救出
「ありました! 見つけました!」
一枚の破れた紙を手に、兵士の一人が駆け寄ってくる。
僕も振り向きざま、確認に走った。
発信器の地図を頼りに、この霊山までやって来た。近くに妹がいることは分かっているのに、地脈から発せられる気が強すぎてうまく探知出来ない。
手分けして周囲を捜索していたのだけれど……
「間違いないね、飛那姫の持っていった地図だ」
一部が破れて汚れていたけれど、僕の作った魔道具に違いなかった。
これがここに落ちているというのは、どういうことなんだろう。
「この霊山にいるのは確かみたいだね……でも、こんなに地脈の気が強いと、特定の場所まで気配を追うのは難しい……しらみつぶしに探すにしても広すぎる」
「どうなさいますか?」
余戸が、厳しい顔で尋ねてきた。
戦闘の音は聞こえてこない。中腹のここから、どう探せば効率が良いのか……
「半数はこのまま山道を捜索しながら上へ。僕らは逆に霧の少ない山頂から韋駄天で乗り込んで、下る道を進もう」
「御意」
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肌寒さを感じて、目が覚めた。
胸の上に何かがのしかかっていた。息苦しくて重い何かが。
なんだろう、この重量は……そう考えたのと同時にズキン、と火傷にも似た痛みが走った。
「……っ!」
痛んだ胸を押さえようと手を伸ばしたら、柔らかい感触が触れた。
折り重なるように私の上に倒れている体を見て、すっかり目が覚める。
「……っ飛那ちゃん!」
痛いけど、痛いなんて言っている場合じゃない。無理矢理上半身を起こすと、彼女の頭を抱え上げた。
閉じられた目を見て、白すぎる首筋に手を添える。浅くて弱い呼吸を感じた。
生きてる。生きてるけど、ひどい状態だ。
すぐ傍らにネモも倒れていた。二人とも剣を握っていない。
この状況が何を意味するのか、分かってしまった。
飛那ちゃんは、当初の予定を実行してしまったんだ。
「飛那ちゃん……ごめん……! ごめんね……!」
持てる魔力を振り絞って、その体に回復魔法をかける。
いつもの生命力に溢れた、彼女がまとうオーラは影を潜めていた。
外傷だけの問題じゃないのが分かった。傷を癒やしたところで、意味が無いかもしれない。
(私のせいだ……)
優先すべきものが何か、分かっていたはずなのに。攻撃の手を止めてしまったのは、私だ。
彼女がもしここで死んでしまうようなら、私も死んでいい。
自分を呪うような気持ちで、血の飛んだ白い頬に触れた。
「飛那ちゃん……死んじゃ嫌だよぅ……」
まぶたがぴくりと、かすかに動いた。
「……美、威……?」
かすれた声に、我に返った。
「飛那ちゃん……! 私だよ! 分かる?! しっかりして!」
「良かっ……お前、無事か……」
こんな時なのに、私よりよっぽどひどい状態のくせに、どうしてそんな台詞しか吐けないのか。
「どこか痛いとこない?! 私……私……」
「美威……ネモを、殺さないで……魔剣はもう、ないから……」
呼吸も荒く続けた言葉は、また自分以外を心配する言葉だった。
今は人のことより、自分のことを考えなくちゃいけないはずなのに。
本当にこの人は、死にかけていてもぶれないのか。
「分かった。分かったよ……! 私、あと何すれば良い?! 何が出来る?!」
「うん……じゃあ……ちょっとだけ、寝かせて……」
「飛那ちゃん?」
そう言った飛那ちゃんの、半分開いていた目がまた閉じられた。
綺麗な薄茶の色が見えなくなってしまったことに、焦りが沸き上がってくる。
「すぐ、起きるから……」
「っ飛那ちゃん! 飛那ちゃん?!」
私よりずっと冷たくなった体から、完全に力が抜けた。
ずしりとした重みに、取り返しの付かない未来を想像してしまう。
どうしよう、どうやって助けたらいい?
ここから……こんな大山の山頂から、どうやって……
左の肩口から胸にかけて刻まれた傷が、ズキンズキンと熱を持ってうずいた。
自分では癒やせないこの傷を抱えて、飛那ちゃんを連れて、山を下りれるのか。
ネモの存在もある。
殺すなと、魔剣は消えたからと言ったけれど、この少年も飛那ちゃん同様、命が危ないのじゃないだろうか。
「誰か……飛那ちゃんを助けて……」
泣いている場合じゃない。何とかしなきゃ。
でも、どう動いたらいいのかすら分からない。
綺麗な薄茶の髪をかき抱いて、祈るように天を仰いだ。
(神様でも誰でもいい……! 飛那ちゃんを助けて……!)
その時、青い空を流れる雲の中に、何か変なものが見えた気がした。
ぼんやりと焦点を合わせたら、それは段々と大きくなってくるように思えた。
こちらに、近付いてくるみたいだ。
あれは茶色い、馬車……?
夢でも見てるんだろうか。
馬車が空を飛ぶなんて、おかしい。
ゆっくりと降下してくる馬車から、人影が飛び降りたように見えた。
飛那ちゃんじゃあるまいし、その高さから人が飛び降りるのも、絶対におかしい。
「飛那姫ーっ!!」
それが誰かなんて、声を聞かなくても分かった。
どうしてここに、とか、そんなことどうでもいい。
「……蒼嵐さーん!! ここです……ここにいますーっ!!」
ありったけの声で答えた。
すぐ眼前に浮遊呪文で降り立った、今一番頼れる人物を、私は泣きたい気持ちで見上げた。
「飛那姫! 美威さん! やっと見つけた……!」
焦燥感と、安堵が入り交じったような複雑な表情で走り寄ってくると、蒼嵐さんは地面に膝を突いた。
「飛那姫……?!」
「蒼嵐さん! 飛那ちゃんを……飛那ちゃんを助けてください……! 傷は治したけど、ダメなんです……! このままじゃ、飛那ちゃんが壊れちゃう!」
「壊れる? 一体何があったんだい……?」
私の手から自分の腕の中に飛那ちゃんの体を抱え直すと、蒼嵐さんは苦く呟いた。
「魔力が、ほとんど感じられない……いや、消えてしまいそうだ。これは城に戻らないと、治療出来ない。急ごう!」
言うなり、蒼嵐さんは私もよく知っている、いわく付きの呪文を口にした。
「時の歯車」
張り詰めた空気が触れて、飛那ちゃんの時間が歪められたのが分かった。
時を止める、古代魔法。
倒れているネモをちらりと見ると、蒼嵐さんは深いため息をついた。
「よく頑張ったね、美威さん。もう大丈夫だから」
優しい声に、今度こそ全身の力が抜けた。
私の傷に気が付いた蒼嵐さんが、背後の馬車から降りてきた魔法士に向けて、癒やすよう指示を出しているのを、ぼんやりと眺める。
私は、お礼を言われるようなことは、出来ていない。
お礼どころか、むしろ……
「違……違うんです。私……うまく出来なくて」
「美威さん?」
「ごめんなさい、蒼嵐さん……」
飛那ちゃんが目覚めたら、一番に謝らなきゃ。
あんなに大口叩いてついてきたのに、失敗してゴメンって。
そう、謝るんだ。
彼女が目覚めたら……
似ていないようで、似ている兄妹。
次回、城に戻ります。短くなるか、長くなるか……
明日更新出来なかったら、明後日になります。




