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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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最後の選択

 横殴りの突風にあおられて、私の感覚は急速に現実へと引き戻された。

 開けていく視界に、自分の手が握っているものを思い出す。


 魔剣からの抵抗が、無効化されているのを感じた。

 流しっぱなしの魔力の先に、魔道具としての本質である「核」が触れるのが分かった。


 同調して、完全につながったのだ。

 今ここで、この無防備な「核」に向けて真逆の魔法属性成分(エレメント)を浴びせれば、間違いなく魔剣の機能を停止させて、破壊することが出来る。

 全てを、終わらせることが出来る。


 そうすればネモはきっと、死ぬのだろう。

 魂と結びついた半身を消せば、きっと彼も。


(……嫌だ)


 今し方見た幻影のような、ネモの記憶が脳裏をよぎった。

 殺すのは、嫌だ。

 だって、あれは私じゃないか。

 理不尽に耐えて、泣くことも忘れた子供の頃の私と、この子は同じだったのに。


 知ってしまったら、この子だけ死んで、私は生き延びて幸せになんて、そんなこと、願えはしない。


「……出来ないよ……」


 そう結論を出すまでに1秒もかからなかった。

 怒りと絶望の淵をのぞき込んだような、ネモの黒い瞳と目が合った。

 もう、それを怖いとは思わなかった。哀れみたくはないのに、ただ悲しくて憎めない。

 その首筋から、神楽の刃がわずかに離れた気がした。


 腕を振り払われたのも、一瞬のこと。

 視界の隅に、黒い刃が赤い軌跡を残しながら引き抜かれるのが見えた。

 衝撃が、走った。


「……あ」


 斬り裂かれた胸の痛みを感じる前に、水平が揺らいだ。

 ネモの顔が遠のいていく。


「っ美威……!」


 私よりも先に後ろへ倒れ込んだろう飛那ちゃんの、呼ぶ声が聞こえた気がした。

 そこでやっと、自分が何をしてしまったのか、理解出来た。

 取り返しのつかないことを。


 薄れゆく意識の中で口にしたのは、彼女への謝罪だった。


「……ごめ……ん」


 自由を取り戻した黒い剣を、ネモが頭上に掲げるのが見えた。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 時間にして数秒。

 美威が、攻撃の糸口を掴んだのが分かった。

 魔剣の核に攻撃可能なところにまで同調した魔力が、私にも伝わってきた。

 あとは、光魔法をたたき込めば、全てが終わる。


 それなのに、美威は目を見開いたまま、ぼんやりとネモの顔を見ていた。


「出来ないよ」


 美威の口から、そんな呟きがもれた気がした。

 耳を疑った。理解できないまま、わずかに、神楽を握る手から力が抜けた。

 ネモはその隙を見逃さなかった。


 一気に引き抜かれた鋭い刃の痛みが、全身をバラバラに焼き尽くす勢いで襲いかかる。

 足には力が入らない。後ろに倒れ込みながら、本能的に残った魔力を止血のため傷口に回した。


 見上げた先で、鋭利な軌跡が黒く、弧を描いて走った。

 頬に降りかかった温かい飛沫を、理解するのが一瞬遅れた。

 

 ……なんで。


 繋がったと思ったのに、なんでその瞬間に手を止めたのか。

 どうして、出来ないだなんて。

 こんなのは、聞いていない。


「っ美威……!」


 仰向けに倒れ込む体に無我夢中で手を伸ばし、地面にぶつかる寸前で受け止めた。

 根元に傷を負った左腕よりも、心の方がちぎれてしまいそうだった。

 美威の胸元を染めていく赤色と、自分のものに加わった濃い鉄の臭いが、脳の感覚を麻痺させていく。


 違う。

 こんな悪夢を見るために、連れてきたのじゃない。


 眼前で、美威を襲った悪意の刃が再び振り下ろされるのが見えた。

 渾身の力をこめて神楽で受けると、衝撃を噛み殺した。

 どれほどに切り結んでもこぼれることのない刃が、ギリギリと擦れて不快な音を立てる。


「っ威……美威……!」


 左腕に抱えた重みから、恐怖が伝わってくる。

 間に合うのか、致命傷なのか、判断すらつかない。

 もう私にも、十分に戦うだけの魔力が残されていないのに。

 このままでは……二人とも、殺られる。


(させない……それだけは、絶対に……!)


 するべきことが理解出来たら、頭の芯はすぅっと冴えていった。


「……ごめんな」


 やっぱり、一人で来るべきだった。

 何に変えても守ると、誓ったはずなのに。


 神楽から聞き慣れない、キイィィィン……という音が聞こえてきた。

 何かが高速で回っているような、耳障りな、高周波。

 はじめは小さく、段々と強く、大きくなっていく共鳴音。

 試したことはない。だが、やり方は知っている。


「お姉さん……何をする気?」


 そう尋ねたネモの顔に、いつもの笑みや余裕はなかった。


「分かってるんじゃ、ないのか? お前には……」


 逃れようとしたのか、上から押し付ける力が抜けた。

 だが、ネモが引こうとした魔剣は、まるで磁石のように神楽について離れなくなっていた。


「神楽と煉獄は、同じものに、なるんだよ……」

「同じ、もの……?」


 失血のせいか、視界が霞むのを感じた。


(もう少し……もう少しだけ耐えろ、私の体)


 私が何をしようとしているのか、理解出来たのだろう。

 ネモは「そんなの、おかしい」と呟いたように見えた。


「やめよう……お姉さん。そんなことしなくても、一緒にはいられるよ」

「悪いな……一緒にはいられないけど、一緒に、逝くことは出来るから、勘弁な」


 同化して、消滅。

 私が神楽に与えたプログラムは、それだけだ。


「待って!」

「……断る」


 双頭の竜が首を絡め合うように、切り結んだままの神楽の青が、魔剣の黒と溶けた。

 重なり合う刃から響いてくる、甲高い共鳴音が全てをかき消す勢いで大きくなっていく。


(ごめんな、神楽)


 私の、もうひとりの相棒。

 どんな時も一緒に戦ってくれた、大切な父様の形見。

 お前を、この手で壊すときが来るなんて思いもしなかった。

 酷い仕打ちを、どうか許して欲しい。


『やめろ……!!』


 誰のものともつかない、重苦しい叫びが響き渡った、直後。

 二つの剣は、凄烈な光を放った。

エピローグが近付いてきて、ますます暗さを増す作中です。

読んでいて疲れそうなので、1話を短めに設定中……

理屈じゃない選択って、いっぱいあると思います。


次回、「邂逅」。もうちょっとの間、お付き合いくださいね。

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