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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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男の子になる

 風漸は棚に並んでいる魔道具を一つ取って、くるくると手の中で回した。

 それは行きたい場所を示す、羅針盤(コンパス)のような用途の魔道具だった。


(さて……これからどうするか)


 当面必要そうな食料は杏里に分けてもらうとして、ここを出た後、どこまで逃げればいいのかを考えた。

 世間知らずな子供を連れて旅をすることが、簡単なこととは思えない。


 風漸は壁に貼られている真国の地図を指でなぞる。

 東の真国は広いようで狭い。しかしこの島国から脱出しようと思えば、船に乗らなくてはいけない。

 今、逃げ場のない海上に出ることは得策ではないと感じた。


(南の端は平野より森が多いから、身を隠すには向いているか……)


 東岩をもっと南に下っていった方角に指をなぞらせて、とんとん、とその地名を指で叩く。


「花島……」


 この港町なら人の出入りが激しく、移民者もよそ者も多いだろう。森も多くて潜伏しやすいし、いざとなれば船にも乗れる。

 目的地を決めて、風漸は他にもいくつか必要な魔道具を選んだ。

 そこへ杏里が飛那姫を連れて戻ってくる。


「おお、さっぱりしたな。風呂の入り方は覚えたか?」

「はい」


 少し濡れた髪を下ろした飛那姫は、風漸の知っているいわゆる町の子供とは全く違っていた。

 生成りの長シャツに長ズボンという出で立ちにもかかわらず、普通の子供とはオーラが違うのだ。

 整い過ぎた顔立ちの上に、育ちの良さがにじみ出てしまっている。

 これを隠すのは大変そうだな、と風漸は飛那姫を見つめて小さく息をついた。


「飛那姫、ここに座って。髪の編み方と、髪紐の使い方を教えたげるよ」

「はい、杏里さん」

「風漸も覚えといた方がいいんじゃないか?」

「ば、馬鹿言うな。俺が髪の毛なんか結べるわけないだろ?」


 風漸をからかいながら、杏里が手際よく三つ編みの仕方を教えていく。

 飛那姫は興味深そうに、その手つきを見ていた。


「こっちをこの上に持ってきて、そうしたら次はこっちだ。やってごらん」

「ええと、3本に分けて……こうして、こうかしら?」

「そうそう、覚えが早いね」

「三つ編みか……それじゃあ女の子にしか見えないな。やっぱり髪を切った方がいいか……」

「はぁ?!」


 女性陣のその様子を見ながら風漸が呟いた言葉に、杏里が目を三角にして怒鳴った。


「このデリカシーなし馬鹿男! あんた、こんなに綺麗な髪を切るって、正気か?!」

「いや……だって、髪はまた伸びるだろ?」

「美しく髪を伸ばすってのは、女性にとって大変なことなんだよ!」

「お前が言っても説得力がないぞ」

「あたしのことはいいんだよ!とにかく、こんな宝石みたいな髪を切るなんて、とんでもないよ!」

「あ、あの……」


 2人の間に割って入って、飛那姫はおろおろと口を開いた。


「私、必要なら切っても……いいですけど」

「なっ、なんてこと言うんだい飛那姫、こんな馬鹿なおっさんの言うことは聞かなくていいんだよ?」

「馬鹿なおっさんとは何だ」


 でも、と飛那姫は続ける。


「私の髪、きっとすごく目立つと思うんです。男の子に見えてた方が都合がいいのなら、髪の毛くらい……」

「杏里、詳しくは話せないが、この子は追われている身だ。命の危険が少しでも減るのなら、俺は男の格好をしてる方がいいと思ってる」

「……なんなのよ、その追われてる身ってのは……」


 こんなに小さいのに……と苦々しく呟いて、杏里は飛那姫の髪の毛を撫でた。

 態度も言葉も悪いけれど、この人は風漸と同じだ、と飛那姫は思った。人を思う優しい気持ちが、乱暴な言葉に隠されている。


「杏里さん、私の髪の毛を切ってくれませんか?」


 飛那姫は、まっすぐな目で杏里を見上げて、そう頼んだ。

 杏里がうっとうなって、ひるんだのが分かった。


「あ、あたしが……?」

「はい、お願いします」

「……いいのかい?」

