魔法剣講義
「お前の剣には、大きな問題が一つある」
東岩を出てから3日目の朝。
岩の上に腰掛けた風漸は、そう言って赤い魔法剣を左手の中に顕現した。
「問題?」
「神楽は馬鹿みたいに燃費が悪い剣だが、お前のやり方にも問題があるってことだ」
まだ一度も剣の稽古をしていないとぼやいた飛那姫に、風漸が初めての稽古をつけてくれることになったのだが。
まずは座学からということらしい。
いきなり問題があると言われて、飛那姫は面白くない気持ちになった。
騎士団の稽古をしていた頃には、天才だの奇跡だのと褒められたことはあっても、問題があるだなんて指摘されたことはない。
「私のやり方って何です?」
「魔法剣は持ち主の魂と融合しているが、魔力も融合している状態だ。この剣を振るうには、当然のように動力に魔力が必要になる」
風漸の手の中の細身の剣が、ゆらりと赤い煙をあげた。
「俺は火系魔法にしか特性がない。おかげでこいつとは相性がいいが、俺の魔力はお前みたいに生まれつき特別多いわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、だから全開でぶっ飛ばしてると、すぐに魔力切れになって剣が使えなくなる」
「魔力切れ……?」
「でも剣に魔力を行き渡らせないと、魔法剣としてうまく扱えない」
そう言うと風漸は足下の枝を拾って、地面にコップの形を描いた。
そこにさらにストローがささったような絵を描いて、いいか、と指し示す。
「魔法剣をふるうには、ちょうどコップ1杯分の魔力がいるとする。魔法剣が魔力を吸い上げる度に、このストローから魔力が流れていくが、その度に……」
風漸は、上からコップに向かって矢印を描き足す。
「こうして魔力をコップに補充してやらなくちゃいけない」
「はぁ……」
「どばどば魔力を流してりゃ、ストローが魔力を吸い上げられなくなることはないが、コップから魔力があふれて無駄になるだろ?」
「そうですね」
「流すべき魔力がなくなると、そのうちにコップの中の魔力もなくなる」
「なるほど、それが魔力切れ……?」
「今のお前は、この魔力流しすぎの状態だ」
もう一度、上からコップに入る矢印を描き足して、風漸は説明する。
「魔力が多すぎるせいか、お前は流れる量をセーブすることを知らないらしい」
「それが私の問題?」
「そうだ」
左手に持つ赤い魔法剣が、再びゆらりと煙のような光を放つ。
ちょっと見ていてまぶしいくらいの光だ。
「これが、魔力流しすぎの状態」
風漸が見せる剣から今度は赤い煙がかき消え、刀身がほんのり赤く光る程度になった。
「これが、魔法剣が魔力を消費している量と、俺がこの剣に流している魔力がバランスとれてる状態だ」
「師匠……意外に器用なんですね」
「意外にってなんだ、お前」
「やってみます」
飛那姫もその手の中に神楽を顕現させる。
現れた時から、すでに青白く光りすぎている気がするが……
(流れる魔力を……セーブ……)
「……」
「どうだ?」
「……どうしていいか、全然分かりません」
魔力の流れは分かる。
ただ、実際にやってみようと思うと、放出するよりも絞る方がよほど難しかった。
「まぁ、最初のうちは仕方がないな。そのうち自分のコップの大きさと、ストローの太さが分かるようになるさ」
「師匠って、すごかったんですね……」
「お前、俺をなんだと思って剣を教えてくれと言ったんだ……?」
風漸はわざとらしくため息をつくと、自分の剣を消した。
飛那姫は、まだ神楽とにらめっこを続けている。
「魔力を細かくコントロールすることは、魔法剣自体をコントロールすることにもつながる。まずは自分の剣がどんなものなのか知ることだな。しかしお前の剣は……よく見ると、4つも属性がついてやがるな」
規格外も甚だしいぞ、と風漸はげんなりする。
神楽には青と、赤と、黄色、それに緑の宝石がはめ込まれている。
