新しき国王の悩み
東の真国、紗里真。
その名の大国が滅んで、綺羅に変わったのは既に1年前のこと。
当時、紗里真の騎士団は近隣小国と併せて6千人を超える兵力を誇っていた。
綺羅に変わり、その統率は乱れた。
大国滅亡後、各地の兵達は自ら小国に受け入れを願ったり、傭兵に身を落としたりしながら綺羅に従おうとしないものも多かった。
紗里真城内に常駐していた精鋭隊200名は、国の滅亡とともにその職務を永遠に終えている。
真国内に散らばる騎兵隊や騎士隊からも、懇意にしていた近隣小国からも、反旗を翻す者が現れたが、いずれも紗里真の遺恨を晴らすことは出来なかった。
反乱分子になりそうな大半は、紗里真が滅んだことも知らぬ間に捕らえられ、処刑されたという。
歴史に残る大殺戮事件として、紗里真の滅んだ3月31日を人はいつしか「鮮血の31日」と呼ぶようになった。
領土としては大国と呼べるにふさわしい国を手に入れた綺羅の斉画王だったが、彼はその玉座に座る器ではなかった。
国は荒れ、人々は恐怖に支配された生活を余儀なくされた。
城下町は活気を失い、整備されない沿道には昼間から異形が闊歩するようになった。
北、南、西の大国はこの現状に頭を痛めたものの、直接に関与することを良しとせず、傍観者に徹している。
斉画王は不満だった。
何もかもが不満だった。
国民は働く気力がない。反抗的にふるまい税を納めない者も多く、近隣の小国は自らが手を下したとは言え、取引を行う機会もなくなった。
新しく作った魔道具の生産工場はうまく回り始めているものの、原料が不足しているのだ。
西の大国にも、南の大国にも貿易を拒否され、兵士に採集に行かせるには限度がある。
かろうじて北の大国とは貿易が再開しているが、せっかくの大規模な工場があっても、今まで以上に魔道具の生産が出来ないことは歯がゆく思えた。
そして一番の不満は、真に欲しいものが未だ手に入らないことだ。
聖剣神楽。
紗里真の建国祭で諸国の王が集まった際、修喜王の剣舞ではじめて目にした魔法剣に、斉画王は心を奪われた。
今まで生きてきた中で、あれ程素晴らしい魔道具を目にしたことはなかった。
そう、あれは剣の形こそとっているが、れっきとした魔道具。
複雑な魔法錬成学の上に成り立つ奇跡。
欲しい。
何と引き替えにしても、あの剣が欲しい。
あの剣の為だけに、この国を手に入れたと言っても過言ではないのに。
明るい薄茶の意志の強そうな瞳を持つ少女を思い出すと、忌々しい思いが胸に広がる。
あの王女が聖剣を所持していることは分かっているのだ。
しかし真国内で何度か発見し接触出来たにも関わらず、捕らえるどころかすべて返り討ちにあっている。
未だ逃げ続けられているのは、兵士が無能なせいなのか、はたまたあの少女が人外の強さを持っているせいなのか。
「本当に、忌々しい……」
考えれば考えるほど、腹が立つ。
「そんなに焦らずとも、いずれ聖剣はあなたの手元に舞い込んできますよ」
長い足を組んだ姿勢でソファーに身を沈めた男が、薄く笑って言う。
何の根拠があってそのようなことが言えるのか。
斉画王の気分は晴れない。
「それは、あの王女が自らここに帰って来ると言っているようにも聞こえるが?」
「ええ……そうです」
そう言うと、男はゆらりと立ち上がった。
いつ見ても隙のない男だ、と斉画王は思う。
その薄笑いの奥に隠れた感情のなさが、残忍な王にとっても気味悪く思える。
一人で騎士団一隊分に匹敵する戦闘力は敵に回せば驚異だろうが、味方でいるうちは頼もしい存在だった。
利用できる内は、利用するに限る。
「王女は、帰ってきますよ。必ずね」
「……馬鹿な。この敵地に帰ってくると? 何故そう思う?」
「何故?」
薄い唇が楽しそうに答えた。
「約束が、あるからですよ」