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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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救出

「ありました! 見つけました!」


 一枚の破れた紙を手に、兵士の一人が駆け寄ってくる。

 僕も振り向きざま、確認に走った。

 発信器の地図を頼りに、この霊山までやって来た。近くに妹がいることは分かっているのに、地脈から発せられる気が強すぎてうまく探知出来ない。

 手分けして周囲を捜索していたのだけれど……


「間違いないね、飛那姫の持っていった地図だ」


 一部が破れて汚れていたけれど、僕の作った魔道具に違いなかった。

 これがここに落ちているというのは、どういうことなんだろう。


「この霊山にいるのは確かみたいだね……でも、こんなに地脈の気が強いと、特定の場所まで気配を追うのは難しい……しらみつぶしに探すにしても広すぎる」

「どうなさいますか?」


 余戸が、厳しい顔で尋ねてきた。

 戦闘の音は聞こえてこない。中腹のここから、どう探せば効率が良いのか……


「半数はこのまま山道を捜索しながら上へ。僕らは逆に霧の少ない山頂から韋駄天で乗り込んで、下る道を進もう」

「御意」



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 肌寒さを感じて、目が覚めた。

 胸の上に何かがのしかかっていた。息苦しくて重い何かが。


 なんだろう、この重量は……そう考えたのと同時にズキン、と火傷にも似た痛みが走った。


「……っ!」


 痛んだ胸を押さえようと手を伸ばしたら、柔らかい感触が触れた。

 折り重なるように私の上に倒れている体を見て、すっかり目が覚める。


「……っ飛那ちゃん!」


 痛いけど、痛いなんて言っている場合じゃない。無理矢理上半身を起こすと、彼女の頭を抱え上げた。

 閉じられた目を見て、白すぎる首筋に手を添える。浅くて弱い呼吸を感じた。

 生きてる。生きてるけど、ひどい状態だ。


 すぐ傍らにネモも倒れていた。二人とも剣を握っていない。

 この状況が何を意味するのか、分かってしまった。

 飛那ちゃんは、当初の予定を実行してしまったんだ。


「飛那ちゃん……ごめん……! ごめんね……!」


 持てる魔力を振り絞って、その体に回復魔法をかける。

 いつもの生命力に溢れた、彼女がまとうオーラは影を潜めていた。

 外傷だけの問題じゃないのが分かった。傷を癒やしたところで、意味が無いかもしれない。


(私のせいだ……)


 優先すべきものが何か、分かっていたはずなのに。攻撃の手を止めてしまったのは、私だ。

 彼女がもしここで死んでしまうようなら、私も死んでいい。

 自分を呪うような気持ちで、血の飛んだ白い頬に触れた。


「飛那ちゃん……死んじゃ嫌だよぅ……」


 まぶたがぴくりと、かすかに動いた。


「……美、威……?」


 かすれた声に、我に返った。


「飛那ちゃん……! 私だよ! 分かる?! しっかりして!」

「良かっ……お前、無事か……」


 こんな時なのに、私よりよっぽどひどい状態のくせに、どうしてそんな台詞しか吐けないのか。


「どこか痛いとこない?! 私……私……」

「美威……ネモを、殺さないで……魔剣はもう、ないから……」


 呼吸も荒く続けた言葉は、また自分以外を心配する言葉だった。

 今は人のことより、自分のことを考えなくちゃいけないはずなのに。

 本当にこの人は、死にかけていてもぶれないのか。


「分かった。分かったよ……! 私、あと何すれば良い?! 何が出来る?!」

「うん……じゃあ……ちょっとだけ、寝かせて……」

「飛那ちゃん?」


 そう言った飛那ちゃんの、半分開いていた目がまた閉じられた。

 綺麗な薄茶の色が見えなくなってしまったことに、焦りが沸き上がってくる。


「すぐ、起きるから……」

「っ飛那ちゃん! 飛那ちゃん?!」


 私よりずっと冷たくなった体から、完全に力が抜けた。

 ずしりとした重みに、取り返しの付かない未来を想像してしまう。


 どうしよう、どうやって助けたらいい?

 ここから……こんな大山の山頂から、どうやって……


 左の肩口から胸にかけて刻まれた傷が、ズキンズキンと熱を持ってうずいた。

 自分では癒やせないこの傷を抱えて、飛那ちゃんを連れて、山を下りれるのか。

 ネモの存在もある。

 殺すなと、魔剣は消えたからと言ったけれど、この少年も飛那ちゃん同様、命が危ないのじゃないだろうか。


「誰か……飛那ちゃんを助けて……」


 泣いている場合じゃない。何とかしなきゃ。

 でも、どう動いたらいいのかすら分からない。

 綺麗な薄茶の髪をかき抱いて、祈るように天を仰いだ。


(神様でも誰でもいい……! 飛那ちゃんを助けて……!)


 その時、青い空を流れる雲の中に、何か変なものが見えた気がした。

 ぼんやりと焦点を合わせたら、それは段々と大きくなってくるように思えた。


 こちらに、近付いてくるみたいだ。

 あれは茶色い、馬車……?

 夢でも見てるんだろうか。

 馬車が空を飛ぶなんて、おかしい。


 ゆっくりと降下してくる馬車から、人影が飛び降りたように見えた。

 飛那ちゃんじゃあるまいし、その高さから人が飛び降りるのも、絶対におかしい。


「飛那姫ーっ!!」


 それが誰かなんて、声を聞かなくても分かった。

 どうしてここに、とか、そんなことどうでもいい。


「……蒼嵐さーん!! ここです……ここにいますーっ!!」


 ありったけの声で答えた。

 すぐ眼前に浮遊呪文で降り立った、今一番頼れる人物を、私は泣きたい気持ちで見上げた。


「飛那姫! 美威さん! やっと見つけた……!」


 焦燥感と、安堵が入り交じったような複雑な表情で走り寄ってくると、蒼嵐さんは地面に膝を突いた。


「飛那姫……?!」

「蒼嵐さん! 飛那ちゃんを……飛那ちゃんを助けてください……! 傷は治したけど、ダメなんです……! このままじゃ、飛那ちゃんが壊れちゃう!」

「壊れる? 一体何があったんだい……?」


 私の手から自分の腕の中に飛那ちゃんの体を抱え直すと、蒼嵐さんは苦く呟いた。


「魔力が、ほとんど感じられない……いや、消えてしまいそうだ。これは城に戻らないと、治療出来ない。急ごう!」


 言うなり、蒼嵐さんは私もよく知っている、いわく付きの呪文を口にした。


時の歯車(ツアーンラート)


 張り詰めた空気が触れて、飛那ちゃんの時間が歪められたのが分かった。

 時を止める、古代魔法。


 倒れているネモをちらりと見ると、蒼嵐さんは深いため息をついた。


「よく頑張ったね、美威さん。もう大丈夫だから」


 優しい声に、今度こそ全身の力が抜けた。

 私の傷に気が付いた蒼嵐さんが、背後の馬車から降りてきた魔法士に向けて、癒やすよう指示を出しているのを、ぼんやりと眺める。


 私は、お礼を言われるようなことは、出来ていない。

 お礼どころか、むしろ……


「違……違うんです。私……うまく出来なくて」

「美威さん?」

「ごめんなさい、蒼嵐さん……」


 飛那ちゃんが目覚めたら、一番に謝らなきゃ。

 あんなに大口叩いてついてきたのに、失敗してゴメンって。


 そう、謝るんだ。

 彼女が目覚めたら……

似ていないようで、似ている兄妹。


次回、城に戻ります。短くなるか、長くなるか……

明日更新出来なかったら、明後日になります。

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