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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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結果オーライ

「飛那ちゃん!!!」


 部屋に入ってくるなり、叫んでダイブしてきた美威を受け止めたら、勢いを殺せずベッドに転がった。

 おかしい。なんだかまだ体がグニャグニャしている。魔力を全身に行き渡らせないと、動ける気がしない。

 首にかじりつかれながら、私は相棒を抱きしめ返して背中をポンポン、と叩いてやった。


「良かった……! 本当に起きてる!! 起きてるよね?!」

「うん、目ぇ覚めた。もう大丈夫だから」

「もうダメかと思ったじゃない……! 起きてくるのが遅いよ! 遅すぎる!!」

「泣くなよ美威、顔が醜くなるだろ?」

「やっと起きてきたと思ったらそんなことしか言えないの?! 本当に心配したのに……馬鹿馬鹿馬鹿っ!!!」


 私の感覚としては、山頂で意識を失ってから、さほど経ってないんだけれど。

 号泣する美威を見て、一体どの位寝てたんだろうと、ちょっと不安になった。


「悪かったな」


 気のせいじゃなくやつれた顔してるし、どう見ても相当心配かけたみたいだ。

 謝ったら、座り直した美威はなんだか神妙な顔になった。


「ううん、悪かったのは私だよ……私、私ね……謝りたい」

「……うん?」

「あの時、手を止めちゃって……魔剣を壊せなくって、本当にごめん……謝って許されるようなことじゃないけど、ごめんね……」


 こぼれる涙を見ていたら、美威が負った心の傷の深さが分かるような気がした。

 多分、自分のせいで私が倒れたと思ってるんだな。そんな風に思わなくても良かったのに……私がしたいようにした結果に、お前がそんなに責任を感じなくたっていいのに。


「美威……お前が、人殺しにならなくて良かったよ」


 なんて言ってやったら楽になるか分からないけれど。私は「え?」と見返した美威の手を取った。


「この手が汚れなかったことに、私すごくほっとしてる。誰も死ななかったし、これで良かったんだ。結果オーライだよ」


 弁護してるわけじゃない。本心だった。

 美威は余計に鼻の頭を真っ赤にしてボロボロ涙をこぼした。


「馬鹿ね……そんな言い方」

「良いんだよ、私がそれで良いって言ってるんだから、もう気にすんな」


 ぐしゃぐしゃ乱暴に頭を撫でてやったら「もー!」と怒って、相棒は泣きながら笑った。

 ふと隣を見たら、美威が騒いでいるのに出遅れたのか、兄様がベッドの横で私を見下ろしたまま瞳を潤ませていた。


「兄様も……もういい大人なんですから、泣かないで下さい」


 兄様の背後に、ちらと視線を泳がせる。部屋の隅に立ってこちらを見ているアレクがいた。本当に良かったとその顔は言っていたけれど、身内の恥をさらしているようで私はいたたまれない。

 兄様にも大分心配をかけてしまったようで、それは申し訳ないと思ったけれど。


「無理。飛那姫が目覚めてくれて死ぬほどうれしいから、それは無理」


 兄様はきっぱりそう言ってのけた。

 うずうずしている兄様に気付いて、美威がベッドから降りると、入れ替わりに腰掛けた兄様が無言で両手を広げた。少し笑ってその首に腕を回したら、力いっぱい抱きしめられた。


「飛那姫……良かった、本当に良かった……!」

「兄様……」


 いい大人なんだからというより、大国の王がこんなんでいいんだろうか。

 私を大事にしてくれるのはうれしいけれど、これもちょっと先行き不安な案件だ。

 少しの間「良かった」を繰り返していた兄様は、名残惜しそうに私の体を離すと、目の前に一枚の封筒を取り出した。

 これって……私が置いていった、手紙?


「飛那姫が目覚めたら、これだけは言おうと思っていたんだ。もう二度と、こういうことはしないで」

「あ……ごめん、なさい……」


 一方的な別れの手紙に怒っている、というより本気で傷ついた目で訴えられて、私は素直にしゅんとなった。


「飛那姫に何かあったらどうしようと考えたら、この世の全てが闇夜に覆われた陰鬱なものにしか見えなくなったよ。自分が死に直面したときよりも遙かに恐ろしくて、このままでは気がおかしくなってしまうと思ったんだ」

「それは、少し言い過ぎなのでは……」


 あまりにも真剣に大げさなので、申し訳なく思いながらも私はそう返した。


「言い過ぎだって? ……飛那姫、いい? よく聞いて」

「はい?」

「僕はね、飛那姫が何よりも大切なんだ。ただ一人の家族だからじゃない。守らなければいけない妹だからでもない。飛那姫が生まれたあの日から、理由なんてなくとも飛那姫は僕にとってかけがえのない唯一の存在なんだ。それだけは絶対、忘れずに覚えておいて」