「はい。あと……お礼になるかどうか分かりませんが、切った髪の毛は、杏里さんに差し上げます」

「え?」

「私の髪の毛、魔道具の原料になるらしいんです」


 城で美容師が切ってくれるときは、いつも専属の魔術士が側にいて、切られた髪の毛を持ち帰っていた。姫様の髪はとても良い原料になると言っていたのをよく覚えている。

 彼らは城では魔術士と呼ばれていたが、魔道具を作る技師という意味では町の魔道具士も一緒だ。きっと杏里の仕事にも役に立つ。


「確かに……」


 明るい茶の髪を一房手にとって、杏里はじっと考え込む。

 魔力と生命力にあふれた髪は、魔道具を動かすために必要となる核を作るのに最適と思われた。


「これは、ちょっと希少かも」

「ふふ、お店の棚に並びますか?」

「ああ、申し分ないよ。けど……」

「いいんです、また伸びますから」


 しぶる杏里に微笑んで、飛那姫はお願いします、と頼み込んだ。


 杏里は器用な手つきではさみを持ち、飛那姫の髪の毛を切ってくれた。

 シャキ、シャキと、いう音だけが部屋の中に響き、大事そうに木箱に詰められていく自分の髪の毛を、飛那姫はぼんやりと眺めていた。

 生まれてはじめて肩よりも上に髪の毛を切った。


「はい、終わったよ……」


 飛那姫は、軽くなった頭に驚いて首を振る。


「髪の毛って……重かったんですね」

「ショートカットは楽だよ」


 杏里は苦笑いでそう言うと、飛那姫の肩に落ちた髪の毛をブラシで綺麗に払った。そして持っていた手鏡を渡すと、「やるよ」とさっぱりした頭を撫でた。

 小さくて、花と鳥の装飾が可愛い手鏡だった。そこに映ったショートカットの少女は、遠目から見たら男の子に見えるだろうと思えた。


「……ありがとう」

「短くなってもかわいいね、飛那姫は」

「ヒナキ、カワイイ」


 そう褒める笹目の頭を、風漸がわしわしと手で撫でている。


「杏里、悪いが笹目を頼めないか?」

「……いいけど、連れて行かないのかい?」

「ああ」


 食料と水、それから魔道具を荷物に詰めて、さらに膨らんだリュックを杏里が呆れた顔で見やる。一体どれだけ抱えていくつもりなのかと。


「俺も子供に何が必要なのか、まだよく分からんからな。支払いはこれでいいか?」


 代金の紙幣をテーブルに置いた風漸に、杏里は首を振って答えた。


「金はいらない。もう十分もらった。この子の髪の毛……その札の30倍は価値があるよ」

「マジか?」

「ああ。それと、もう一つ荷物を忘れてる」


 そう言って目を丸くしている風漸に、杏里は小さい布袋を投げてよこした。

 風漸はそれを片手で受け取ると、じゃらりとした軽い感触に眉をひそめる。

 見覚えのない袋だったが、心当たりはあった。


「これは……?」

「昨日弦絡(げんらく)が来て預かった。あんたが置いていっちまったから、来たら渡しておいてくれって」

「弦絡が……」


 風漸は、腕の良い町医師の顔を思い出す。


「……必要なときに、使えってさ」

「……そうか」


 なんとなく重苦しい気配を察知して、飛那姫は2人の顔を交互に見つめた。

 少しの沈黙を破ったのは、笹目だった。


「フーザン、ゲンキ?」


 はっとして、風漸は顔をあげる。

 少しだけ寂しそうに笑って右肩に手を伸ばすと、可愛いねずみ色のオウムの頭をかき回した。


「ああ、ゲンキだ。お前も元気でな、笹目」

「ゲンキデナ!」


 そうして、風漸と飛那姫は杏里の家を出た。

 せめて食事くらいしていったらどうだと引き留められたが、自分たちには一刻の猶予もないからと、断った。


「何かあったら、連絡しなよ」


 別れ際にそう言った杏里の顔は、風漸のことを心底から心配していていた。

 それを見た飛那姫の心は少なからず痛んだ。

 風漸をここから連れ出す原因が自分にあるということを、杏里にも謝らなくてはいけない気持ちになる。

 結局、その言葉は口に出来なかったけれど。


(次に……ここに戻ってきた時には、言おう)


 季節は春に向かって、徐々に暖かさを取り戻してきている。

 時間は立ち止まることなく動いて、流れていく。

 大きな荷物を背負った風漸について歩きながら、飛那姫は心の中で2人と1羽に繰り返し、謝り続けていた。

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