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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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深淵の入口

 近くに寄るだけで身が削られそうな、凄まじい剣気だった。

 腹の底から寒気をもよおすような、不気味で尖った、漆黒の剣気。

 神楽の清廉な気とは全く異質で、でも質量の似た巨大な魔力から、それは無尽蔵に生み出されていくように見えた。


(まずい……)


 あの剣にはかすり傷からでも、魔力を削り取られる。

 戦いが長引けば不利だと感じた。


(早々に、決着をつけるしかないってことか)


 美威の計画を実行に移すには、まだ抵抗があった。

 だけど、それが最善であることも分かってはいた。

 私は、もう誰も殺してはいけないんだろう。自分さえも。


 もし美威の攻撃でネモが死ぬようなことがあったら……その時は二人で背負うしかない。

 生きていれば、二人で負えば、耐えることも出来るはず。ここまで来てしまっては、そんな風に思うしかなかった。


「美威!」


 覚悟を決めて、相棒の名を呼んだ。


「いつでも走れるように準備しておけ! チャンスは一回きりだから、失敗するなよ!」


 私の呼びかけに、美威はしっかりと頷いた。


「何? 何か企んでるの? あっちのお姉さん魔法士でしょう? ぼく魔法士は嫌いなんだけどな」

「気にするな。私が助力を仰ぐほどには、お前が厄介だってだけの話だ」

「ふーん……」


 翻った軌跡を追って神楽の刃で受けると、無理矢理力の方向を曲げた。

 反転した刃を再び受け止めたら、両肩に強烈な重量がのしかかってきた。戦闘開始直後より、自分の魔力が削られていることを実感する。

 剣術だけならまだ互角。だが完全に優位に立った上で、叩き伏せるのは無理だと判断するしかなかった。

 時間が経てば経つほど、勝利は遠のく。

 これ以上動きが鈍る前に、美威が近付く隙を作らなければいけない。

 美威の安全が絶対に保証されることを条件として。


 ネモの動きに全神経を集中し、頭よりも先に体で動いた。


(先を読め……)


 斬撃の行方を。

 最速の限界を越えて。


(……ここだ!)


 左正面から突き出された剣先に、神楽の刃を滑らせて勢いを殺した。

 鈍く突き刺す音とともに、左腕の付け根に衝撃が走った。


「なっ……?!」


 目の前にある黒い瞳が、驚きに見開かれたのが見えた。

 十分に避けられた攻撃だったはず。そう、目が語っていた。

 己の持つ黒い刃が、私の体を突き抜けたことに理解が追いつかない顔で、ネモがその場所を凝視していた。


 激痛が神経を伝って全身を巡っていく。

 刺された箇所から容赦なく魔力が引きずり出されるのを感じた。


 今更。痛みに泣こうとは思わない。

 刃の痛みよりも恐ろしい、本当の痛みから比べれば、こんなもの。


「……美威! 来いっ!!」

「っ飛那ちゃん……!!」


 私が呼ぶ前に美威は走り出していた。

 呆然と動きを止めてしまったネモの手を、私は左手で剣の柄ごと握り込んだ。神楽のようにはじき返されるのかと思ったら、抵抗はなかった。

 しびれる腕に力を込めて、神楽の刃をネモの首筋に押し当てる。


「動くなよ……スパッと、斬り落とすからな……」


 捕らえた……これで、少しの間こいつの動きを止められる。


「お姉さん……なんで……死んじゃうよ?」

「……お心遣いは、遠慮する……」


 思考を停止してしまったかのような表情に、精一杯の強がりを返した。急所を外したとはいえ、呼吸が乱れる。

 身を焼き斬ろうとする高熱が、ズキンズキンと音を立てて広がっていくのを感じた。


 この黒い剣に翻弄されたあの頃、死ねたらどれだけ楽かと考えたことなんて、数え切れない。

 でも、もうあの頃とは違う。

 私が死ぬのは、今じゃない。


「飛那ちゃんっ……何、何やって……!」

「やれ、美威……」

「……本当に、馬鹿っ!!」


 駆け寄ってきた美威が、手を伸ばして私とネモが握っている魔剣の柄を掴んだ。

 同時に、(おり)を帯びたプラズマが散った。


「ぅあっ、つ……!」


 予想通り、魔剣も触れる対象全てを拒絶するかのような反応を見せた。

 何故私が触れても平気なのかは、分からない。

 痛みに耐えて魔剣の柄を握りしめた美威の手のひらから、白い光が噴出した。


(……これで、何とかなるか……?!)