青は水、赤は火、黄色は雷、緑は風と大地を意味すると教えられたと言うと、風漸は首をかしげた。
「普通はそうなんだが……飛那姫お前、水系魔法得意か?」
「いいえ。私は、火と風……あと、雷系に少し特性がありますが、水は相性が悪いらしくて」
「この剣の前の持ち主、お前の父親が持ったとき、神楽は何色に光ってた?」
「青……だったと思います。父は、水系魔法と風系魔法の特性を持っていたので……あれ? じゃあどうして私は赤く光らないのかしら?」
「俺から見ても、お前は火系魔法に特性が偏っているように見える。水系の青に光るのはおかしい」
「……ですよね」
何も考えずにただ魔力を流していたので、自分の主な特性が何かまでは考えていなかった。
飛那姫は剣の中心にちょうどはまっている、青いひときわ大きな宝石をのぞき込む。
深い青だった。見ていると中に吸い込まれそうな深淵の色。
「飛那姫、その青い部分に魔力流してみろ」
「……はい」
セーブするよりは流す方が得意だ。
飛那姫は青い宝石部分に意識を集中して、ぐん、と自分の中の魔力を動かす。
青い宝石がぼうっと光を放った。
「これは……もしかして炎なのか?」
風漸が青く光る宝石と、剣そのものを注視しながら呟いた。
神楽からは水系魔法のゆらぎを感じない。青く光る剣から感じられるのは、水の冷たさではなくて、むしろ、熱。
そう、それは青白い炎だ。
「まさか、冥界の炎か……?」
「めいかい?」
聞き慣れない言葉に、飛那姫が首を傾げて聞き返す。
「青い炎はこの世界のものじゃない……冥界にあると言われてる。召喚士クラスじゃないと、呼び出すことさえ無理なヤツだ」
「でも、この青い宝石は水属性を表すはずじゃ……」
「俺にもよく分からん。だが、もしかすると、その真ん中のでかい宝石は、無属性なのかもしれない」
「無属性?」
「与える特性次第で何にでもなるってやつだ」
希少なものだが、そういう属性の宝石もあるにはある。
状況から考えて、その青く楕円形に光る宝石は、無属性なのだろうという結論に達した。
「魔法剣の特性に、冥界の炎だなんて……」
どうかしてる。
神楽を見つめながら、風漸がそう呟いた。
「冥界の炎だと、何か問題があるんですか?」
「……冥界の炎は、冥王が使う、全てを焼き尽くす炎と呼ばれてる。知らないのか?」
「それは、まだ習っていませんでした」
「お前みたいなちっちゃい子供が、冥界の炎を召喚……?」
がっくりとうなだれる風漸の肩を、飛那姫はおろおろとゆすった。
「師匠、冥界の炎だとコントロールできないんですか? だめなんですか??」
「いや、そうじゃない……ちょっと俺が、お前の師匠で、本当にいいのかと思っただけだ……」
この世に存在しない様々な物質を呼び出せるのは、召喚士だけだ。
一般的に魔法士よりも魔力が多く、他の世界とリンク出来る適性がないと召喚士にはなれない。
魔法士よりもずっと数が少ない種類の人間なのだ。
剣に天賦の才を持ち、魔力が豊富で召喚士としての資質も持つ。
目の前の女の子がそんな冗談のような能力を併せ持っていることに、風漸は正直、困惑していた。
(天は与える者には2物も3物も与えやがるってことか……)
「いいんだ。お前が普通でないことは最初から分かってた。ひとまず、そのとんでもない剣をコントロールできるように、色々と自分でやってみろ」
半ば投げやりに言われて飛那姫は首を傾げる。
いいからさっさとやれとばかりに手を振って、風漸は昼食の支度に取りかかった。飯でも作っていれば、非常識な話も気にならなくなるだろう。そんな顔で。
飛那姫はもう一度、美しい宝石のちりばめられた長剣と向き合った。
自分の中から神楽に流れる魔力をコントロールすること。
剣の持つ魔力に引きずられないように、精神を強く保つこと。
それが風漸から与えられた、最初の課題だった。
「がんばります」
気合いを入れて自分の身長ほどもある長剣と対峙する飛那姫に、風漸は末恐ろしい気持ちでエールを送った。