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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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邂逅

 嵐が来る。

 あまりにも静かなこの空間に、ひどく不似合いなそんな予感。

 それは崩壊の兆しだった。


「……どこだ?」


 呟いた声が、ぼやんと耳の奥に反響した。

 水の中みたいに、音の伝わり方がおかしい。そういえば、足元も不安定すぎる。

 見上げたら、紫がかった赤とも黒ともつかない天が広がっていた。


 子供の頃、涙越しに仰いだ空の色と似ている。

 寂しくて冷たい、星のない闇色。


 沈みきってしまった太陽は、もう姿を現さないと思っていた。

 そう信じながら一人眠りについて、そのまま目覚めないことを願っていた。


 時間は残酷で、優しい。

 あの時の私に、今の私は想像すら出来なかったろう。

 たくさんの大切なものをまた手にして、誰かに愛されるようになるなんて。


 そんなことを振り返れるくらいには、意識がはっきりしていた。

 私は死んだのだろうか。ここはいわゆるあの世というやつか。

 足下を見たら、どこまでも続く黒が、見えない闇の底にまで続いているのが分かった。


「ここは……いつもの……?」


 高熱にうなされた時に現れる、あの夢の世界だ。

 気だるい気持ち悪さは薄かった。鐘の音もないから気付かなかった。

 それに今日は金縛りから解放されたように体が動く。声も出る。

 更に違うのは、目の前に、青い光と黒い光が融合してうごめいていること。


 神楽と、煉獄か……


 ふと視線を投げると、少し先に黒髪の少年が倒れていた。


「……ネモ」


 仰向けに閉じられた瞳が、呼びかけに開くことはない。

 顔と、胸の中心にヒビのような亀裂が入っているのが見てとれた。

 体にヒビが入るなんて、おかしなこともあるものだ。

 ふと思い当たって目を落とすと、自分の胸元にも同様の亀裂があった。


(ああ、そうか……やっぱり、壊れるんだな)


 一度魂と結びついたものを、無理矢理に引きはがした代償は大きい。

 ピキピキッと細かい音を立てて、光を無くした胸元にヒビが広がっていく。

 崩壊の時が目の前に迫っている。それを、肌で感じた。


「……?」


 倒れたままのネモの側に、誰かがいた。黙って立つ、若い女の人。

 すっと膝をかがめたのが見えた。

 それとその後ろに……妖精族だろうか。耳の長い男だった。

 跪いた女性が、ネモの額に触れている。髪をそっと撫でる仕草に、愛おしさが滲み出ていた。

 女の人の肩に手を置いて、男もネモの顔を見下ろしていた。

 二人とも私と視線を合わせることなく、ただ大切そうにネモを見下ろしている。


(誰だ……?)


 ふいに、私の右肩にも誰かの手が置かれた。

 その白く綺麗な手を見て、ゆっくりと振り返ったら、優しく微笑んだ茶の瞳と目があった。


「母様……」


 父様もいた。

 師匠も立っていた。

 その後ろには令蘭がいる。

 礼峰様、賢唱様。仲の良かった庭師のおじさん、料理長、精鋭隊のみんな。

 先生。


 ここが夢だからか。それとも、あの世だからか。

 たくさんの、もういないはずの人達。

 それを目にしても、感情がうまく動かない。


「迎えに、来てくれたの……?」


 それだけ思った。

 私すごい方向音痴だから、迷わないで逝けるようにって、みんなが心配して迎えに来てくれたのかもしれない。


「母様」


 手を伸ばしてその体に触れようとしたら、母様は音もなく引いて離れた。

 みんな優しい目で私を見ているのに、誰も手を伸ばしてはくれなかった。


「こちらでは、ないでしょう? 飛那姫」


 母様の声だった。

 懐かしい、愛しい人の声。


「手を伸ばす方が、違うでしょう? 間違えてはだめよ」

「間違え……?」

「……私達を追ってはいけないのよ。大丈夫、ちゃんと見ているから。あなたは、あなたを待っている人のところへ、帰りなさい」

「母様っ?! 父様!」


 有無を言わさない決別の気配を感じて、叫んだ。

 なおも手を伸ばそうとした瞬間、自分の左手首から白い光がほとばしった。

 この温かい光には、覚えがある。


(……回復、魔法?)


 光に照らされたみんなの姿はかき消え、全てを癒やすような心地よい光が、闇を消し去る強さで溢れていく。


 闇から浮いた光の中に、綺麗な長い髪の女性が立っているのが見えた。

 母様じゃない。突然に現れたこの人を、私は知らない。


 透き通った白い肌と、絹のようになびいて光る銀髪。

 濃く深い緑の目で、静かにこちらを見ている。

 知らない人だけれど、この瞳と同じ色を持つ人を、私は知っていた。


「……お母様の仰る通りです。私が癒やしますから、戻りなさい」


 澄き通る、玲瓏(れいろう)とした声で、そう伝えられる。


「戻る……?」


 どこへ?


「あなたはまだ、生きなくては……この深淵とともに朽ちてはいけません」

「深淵? ここはどこなんだ?」


 思わず聞き返した。

 この人は、その答えを知っていそうな気がした。


「ここは本来人の身に宿ることのない、深き命の淵……あなたと、あの少年の魂の居場所です」

「死後の世界、ってことか?」

「いいえ……けれど魂のいる場所、という意味ではそうなのかもしれませんね。底の知れない深淵を有する者は、魔力を無尽蔵に溜めていく魔剣にとって、最適な器だったのでしょう……あなたの聖剣にとっても」

「魔剣と、神楽にとって最適……?」


 その言葉を全て理解するのは難しかった。

 ただ、女性の背後にある青と黒の光が、先ほどよりも小さくなっているのが分かった。

 消えかけているのだ。


「さあ、もう戻りなさい……あなたはこれから、あなたの大切な人の、(のぞ)みを叶えるのでしょう?」


 祈りを捧げるような、美しい言霊はすんなり私の胸に入ってきた。

 希みを、叶えるために……戻る。

 ああ、そうか。誰も、私も、死んだらダメなんだったか。

 そう思い出して、倒れたままのネモを振り返った。


「あいつも、助けられないかな……」

「私に出来ることは限られています。助ける対象が2人になれば治癒の力が半減して、あなたが助かる確率が減ってしまいますよ……」

「それでもいい! ネモも一緒にここから出して、戻してやりたいんだ……私が壊したかったのは、魔剣で、あいつじゃないから……っ」


 だって、見て知ってしまったから。

 ネモのことを、大切に想う人の存在を。

 あの二人のためにも、あいつはまだ死んじゃいけない。


「……分かりました……あなた方2人を、癒やしましょう」

「ありがとう……あの、あなたは……」


 私の問いを最後まで待つことなく、女性は清廉な笑みを浮かべた。

 柔らかく広げられた両手から、光の粉がこぼれる。


息子(アレク)を……どうかよろしくね」


 その言葉に目を瞠った瞬間、視界は陽炎のように揺らいだ。

 花のような、甘い香りがしたのが一瞬。

 深淵の闇から切り離されて、私の意識は光とともに浮上していった。

邂逅……海溝……開講……開口……改稿……

同じ音でありながら、異なる言葉。多すぎる(まだある)。


次回、明日更新予定です(暗い部分をさっさと終わらせたい)。

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