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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
28/251

港町 花島

 ここは真国の中でも最も南に位置する、花島(はなしま)の町。

 港町で貿易の拠点となっている花島は、入口からすでに人があふれていて活気のある町だ。

 私は土産物屋や問屋や、色んなお店が所狭しと建ち並んでいる通りを、師匠と歩いていた。


 南まで来たからか、単に今日の気温が高いせいなのか、夏みたいな日差しだ。

 汗ばんでくるけど、気持ちいい。


「なんか、なまぐさい……けど」


 独特な臭いのする風に、私は思わず顔をしかめる。

 これが潮風っていうのだろうか……はじめての港町なのに、なんかがっかりだ。


「馬鹿かお前、干物だよ」


 師匠が海産物の並ぶ店先を指さす。

 ナナメに張られた網の上に、薄べったい魚が貼り付けてある。


「あ、本当だ」


 顔を近づけなくても分かる。これが臭かったのか……

 本で見たことがあるけど、「保存食」ってやつだね。


 こんな雰囲気の町を歩くのははじめてだ。見るもの全てが珍しくて楽しい。

 紗里真の城下町みたいに整備されている道はないけど、それも新鮮に思えるし、お店の人の顔も日に焼けてて異国の人みたいに見える。

 あちこちにいるのは猫だろうか。

 あ、あの子かわいい。触りたい。


「おい飛那姫、ちょろちょろどっかに行くな」

「師匠、ねこ。ねこ。」

「猫なんて珍しくないだろ? それよりメシだ」


 触りたかったのに……師匠の馬鹿。

 私はふくれっ面で、さっさと歩いていってしまう師匠を追いかけた。


 食堂にたどり着いて木の札に書かれたメニューを見上げると、見たことのない名前ばかりが並んでいる。


 本日の刺身5種盛り合わせ

 トビアカエイの煮込み

 シャンシャンダイの唐揚げ

 カイテンエビのフライ

 ボウソウウオの踊り食いって……一体どんな料理?


「飛那姫、お前字が読めるか?」


 メニューを見上げて首をかしげていたら、師匠がそう聞いてきた。

 あ、読めないと思われてる? 失敬な。


「読めるし書けるに決まってるでしょ? 私8歳なんだけど?」

「普通その歳だと、一般民の子供はまだ読むことも難しいんだ」


 え、知らなかった。

 ○才にもなってこれが読めないなんて恥ずかしいですよ、とか言われながら勉強してきたのに。

 あれはウソだったの? それとも、王族レベルでの話だったの?


