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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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エピローグ ~新たな誓い~

「飛那ちゃん、傭兵の格好やめたのね」


 二人で城門をくぐって城下町に出たところで、今更気付いたように美威が言った。

 そう、国の外にまで出かけようっていうのに、私が着替えたのはいつものお忍び用傭兵スタイルではない。動きやすい服装ではあるものの、このブラウスも、薄手のキュロットスカートも、上質な手触りの生地に細かい刺繍が入ったり、装飾がついたりしている。


「女性剣士の上級モダンカジュアルがコンセプトなんだ」と、満面の笑顔で手渡されたのは、兄様がわざわざデザインから関わって制作したらしい、特注の外出着だった。

 ちなみに、クローゼットに隠しておいた傭兵服はどこにも見当たらなかったので、選択肢はそれしかなかったことを付け加えておく。

 デザインは嫌いじゃない。嫌いじゃないけれど……人が寝ている間にもせっせと作られていた、ドレスやら小物やらで埋め尽くされた衣装部屋を見た時には、兄様の愛が重すぎて閉口してしまった。


「城下町では私の似姿絵まで出回って、かなり顔が知られちゃってるらしいんだよ。あんまり変な格好して歩いちゃダメだって兄様がうるさくて」

「ああ『武の女神』様だもんね~」

「やめろ、その呼び方」


 紗里真の王女は武神のごとき強さって噂が広まったおかげで、城下町に出ても命を狙われたり、攫われたりの危険性はほとんどない。お忍びならある程度は自由に出歩いていいって、兄様が許可してくれたのはありがたかった。

 でも一歩城の外に出るとバレバレで、ものすごい衆目を浴びるのでいたたまれない。

 噂って怖いな。女神とかマジ勘弁して欲しい……


「早く行こう美威、さすがに居心地が悪すぎる」


 私は100メートルほど歩いたところで、好意ではあるものの、あまりに無遠慮な視線の多さに耐えられなくなった。

 このまま大通りを歩いて城下門から出て行くなんて、苦行以外の何者でもない。

 ショートカットするべく商店の屋根に跳んで、そのまま屋根伝いに町の外れへ向かうことにした。

 民達の歓声みたいなのが聞こえた気がしたけど、無視だ。何も聞こえないぞ、私は。


「ちょっと待ってよ、もー」


 後ろから美威が浮遊呪文で追いかけてくる。

 本気で走ったので、城壁にはあっという間にたどり着いた。一番高そうな屋根から、城壁のてっぺんに跳んで、国の外に飛び降りる。


「飛那ちゃん、そんなに走るとお弁当が中でガタガタになるわっ!」


 文句を言いながら追いついてきた美威を振り返って、私は「さて……」と呟いた。


「美威、お前行き先考えてきたか? 私、行きたいところがあるんだけど」

「行きたいところ?」

「ああ、美威はどこに行きたい?」

「……多分、飛那ちゃんの行きたいところと、同じかな」


 その答えに満足して、私は道案内を頼んだ。



 紗里真の国からさほど離れていない、山をひとつ越えただけの荒れ地。

 農村の跡地だと言う事は、ところどころに残っている崩れかけた民家や苔むした井戸を見れば分かった。


播川村(はりかわむら)


