表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
27/251

目玉焼きとかすかな異変

 野宿も5日目になると、さすがに体が痛くなってくる。


「ん……」


 私は木の根に預けていた頭を起こして、首をさすった。

 ずれていた羽毛入りの毛布を引っ張り上げて、ぶるっと身震いする。


「トイレ……」


 野宿を始めて、一番困ると感じたのはトイレだ。

 回りに壁もなければ流すところもないので、落ち着かないことこの上ない。

 いつかは慣れるのだろうが、今はまだ慣れたいとすら思えなかった。


 私は仕方なくごそごそ寝床を這い出した。まだ辺りは真っ暗だ。

 火の番をしている師匠が、起き上がった私に気が付いたみたいだった。


「飛那姫……?」

「はい、トイレです……」

「そ、か……ちょうど、良かった」


 師匠は座り込んだまま、私の側にある荷物を指さした。


「そこの、荷物の……小さいポケットに、ある……布袋を、取ってくれ……」


 歯切れ悪くそう言う、師匠の表情は見えない。

 また酔っ払ってるのかな。

 私はリュックの横のポケットを探って、奥に詰め込まれていた小さな布袋を取りだした。


「これですか?」


 起き上がっていって手渡すと、師匠は下を向いたまま「ああ」と答えた。


「トイレだろ? 行ってこい……」

「はい」


 私は用を済ませるために、茂みに入っていった。

 じ、じ、じ、と鳴いていた足下の虫の声がぴたっと止まる。

 心細さを感じて少しだけ振り向くと、師匠が布袋から何か小さいものを取り出して、口の中に放り込むのが見えた。

 何食べたんだろう?




 朝起きると、いつもならご飯支度をしている師匠がまだ寝ていた。

 きっと昨日飲み過ぎたせいだろうな。

 ぐーがー聞こえるいびきに耳をふさいで、私は消えかかっているたき火に薪をくべた。


 人間は城で暮らしてても、野宿しててもお腹が空く。

 朝ご飯に食べるパンはまだ残っていたけれど、まな板とフライパンを見て、私は自分で何か作れないかな、と考えた。

 師匠が作っているのを見ていたから、出来そうな気がした。


 そうだ、目玉焼きだ。

 フライパンに油をひいて、卵を割って、焼けばいいのだ。

 うん、出来る。たぶん。


 野宿初日に、魔力をこめた包丁で野菜ごとまな板を一刀両断してしまった私は、あれから包丁に触らせてもらえないでいる。

 これは名誉挽回のチャンスだ。


 昨日採ってきた、赤くて丸い果物をまな板の上に乗せて、私は包丁を握った。

 魔力は使わない。

 力を抜いて。

 ”普通に”切るだけ。


 さくっとした感触がして、赤い果実は半分になって転がった。

 やった! 成功だ!

 一口大に切って、皿に盛り付ける。

 おおっ、立派な料理に見える。


 次は目玉焼きだ。

 フライパンに油をひいて、卵を入れて……

 あれ? 卵って、どうやって割るんだっけ?


 フウセンキツツキのまん丸な卵とにらめっこしながら、私は考えた。

 確か、師匠はこうやって、コンコンしてた。


 私はフライパンの縁で、卵を叩いてみる。

 コンコン。

 割れた。

 グシャッと。


「……なんか、違う」


 黄身も白身もつぶれてる上にカラが散乱してるけど、いいんだろうか。

 よくなくても、もう手遅れだけど。

 仕方なしにそのまま火にくべたら、バチバチと油が散って、手に飛んできた。


「あつッ!」


 料理って大変だ。

 いつも城の料理人達はこんなに大変な思いをしながら、ご飯を作ってくれてたんだろうか。

 すごい。これを毎日3回も繰り返すだなんて。私には無理かも……

 あれが苦手だとか、これは嫌いだとか言って食べなくてごめんなさい。

 私はそっと心の中で謝っておいた。


 料理をすることは、修行をして強くなるより難解なことのように思えた。

 ひとまず焼けたみたいだから、皿には移すけど。

 食べられるんだろうか、これ。


「……飛那姫? 何やってんだ?」


 声に振り向くと、夜露よけのタープの下から師匠が不安そうな顔でこちらを見ていた。


「師匠! 朝ご飯作りました!」

「……マジか?」


 切り株の上に並べられた皿が2つ。そのうちのひとつに盛り付けられた目玉焼き(のようなもの)は、まだ温かそうな湯気を立てている。

 うまく出来たかどうかは別にして、食べてもらいたい。

 起きてきた師匠は皿の上を見て、無精髭の生えたあごを撫でた。


「おお、形は悪いけど……一応焼けてるみたいじゃねえか?」

「でしょう?! 包丁も使えたんですよ!」


 すごいでしょう、と得意になって、私は箸を差し出した。

 師匠は苦笑しながらそれを手に取った。


「じゃあ、いただくかね…」


 ごつごつした手が、果物のカケラを1つつまんで口に放り入れる。

 私はどきどきしながらそれを見ていた。


「うん、うまいな」

「!」


 やった!

 私、やれば出来るじゃない?


「でも、次からは皮をむいて、種も取ってくれ。こいつは種に毒があるから、食うなよ」

「え? そうだったんですか?」


 毒ごとお皿に盛ってしまった……次からは気をつけよう。


 次に師匠は目玉焼きに箸をのばした。ボロボロしているので取りにくそうだ。

 口に入れて、微妙な顔になる。

 え、何だろ。やっぱりおいしくない?


「く、くくっ……」


 え?


「はっはっはっはっ!」

「え? え?」


 なんか知らないけど、思い切り笑われてる。

 どういうこと??


「飛那姫、味がない」

「えっ?」

「味がないし、油入れすぎだし、カラは余計だ」

「ええええ……」


 それ、完全に失敗ってことですね……?

 ヘ、ヘコむ……


 でも師匠はそんな失敗目玉焼きを、ニヤニヤしながら食べてしまった。

 ああ、駄目な弟子ですみません。


「でもな、俺は満足だぞ。お前はどうだ?」

「……不満です」


 がはは、と声をあげて笑うと、師匠は私の短くなった髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。

 もう、犬じゃないってば。


「じゃあまた作れ。お前が納得出来るまで何度でも。俺はそのうまくなる過程を楽しむからよ」

「……はい」


 なんだろう。

 褒められてないのに、うれしい。

 天才だとか言われるより、ずっとうれしくて、心の中があったかい。


「ああ、あとな、ついでに1つ」

「はい」

「俺に敬語は使わなくていい」

「え? 何でです?」

「あのな、俺は初対面から馴れ馴れしいヤツが嫌いだが、いつまで経っても他人行儀なヤツも同じくらい嫌いなんだ」

「……はあ」

「お上品な場所で育ってきたお前には難しいのかもしれんが、そんなに丁寧に話されてるとこっちが疲れる。だから、敬語は禁止だ」

「……分かりました」

「分かった、だよ」

「分か……った。師匠」

「よし」


 満足そうに頷いて、師匠はフライパンをもう一度火にかけた。

 私の朝ご飯を作るために。


 トイレは大変だけど、地面に寝るのも辛いけど、この生活は嫌いじゃないかもしれない。

 師匠がいてくれて良かったと思いながら、私は「正しい目玉焼きの作り方」を、真剣に見つめていた。


夜中に起きたらなんだか様子のおかしい風漸。

目玉焼きは、シンプルだけど難しい料理だと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