「……あんまり難しい字を書くのは苦手だけど、読むのは普通に出来るよ?」

「英才教育受けてるお姫様は違うな。だからそんなに口が達者なのか」

「それ、ほめてないでしょう」


 絵本は好きだし、読み書きの授業は算数ほど嫌いじゃなかったけど。

 勉強が嫌で、ちょこちょこ逃げ出していたことは秘密にしておこうと思う。


 料理を注文して、お金を払う。

 町ではこのお金というものが大事らしい。私はまだその辺りのことがよく分からないんだけど。

 また師匠に「これだから姫は」とか言われそうでムカつくから、自分からは聞きたくない。


 私はカイテンエビのフライ定食、師匠は丼から何かはみ出てるでっかい器を手に、テーブルに向かった。


「天気がいいから外で食うか」


 そう言った師匠の後について、黒い木で出来た階段を上がる。

 テラス席に出た私は、広がった外の光景に目を瞠った。


 目の前に、巨大な湖が広がっていた。

 ふわりとした風と一緒に鼻に飛び込んできたのは、しめった夏の香りだった。

 太陽の光を反射してキラキラ光る水面が、波立って揺れている。

 まるで湖自体が魔力を帯びているみたいに、感じたことのない力強さを覚えた。


 空には白い大きな鳥が飛んでいて、浅瀬に泳いでいる人もいる。

 はるか向こうに見えるのは……もしかして、船だろうか。

 テラスのすぐ先から、深い青色がどこまでも続いていた。


「どうした飛那姫?」


 先にテーブルに着いた師匠が、立ち尽くしたままの私を呼んだ。


「師匠……これが、海?」

「ああ、そうか。お前さん、海見るのはじめてだよな」


 でかいだろう? と言ってニッと笑う師匠に、私はこくこくと頷く。

 胸がどきどきしてる。

 ああ、これが本で読んだ海で、これが潮風なんだな、と分かった。


 大きい海を見たら、私にはまだまだ知らないことがいっぱいあるんだ、と素直に思えた。

 世界っていうのはあの向こうまで続いていて、きっとすごく広いのだ。

 それを知ると、自分がすごくちっぽけな存在に思えてくる。

 でも心細くはなくて、なんというか、もっとあの向こうへ行ってみたいという気持ちになった。

 こんなに晴れやかな気分になったのは、久しぶりだ。


「なんか、いい顔してるな、飛那姫」


 私を見ていた師匠が、うれしそうに言った。


「師匠! 泳ぎたい!」


 急に思い立って、私は叫んだ。


「は? メシだろ?」

「食べたら泳ぎたい!」


 泳いでいる人を見ていたら、自分もあの水に入ってみたくなった。


「まぁいいけどよ。お前、泳いだことあるのか?」


 紗里真は海も川も近くにないだろ? と言われて、私は首をかしげた。


「え? 騎士団の訓練場にはプールがあったけど……? あと、大きくはなかったけど、王族用の室内プールもあったよ?」

「……」


 なんか、師匠の目が泳いでいる。


「あー、庶民の考えでものを言って申し訳ございませんでした」

「えええ?」

「これだから姫は……」

「あっ! それまた言った! 馬鹿風漸!」

「馬鹿とはなんだ? 俺はお前の師匠だぞ?!」

「師匠でも馬鹿は馬鹿だもん!」

「お前……敬語やめろとは言ったが、段々言葉が悪くなってないか?」

「師匠のせいでしょ!」


 ぷぅっとふくれて定食のトレイをテーブルに置く。

 私をからかう師匠はムカついたけど、カイテンエビのフライはおいしかった。

 城で食べるのより、ずっとおいしかった。

 ちょっとびっくりだ。


 お腹いっぱい、満足して食後のお茶を飲んでいたら、テラス席の端に人が集まり始めていた。

 ざわざわしてるけど、どうしたんだろう。


「……何かあったのか?」


 集まっていた人の中から抜けて、こっちにきた男を師匠が捕まえる。


「あんたら旅の人か?」

「ああ、そうだが……あそこの人だかりはどうしたんだ?」

「いや、ちょっと前の話なんだけどな。あれはまだ2月だったよなあ……この町で行方不明者が大量に出たことがあってさ。そいつらがさっき、見つかったんだよ」

「何だって?」

「あっちの洞窟の奥さ。満月の干潮にならないと中には入れないところでね。50人以上いるんだ……みんな死体だよ。ひどいもんさ」


 そう言って男は表情を曇らせた。


「なんでそんなことが?」

「分からねえ。でも、あの頃紗里真の軍隊がここに来たのは覚えてるんだ。結局何の用事だったのか……通り過ぎていっただけにも見えたんだが」

「えっ?」


 男の口から思わぬ言葉が出て、飛那姫はお茶の入ったコップを落としそうになった。

 そうだ、2月と言ったら兄様が行方不明になって、先生が暴動を抑えるためにあちこちへ行っていた頃ではないだろうか……

 あの時の騎士団の派遣先に確か、この花島が含まれていたはずだ。


「行方不明になった人達は、光の使徒団と関係はないのですか?」


 私は思わず、そう尋ねた。

 男は怪訝な顔で私を見下ろすと、首をかしげて答えた。


「なんだい? その、使徒団ってのは」

「え……? 花島では使徒団による暴動が、その頃に起きていたのでは……?」

「聞いたことないけど。どっかと間違えてるんじゃないか?」


 男がウソをついているようには見えなかった。


「引き留めて悪かったな、ありがとう」


 師匠がそう言って、男を解放する。

 私は行方不明者が見つかった話よりも、使徒団の話の方が気にかかった。

 あの頃は各地で暴れているという使徒団を鎮圧しに、多方面へ騎士団が派遣されていたはずだ。

 戦闘で命を落として帰ってこなかった騎士もいたし、城の護りも手薄になっていた。

 それが、なかったなんて訳がない。


 紗里真滅亡の裏にはまだまだ自分の知らないことが隠れているような気がして、私は不気味な気持ちになった。


「飛那姫、大丈夫か? 顔色が良くないぞ」


 師匠が心配そうに、私の顔をのぞき込む。


「師匠……」

「光の使徒団て、前にも言ってたな。なんなんだそれは」

「左手に、六芒星の焼印をもった宗教集団です。光の始祖だけを崇めるとかいう……この花島近辺にも、先生や騎士団が暴動鎮圧のために来ていたはずなんです」

「さっき言ってた、紗里真の軍隊ってやつだな」


 私はこくりと頷いた。

 なんだろう、気味が悪い。


「……確かめておくか。お前はちょっとここで待ってろ」


 そう言って師匠は席を立つと、人の集まる中に入っていった。

 東岩でもそうだった。ここ花島でも、光の使徒団が話題になっていない。あちこちで暴動を起こしていたというのは、夢だったのだろうか。

 でもあの時、ビヴォルザークが城に毒を流した日、実際にたくさんの騎士団が各地に遠征に出ていて、城の護りが手薄になると賢唱(けんしょう)様がこぼしていたのを覚えている。


 あれも、もしかして何か仕組まれたことだったのだろうか。

 ……分からない。


「飛那姫、聞いてきたぞ」


 師匠の言葉に顔を上げると、私は次の言葉を待った。


「全員、左の手に六芒星だとさ」

「……じゃあ、その行方不明の人たちが」

「お前さんの言う、光の使徒団信者、ってことになるな」

「……でも」


 人だかりを見ると、中には涙を流している人もいた。

 いきなり行方不明になった人達は、この花島の人達なんだろうか。

 彼らは本当に暴動を起こして……?


「さっきの人は、暴動は、なかったって……」

「他のヤツにも聞いたが、それらしい騒ぎは本当になかったみたいだな」

「どういうことなの?」

「使徒団騒ぎ自体が、ウソだったんじゃないのか?」

「そんな訳ないっ」


 だってみんなが、騎士団が実際に出兵したのだ。先生の隊も戦って帰ってきた。

 私だって、中央広場で使徒団が暴れるのを見た。


 そう続けようとして、でもうまく言葉が続かない。

 頭の中がごちゃごちゃしていて、考えがまとまらなかった。

 師匠は、ひとつ息をついて私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「まあ、追々分かることもあるだろう。答えのでないことを考えすぎるな」

「……うん」


 顔を上げたら、目の前の海は変わらずにそこにあった。

 本当になんて大きくて広いんだろう。

 ぼんやりと、考える。


 国が滅びた今、使徒団について新しく分かったことがあったところで、今更何かが変わるとは思えない。

 私は私から全てを奪った、斉画王とビヴォルザークに制裁を与えることだけを考えなくては。

 そう思うことで、私は使徒団へのもやもやした気持ちに蓋をした。


 その場で暴動を起こした宗教団体のことを突き詰めて考えていたとしても、私はその奥にある、恐ろしい事実にきっと気付けなかっただろう。


 少なくとも、まだこの時は。

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