 村の入口にはもうその看板すらない。

 ここははじめて、私と美威が出会った場所。


 過疎が進んで、何年も前に残った住民はみんな大きな町に移ってしまったらしい。

 今はもうない小さな村に、私は美威と二人きりで足を踏み入れた。

 しん、として音一つない、荒れた雑草混じりの道を歩くと、私達の足音はやけに大きく感じた。


「杏里さんに、播川村は無くなったって聞いてたけれど……本当にもう誰も住んでないんだな」

「元々小さな村だったし、正おじさんも琴おばさんも、みんなもいいお年だったからね。残っていた人は引っ越しちゃったんでしょ? 元気でいるといいわね」

「ああ……」


 もう会うことはないだろう人達に思いを馳せて、今もどこかに元気でいることを願う。


「大分荒れてるけど、少し覚えてるよ、ここの道」

「そうだね、私も覚えてる」


 そう答える相棒の横顔を、不思議に眺めた。

 こうしてまた二人でここに立つことの出来る奇跡を思うと、胸がいっぱいになる。


 全てを無くしたと思ったあの頃に、何と引きかえにしても守りたいものを見つけた。

 今では、それがもっと増えた。

 きっと、これからも増えていくんだろう。


「美威、あの峠のところまで行こう」


 指さした南に向かう小さな山は、私と美威にとって特別な場所だった。


「うん、じゃあそこでお弁当食べよう」


 歩きたくないと言わんがばかりに浮遊呪文で浮き上がった美威に苦笑して、今度は私がその後を追った。

 昔、傷だらけだった私と美威が、一歩を踏み出すために登った山道。

 あの頃に比べてひどく短くて、小さくて、簡単な道のりに思えた。


 太陽が沈むまでには、一年のうちで一番長い時間を要する時期だ。正時の眩しい光に照らされて、今日はあの日に見たような素晴らしい夕焼けを見ることは出来ないけれど。

 私達はなんの変哲も無い峠道を懐かしい気持ちで見回して、道端に転がった巨木の上に座った。

 むせかえるような草の香りが立ちこめる中、隣り合って料理長特製の折り詰め弁当を食べた。


「この卵焼きサイコー! 人間、美味しいものを食べることが万国共通の幸せよねー」

「そうだな、それに一人で食べるより、二人で食べた方がうまい」

「二人より三人、三人よりもっと大勢? 確かにみんなでこうやって食べたら、もっと美味しいかも」

「それも悪くないな」


 こんな風に何でもなく流れる時間が、何よりも大切だって。私達はもう嫌と言うほど知っているから。


「大人になったな、私達」

「うん。思えば、ここがスタート地点だったのかもね……」


 目を細めた美威が、感慨深そうに空を見上げて言った。

 美威とこの場所で、一緒に世界を見に行こうと誓ったあの日がはじまりだったのなら。


「ここが私達のゴールで、またスタートだよ」

「……新しいスタート?」

「ああ」


 ふっと抑えた語調に変えて、私は告げた。


「だから私はもう、お前を守らない」

「……え?」


 予想してなかったろう突き放すような言葉に、美威は一瞬不安そうな表情を浮かべた。

 別れの言葉が次に続くのではないか、そんな予感を察して、私は小さく笑った。

 馬鹿だな、そんな訳ない。


「これからは、お前の助けになるよ。どんな時も」


 美威はその言葉に一瞬声を失って、それからじんわりうれしそうに口角をあげた。


「……じゃあ、私も飛那ちゃんの助けになるわ、健やかなるときも病めるときも、ね」

「なんだそれ、結婚式か?」


 ははは、と笑った私を、澄んだ藍色の瞳が見つめ返した。

 私の一番好きな色が。


「美威、今……幸せか?」

「当たり前よ! そしてもっともっと幸せになるわよっ」


 少しの嘘も濁りもないセリフに、温かい気持ちが満ちていく。


「飛那ちゃんは? 今、幸せ?」


 その答えは聞かなくても分かっているだろう。

 そう思いながらも、私は瞼を閉じた。

 なめらかな肌触りの風が一筋、薄茶の髪を揺らして通り抜けていった。


「ああ、言うことない」



 永遠に続く平穏なんて、あり得ない。

 嵐はきっとまたやってくる。ひとつが過ぎ去っても、何度でも次がくる。

 綺麗なものや、汚いものがごちゃまぜになって、この世は出来ている。

 誰しもが出会えた喜びと、いつかは失うかもしれない恐怖を抱えて生きている。


 それでも、その中を生きる私達には向かう未来がある。


 自分のために、必死になってくれる人がいる。

 自分が誰かにとってのかけがえのない人間であることを、思い出すことが出来る。


 それを忘れない限り、私達は行くべき道を見失わないですむ。


「散歩して、帰るか」

「うん」


 帰る場所があるっていうのも、きっと悪くない。

 相棒の凪いだ横顔を見て、私も同じように優しく微笑んだ。

これで『没落の王女』は完結です。

長い間のご愛読、大変ありがとうございました。


次回、オマケ話です。

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