お前をおいてどこに帰るって?」


 そんなに怖い顔して言わないでもいいじゃんか。

 分かってるよ。分かってます。


「でも、危険は危険だと思う」

「ああ、そんなの承知だ。だが、どうしても帰らなくちゃいけねえ用事があるんだ」

「やっぱり杏里さんに……」

「違うって言ってるだろ?!」


 ぺちん、とデコピンをくらって、私は恨みがましい目で師匠を見上げる。

 くそぅ、今に見てろよ。


「とにかく、今日から北東に向かって進む。東岩まではここから1週間くらいかかるだろうが……足りない分の食料は山間の農村で分けてもらうことにしよう」

「分かった」

「お前は、さっさとウォーミングアップをすませちまえ」

「了解」


 ゆらり、と神楽を構えて、私は型稽古代わりの剣舞を始める。

 斜め上段、左下段、受け流しから袈裟に切り下ろし。諸手から柄当て。

 剣術のひとつひとつの型を流れるように組み合わせて出来るのが、剣舞だ。

 先生や理堅に教えてもらったことを忘れないように、もうずっと練習してきた。

 少しは、うまくなっただろうか。


「すっかり魔力の流れに無駄がなくなったな。あとは静と動をもっときっちり意識して動け」

「はい師匠」

「身体の動きに気を取られすぎると、今度は魔力の制と発が乱れるぞ」

「はい」


 1年前に出来なかった魔力制御も出来るようになった。

 毎日師匠と剣を合わせて、多分、強くもなった。

 でも、まだまだだ。まだこんなんじゃ、仇なんて討てない。


「魔法剣を扱えるようになるには段階がある、って言ったのを覚えてるか?」


 剣舞を終えたところで、師匠が尋ねてくる。

 そういえば、そんなことを前に教えてもらった気がする。

 師匠は意外と理屈っぽいところがあって、座学も良く教えてくれるのだ。


修練(しゅうれん)同体(どうたい)、そして覚醒(かくせい)だ。お前は今、この同体の部分だな。魔法剣と波長を合わせることに成功して、剣の力と対等になれた段階だ」

「はい」

「最後の覚醒は……ちょっとコツがいるからな。なんか、きっかけがないと難しいかもしれん」

「きっかけ?」


 師匠はどうやって、その段階まで行ったんだろう。


「俺か? 俺は……傭兵の時に、一度殺されかけたのがきっかけだったな」

「こ……」

「まぁ、心に強く思う何かがないと、最後の壁は越えられないって事だ」


 多分、神楽を取り込んだものの、振り回す度に気持ち悪さを感じていた頃が修練の段階だったんだろう。あの時は、長く剣を握っていられなかった。

 今はどんなに顕現している時間が長くても、すごく自然に、すっきりした気分でいられる。

 これが同体という状態なのだろうか。


「覚醒の段階になると、どうなるの?」


 この状態でも不便はないのに。

 もう一段階上となると、剣はどうなるんだろうか。

 パワーアップして格好良くなる、とかはまさかないと思うけど。


「剣の持つポテンシャルを全部引き出して、思うがままに扱えるようになる」

「ぽてんしゃる?」

「いわゆる潜在能力だな。お前の剣で言うと、見た目にはその4つの属性だ」


 神楽には赤、青、緑、黄の、4つの宝石がついている。

 これらが火、冥界の炎、風、雷の属性を持つことは分かっているのだが。

 私は今のところ、赤と青の宝石にしか魔力を流すことが出来ない。


「風と、雷の属性も使えるようになるってこと?」

「そうだな。あとは全体的な出力の桁が変わる。覚醒後には今使える火と冥界の青い火も、もっと出力が上がっていいはずだ」

「へえー……」

「あのな、感心してる場合じゃないぞ。その剣は俺のと違って化け物級の魔法剣なんだからな。使いこなすなんて、口で言うほど簡単なことじゃない」

「それは、そうなんだろうけど……」


 でも、やらなくちゃいけない。

 もう1段階でも2段階でも、その上があるのなら、私は強くならなくちゃ。


「要は自分が今以上に強い力を求めているってことを、剣に分かってもらわなきゃいけないってことだな。剣に認めてもらえれば、それが覚醒につながるはずだ」


 今だって、十分強くなりたいと思ってるのに。

 すり切れた自分の指の腹を見ながら思う。

 私はみんなの仇を取れる強さを、誰よりも渇望しているはずだ。


「多分、ずーっと強くなりたい強くなりたいって思ってるより、瞬間的にそう思う力が強い方がきっかけになりやすいだろうな」


 私の考えを見透かしたみたいに、師匠が言った。


「そうなの?」

「俺がそうだったからな」


 しかし、と師匠は続けた。


「俺はお前が末恐ろしいよ。成長期の今でさえそんな非常識な強さなのに、これ以上強くなって大人になったらどうなっちまうんだ?」

「そんなこと言われてもね。私、うんと小っちゃい頃から父様みたいな立派な剣士になりたいと思ってたし。将来の夢、最強の剣士だったし」


 私が強くなっていくのは必然なのだ。

 非常識と言われようと、反則と言われようと、強くなることに遠慮はない。


「今は?」

「え?」

「今はどうなんだ? まだ、最強の剣士が夢なのか?」


 突然問いかけられた質問に、私はすぐ答えを返すことが出来なかった。

 いつの頃からか、それを忘れていたから。

 強くなりたいと思う気持ちが、きっと何もかもが満たされていたあの頃とは変わり過ぎてしまって。

 きっともう、そんな風に純粋に強さを求めることは出来ない。


「……最強の剣士になることで、みんなの仇が取れるなら、それでいい」


 今の私の答えはそれ以外なかった。

 師匠はうなだれて、大きなため息をついた。


「お前……本当に、復讐したいのか?」


 思ってもいなかった台詞が、師匠からこぼれた。

 何を今更、という気持ちと、どうしてそんなことを? と疑問に思う気持ちが、入り交じる。


「当たり前でしょ? だって、その為に私は今……」

「単に、先生との約束の為じゃないのか? 約束がなくてもお前は復讐しに行くのか? 本当にそれは、お前の意志なのか?」


 立て続けに聞かれて、私は言葉を失った。

 何を聞かれているのか、分からない。


「恨みに思う気持ちは分かる。飛那姫の気が済むなら復讐もいいだろう。でも、お前が本当に人殺しをしたがっているようには、俺にはどうしても思えないんだ」

「何を……」

「お前の強くなりたい理由は、復讐のためじゃなくて、最強の剣士になるためじゃ、駄目なのか……?」

「理由……?」


 突然提示された選択肢はあまりにも予想外で、つなげる言葉を詰まらせた。

 師匠が何を言っているのか分からない。

 だって、もう、あの頃の自分には戻れない。

 何も知らなかった、ただ純粋に強さを求めていただけの自分には、戻れる訳がないのに。


「駄目に、決まってるじゃんか……」


 答えなんて決まってる。

 私はそう言うと、地面に転がしてあった手桶を取った。

 自分でもよく分からない程、混乱していた。


「水、汲んでくる……」


 私が茂みの向こうに消えてしまった後、師匠は深いため息をついて頭を抱えた。


「馬鹿か……何、焦ってんだ。俺は……」

短編、「強さを求める理由」とリンクしてます。

風漸サイドから見てみたらちょっと違うかな、と思って書きました。


https://ncode.syosetu.com/n7717fb/

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