「……はい」


 もしかしたら、この自分以外の人間に依存する傾向は家系なのか……

 思わずそう考えてしまったことを見透かされたのかもしれない。兄様は微笑むと私の頭に手をおいて、いつものように撫でながら言った。


「この気持ちが依存でも執着でもかまわないよ。それもまた、ひとつの愛の形だと思うから、僕は誰にも遠慮なんてしない」


 当然とばかりに言い切った兄様の顔を、思わず穴の空くほど見つめてしまった。

 私が何年もかけてやっと分かりかけていたようなことを、あっさり言われてしまうとは。

 兄様は、やっぱりすごい。


「僕の言いたいことはそれだけ。さ、ひとまず医師の診察を受けてもらおうかな。大分長い間寝たきりだったから筋力だけでも相当弱ってるだろう? 少しずつリハビリを考えないとね」

「兄様、私一体どのくらい寝てたんですか?」

「32日間だよ」

「さ……え?! そんなに?!」


 そんなに長い間、意識が飛んでいたなんて思ってなかった。

 みんなの反応にも納得だ。


 そこで私はもうひとつ、大事なことを思い出した。


「兄様……ネモは? 彼はどうなりましたか?」


 私の質問に、兄様は少し困り顔で答えた。


「飛那姫と同じように魔法薬を投与してもらったから、もしかしたらそろそろ起きてくるかもね」


 良かった。ネモもちゃんと無事だった。


「起きてくるって、今どこにいるんですか?」

「離れの別塔だよ。目覚めたときに万が一暴れられたら困ると思って、隔離してあるんだ」


 そう説明すると、兄様は疲れたようなため息をついた。ネモを助けることは、私が考える以上に兄様にとって負担だったのかもしれない。


「ありがとうございます、兄様」


 色んな意味でお礼を言うと、兄様は仕方なさそうに笑って、もう一度私の頭を撫でた。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


 飛那ちゃんが目覚めた次の日、ネモも同じように起きてきた。

 レブラスの魔法薬がどう効いたのか分からなかったけれど……目覚めた報せを受けた飛那ちゃんについて、私は彼がいる部屋に向かった。


 離れの塔にある部屋は牢屋とかではなく、ごく普通の造りの部屋だった。蒼嵐さんをはじめ、護衛の騎士や医師が同行しているから、なんだか物々しい雰囲気だ。

 ベッドの中のネモに、飛那ちゃんは話しかけた。


「……私が、分かるか?」

「……いいえ」


 心ここにあらずといった表情で、ネモは答えた。


「何を覚えている?」

「……何も」

「……名前は?」

「……十希和」


 トキワ、と飛那ちゃんが口の中で繰り返した。

 ネモじゃないのね……元の名前なんだろうか。


「お前の……父親と母親のことは、覚えているか?」

「うん……夢で会ったから、なんとなく知ってる。でも、もういないんでしょ?」

「ああ、もういない……な」


 ネモはわずかに両親のことを覚えている以外、全ての記憶を無くしていた。

 自分がどう育ってきたのかも。魔剣を手にした後のことも。


 医師が診察している間、私と飛那ちゃんは後ろに下がって二人で話をした。

 私が見たネモの辛い過去について説明すると、飛那ちゃんは「そうか、実は私も」と言って、おそらくネモの両親だろう人を見たと言う事を教えてくれた。


「私も……魔法剣を取り込んだ最初の頃に、神楽の剣気に引きずられたことがあるんだ。だから、あんな狂気に取り込まれてしまったら、自分が無くなってしまうのは、分かる」


 ぽつりと、飛那ちゃんが言った。


「剣に意識が引きずられた時は、人を斬るのになんの抵抗もなかった。なにも感じなかったんだ。師匠に止められるまで、兵士を何人殺したか、正確な数さえ覚えていない……最悪だろ?」


 どこか、懺悔の響きが混じった告白だった。


「あの時の私は、私だけど、私じゃなかった。でも、命を奪ったことは記憶に残っているし、今でも取り返しがつかないことをしたと悔いている。だから、もしあいつが何も覚えていないのなら……元の人格のままでこれから先を生きていけるのなら、その手で人を殺めたことは、思い出さない方がいいと思う。元のあいつはきっと、寂しかっただけなんじゃないか。そう思うから……」


 それが飛那ちゃんの結論だった。

 魔性が去ったのなら、何も知らせずに、普通に、未来を生きていけるように。


「私が……面倒見るわ」


 思わず、そんな言葉が口から出ていた。

 何が最善なのかは分からなかった。覚えていないなら許していいとか、そんな簡単な話じゃない。

 でも、私は自分の一生をかけて、この子がどう生きていくのかを、見届ける義務がある。

 そんな風に感じた。


「本気か?」

「うん。そうさせて……私が、そうしたいのよ。それに、万が一この子が暴走した時に止められるの、私や飛那ちゃんくらいしかいないでしょ?」

「……そうだな」


 今のネモからは、悪意や殺気といった禍々しいものが何も感じられなかった。

 純粋に透き通った魂が、今生まれたかのように光っていた。


十希和(ときわ)……いい名前じゃない?」


 きっと、その名前には込められた意味がある。

 この少年は、今この時からその名で生きるように生まれ落ちたんだ。

 目覚める前と明らかに変わった、静かな黒い瞳を見て、私はそう思った。

魔剣の少年を生かす道を選んだ飛那姫と美威。


残すところあと○話です。

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