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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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後悔しかない

 飛那ちゃんとはまた違った意味で、私は自分を強いと思っている。

 人は人、自分は自分だ。誰の価値観でもなく、自分が正しいと思ったことをすればいい。

 自分の意思を曲げて為したことでなければ、それがダメだった時にあきらめもつくし、立ち直ることだって出来る。

 強気にポジティブ、前向きに呑気。そうやって生きることを覚えてきた。


 でも今はいつもと違って、到底そんな気分にはなれない。気を抜くと、言葉を発することすら出来なくなりそうだった。

 取り返しの付かない失敗をしてしまった責任を、どう取っていいのかすら分からない。


 私はベッドの上に力なく落ちている、透き通ってしまいそうなほど白い腕を見ていた。

 左手にしていたはずのバングルが、白銀の光を失っている。強い護りの魔法が込められた魔道具だったはずだ。

 飛那ちゃんは、これを使ったんだろうか。それで、命をつなぎ止めたんだろうか。


 医師や侍女達がバタバタと走り回っていた喧噪は一旦落ち着いて、私はベッドの足下に置かれた椅子に腰掛けていた。

 汚れた服を着替えるようにと、声をかけてくれた侍女に「大丈夫」と言って、出された飲み物を断って、全部に「ごめんなさい」と言い続けた結果、腫れ物に触るような扱いをされるようになってしまった。まあ、それでもいいんだけれど。


 顔も体も全部綺麗にしてもらったから、今にも起きてくるんじゃないかと思うほどの普通さで、飛那ちゃんは眠っている。

 蒼嵐さんは城に帰ってくるなり、このベッドの四隅に医療用の魔道具を設置して、魔力を安定させるための空間を創り上げた。

 横たわる飛那ちゃんは、四角い透明なケースの中に飾られているようで、何かの芸術品みたいにも見えた。


 時を止める魔法は解除されている。これは魔力だけを回復させるための装置で、意識がない間は肉体の時間が緩やかに流れるようになっているらしい。しばらくの間は、食べ物も飲み物もほぼいらないって話だけれど……

 それでも、早く起きてきて欲しい。

 目を開けない端正な顔は、見ていると泣きたくなった。


「美威さん。もう大丈夫だから休んだ方がいい。君まで倒れてしまうよ」


 ぼうっとしていた私は、部屋に戻ってきた蒼嵐さんの声に顔を上げた。


「……ここに、いちゃダメですか?」

「いるのは構わないけれど、ちゃんと着替えて、温かい食事をとって、後でちゃんと体を休めることが条件かな」


 そう言う蒼嵐さんの後ろに、申し訳なさそうな顔をした侍女が一人立っていた。

 全部断ったの、言いつけられたらしい。


「すみません、何にもしたくなくて……」

「ベッドに張り付いている美威さんが具合を悪くしたら、飛那姫が起きてきた時に怒られるのはきっと僕だよ。一通り用意するから、ひとまず僕の言うとおりにしてもらえると助かるな」

「……分かりました。すみません」


 ただでさえ大変な時に、私のことまで心配をかける訳にはいかない。

 そう答えると、蒼嵐さんは少しだけほっとした顔で、侍女に客室の用意をするように言ってくれた。


「あとね、ネモだけど、念の為に暴れられないようにした上で、飛那姫と同様の措置を取ってある。心配いらないから……でも、あの少年を助けるのは、ちょっと複雑だね」

「ええ……そう、ですよね。でも、飛那ちゃんがネモを生かすことを望んだので」

「うん、分かっているよ。ありがとう、美威さん」


 返されたお礼の言葉に、心が痛んだ。

 私は何もしていない。それどころか、飛那ちゃんがこんな状態になったのは私のせいなのに。


「蒼嵐さん、私謝らなきゃいけないんです……」

「……僕にかい?」

「はい」


 この人にとって何よりも大切だろう妹を、こうして命の危険にさらすことになった原因は、疑いようもなく私にある。


「戦いを、勝利に向かわせる局面で……私が失敗したんです。飛那ちゃんがこうなったのは、私のせいで……本当に、ごめんなさい……」

「僕に、責めて欲しいのかな、美威さんは。だとしたら、期待には沿えない」


 蒼嵐さんは少しも迷うことなく、そう告げた。


「美威さんは一人で戦おうとしていた飛那姫に気付いて、ついて行ってくれたじゃないか。僕なんか、それすらも出来なかったんだから」

「でも私、一番大事なことを間違えたんです! 分かっていたはずなのに、うまく出来なかったんです……」


 膝の上で握りしめた手が、震えた。

 どうして、間違えてしまったんだろう。こうなってしまった今、後悔しか浮かんでこない。


「全部うまく出来ることなんて、それ程多くないんだよ。失敗したり、間違いを正せなかったり、どちらかと言うと、生きていく上ではそういうものに出くわすことの方が多いのだと思う」

「……蒼嵐さんでも?」


 もちろん、と彼は答えた。


「そうした失敗があって、その先の成功や楽しいことがまた、尊いと思えるんだ」

「……」

「母様の受け売りなんだけれどね。僕は、そう思うよ」


 穏やかな笑顔と一緒に告げられた内容は、少しも私を責めていなかった。

 優しい人だと思った。

 この人は、本当に飛那ちゃんのお兄さんなんだな。


「飛那姫は大丈夫。これでダメになってしまうような弱い子じゃないよ。僕は……信じてるから」

「……はい」


 用意が整ったらしく、私はひとまず客室に案内されることになった。

 先ほどの侍女が「どうぞこちらへ」と笑顔で促してくれた。お礼を言って立ち上がると、開けられた大きな扉をくぐる。

 部屋の出口で飛那ちゃんの寝ているベッドを振り返ったら、閉じていく扉の向こうにベッド脇に膝を突いた蒼嵐さんが見えた。


「飛那姫……」


 辛そうに絞り出された声が、耳に残った。

それぞれの思惑を胸に。飛那姫はとりあえず冬眠状態に入りました。


更新、遅くなりました。お待ちいただきましてありがとうございます。

今回は文字数が少ないですね。多い時の半分くらい?


次回、「親友」。早ければ明日の更新で。

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