 光魔法を使った美威が「……ダメだ」と苦しげにうめく。


「入り込めない……弾かれる……!!」


 私も傷口からどんどん力が抜けていくのを感じた。

 ……失敗、なのか……?!


「待って……! なら……同調して、パイプをつなげば……!」


 何かに気付いた美威が、魔剣を握る自分の右手首を掴んだ。決して離さないように。爪を立てて痛みを噛み殺したように見えた。

 美威の手から白い光が消え、代わりに黒い陰影を落とす魔力がもれ出した。


「美威? ……な、にやって……?!」


 属性が真逆の光魔法で破壊するんじゃなかったのか?!

 今美威が魔剣に浴びせているのは、どう見ても闇魔法だった。


「パイプを……つなぐのよ……!!」

「何……?」

「同調して、通り道を作る……!」


 言っている意味の全部は分からなかった。

 でも、やろうとしていることはなんとなく分かった。

 なら私のすべきことはひとつだ。美威がしようとしていることを終えるまで、堪える。


 生温かい液体が服を濡らして伝っていくのが分かった。

 私の魔力を容赦なく鷲掴みにして引きずり出そうとする、悪意の手に対抗する術がない。

 すぐにでもこれを引き抜いて、離れなければ魔力切れで死ぬかもしれないことは理解できた。


(だからって……ここで踏ん張らなきゃ、ダメだろ……!)


 私達を取り巻く時間は、すごく遅く流れていた。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 これは、普通なら絶対に素手で触れようなんて思わない、汚穢(おわい)そのものだ。

 ましてや、その切っ先は飛那ちゃんの左腕の付け根を貫いている。

 そこで抜けないように固定された魔剣にも、その状態でネモの首筋に添えられた神楽にも、凍り付くような寒気を覚えた。


 手には既に感覚がない。私は黒い剣から離れてしまわないように、掴む指を必死で上から握り込んだ。

 対極の属性である光魔法が弾かれるのなら、同じ闇属性を使えばいい。魔剣と波長を合わせて同調(シンクロ)した上で、構造体の内部に侵入するんだ。

 私が咄嗟に考えついたのは、そんな策だった。

 道筋を作った上で、魔剣を構成する核にまで乗り込んで、光魔法で壊す。

 それできっと、なんとかなる……!


 予想通り、闇魔法は弾かれなかった。そのまま魔剣の内部に取り入ろうとした瞬間、濡れた布を引きずるような、重たい何かが自分の中に混ざってくるのを感じた。


「……!」


 こみ上げる吐き気にはかまわず、なおも同調しようと闇属性の魔力をたたき込む。


(つながれ……!)


 次の瞬間、世界が暗転した。

 視界の中からすべてが消え去って、自分の存在だけが浮かんでいた。

 頭上にある夜明け前のような薄明るさが、底に広がる闇の濃さを際立たせている。

 どこからか、コーン……コーン……と、鐘の鳴る音が聞こえてきた。


 生温かくて、気味が悪くて、底知れぬ深い黒がどこまでも続く空間。

 感じるのは、気の遠くなるような孤独。


「何、ここ……」


 呟いた言葉は、音にならなかった。

 体の自由がきかない。

 どこが出口なのかも分からない。


(何なの、ここは……!)


 突如として堕とされた闇の深さに、私はひとり、声にならない悲鳴をあげた。

2019/05/25 追記

本日、5/25(土)の更新ありません。

突発的諸事情により、執筆の時間が取れないので……申し訳ないです。

明日もちょっと怪しいのですが、ご理解いただけると幸いです。

エタってませんので、引き続きよろしくお願いいたします。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

数年間の出来事を数行で書く。

ほんの数分間の出来事を、何話も使って書く。

文章は便利だなぁと思いつつ、本当に難しいです。


次回は、美威語りのまま続きます。

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