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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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置き手紙

 柱時計が正午の鐘を打ち鳴らしている。

 会議が終わったところで、昼食の時間だ。


 ゲストは午前中早い頃から、続々と自国に帰還していった。

 各方面に挨拶をすませた僕は、大臣や騎士団長らと今後についての話し合いをしていたのだけれど。


 僕は肺の奥から息を吐いて、凝った首を回した。

 このところオーバーワーク気味の自覚がある。

 やはり、大国の王になるということは、口で言うほどたやすいことではない。


 ゲストの見送りは飛那姫に任せてしまったけれど、さしもの妹も疲れて部屋に戻ったと聞いている。

 昼食はせっかくだから一緒にとろうかな。

 疲れた時には、可愛い妹の顔を見るのが一番だ。


「飛那姫はもう昼食をとってしまったかな? これからバンケットルームに行くようなら、一緒にと思ったんだけれど……」


 侍従の一人に声をかけると、「確認してまいります」と、素早く玉座の間を出て行った。

 横に立つ余戸が、気遣うように僕を見てくる。


「国王陛下、大分お疲れのご様子とお見受けしましたが?」

「全く疲れていないと言ったら嘘になるけれど、まだ余力はあるよ」

「余力、ですか……しかしこの数日間、夜ですら十分に休まれておられるとは思えません。午後は少しでも体を休められる方にお時間を割かれた方がよろしいかと」

「そうだね。昼食の後は書類仕事を衣緒達に任せて、そうさせてもらおうかな」


 頼れる人材がいるというのはありがたいことだ。

 僕が不在の穴も埋めてくれる安心感がある。

 体力にはあまり自信がないので、本格的に倒れる前に休憩しよう。素直にそう思った。


 ほどなくして、飛那姫の様子を見に行った侍従が戻ってきた。飛那姫の専属侍女と一緒に。


「恐れながら申し上げます」


 ついてきた侍女が困り顔で口を開く。


「飛那姫様は……どうもお休みのようなのです。昼食をお部屋に運ぶ予定で動いていたのですが、外からお伺いしたところお返事がなく……中から鍵をかけられていらっしゃいますので、ご様子すら分からず困っております」

「飛那姫が? 返事がないのかい?」

「はい、誰も入らないようにとお部屋にこもられてからもう3時間以上経ちますし、どこかお悪いのではないかと気にかかりまして。お部屋の鍵を開ける許可をいただきたいのですが……」


 その報告に、なんだか嫌な予感がした。


「いや、僕が行くよ。ちょうど飛那姫の顔を見たいと思っていたんだ」

「お、恐れ入ります」


 例の西の王太子を見送ってから、すぐに部屋にこもった計算になるけれど。

 それからずっと疲れて寝ている? あの飛那姫が?

 にわかに騒ぎ出した胸を押さえて、僕は玉座の間から妹の自室へと移動した。


「飛那姫、寝ているのかい?」


 コンコン、と外から扉をノックするも返事がない。


「仕方ない……いいよ、鍵を開けて」


 侍女がさっと出て来て、解錠する。

 僕はもう一度、扉を叩いてから、ドアノブに手をかけた。


「飛那姫、開けるよ」


 ガチャッ……扉を引くと、部屋の中からふわりと風が吹いてきた。

 バルコニーのカーテンが揺れている。窓が開けっ放しだ。


「飛那姫……?」


 ベッドにも、ソファーにも、どこにも妹の姿はなかった。

 バルコニーから飛び出たに違いない。すぐに思い当たった。

 そして、どこに出かけていったのかにも。


「バルコニーから出るのはダメだって、あれほど言ったのに……」


 いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 僕の予想が正しければ、飛那姫はネモを追っていったはずだ。

 主がいないことに気付いた侍女達が慌て始めたけれど、僕は説明を省いてその場から足早に自分の部屋へ戻った。


「飛那姫がここへ来なかった?」


 扉の前に立つロイヤルガード達は「はい、いらっしゃいました」と、なんの疑問も持たずに飛那姫を自室に入れたことを肯定した。

 彼らを責める気はないけれど、予想通りの状況に焦りがにじむ。

 部屋の中に入って、テーブルの上を見たら地図はなくなっていて……

 代わりに、一通の手紙が置いてあった。


 取り上げようとした指先が、少し震えた。



『兄様へ


黙って出て行くことをお許しください。

ネモを止めに行くため、地図をお借りしていきます。

これ以上犠牲者が出ないように、必ずあの魔剣を止めてきます。

おそらく、私にしか出来ないことです。


もし私が帰らなくても、兄様は紗里真を永く良く治めてくださると信じています。

お側で力になれなくて、ごめんなさい。

今までたくさん愛してくださって、本当にありがとうございました。

兄様、大好きです。


飛那姫より』


「こんな……別れの手紙みたいな……」


 読み終わったところで、呟いた声までが震えた。

 妹の様子がおかしいのには気付いていたのに、こんなにすぐ、一人で出て行ってしまうとは思っていなかった。

 少しでも目を離すのじゃなかったと、後悔の念が広がる。


「余戸っ!」

「はい、国王陛下」

「すぐ出る! 韋駄天を準備して!」

「は……? 国王自らが、どちらへ??」

「決まってるよ! 飛那姫を追うんだ! こんなこともあろうかとね、あの地図自体を追跡用の魔道具として作ってあるんだよ。飛那姫……僕の目をかいくぐって出て行ったつもりだろうけれど、行方不明にだけはさせないからね!」


 落ち着かれてください、姫様は我らが追いますので。周りからそんな声が聞こえてきたけれど、冗談じゃない。誰にも任せられるものか。


「10秒だけ待つ。僕がここから浮遊呪文で飛んで出て行くのと、韋駄天で同行するのと選ぶといいよ余戸」

「蒼嵐様っ……」


 あえて名で呼ぶたしなめるような口調に、余戸の気持ちも分かると思いつつ、渋面を作った。

 飛那姫に何かあったら、僕は生きていけない。

 決意の固い僕を見て、止められないと判断したのだろう。余戸は口元に苦い色を浮かべたまま、頭を垂れた。


「致し方ありません……騎士団でお供いたします」

「うん、準備は最速で頼むよ」

「御意」


(飛那姫……)


 先日の黒い剣と、少年の姿を思い出す。

 実際にあの攻撃を受けた僕には分かる。あれがどれだけ危険な存在なのか。

 精鋭隊とは言え、騎士団は足手まといになる可能性が高い。

 だからって僕までおいて、何も言わずに一人で全部片付けようだなんて、そんなのひどいじゃないか。


 こんな手紙一つ残して……これを見た僕がどれほどの精神ダメージを受けるか、想像力が働かなかったのだろうか。

 帰ってきたら、僕がどれだけ飛那姫を愛しているか、飛那姫は僕の存在意義そのものなのだということを、よく理解するまで何時間でも語って聞かせなくちゃならないだろう。


 そのためには、何としてでも無事に連れて帰らなくては。


「すぐに、迎えに行くからね……」


 慌ただしく動き始めた護衛や侍従達を視界の端に入れながら、僕は馬車が回される玄関ホールに向かった。

韋駄天いだてん1号」は「2日早いパーティー」に出て来た魔道具の馬車(?)です。


次回は、飛那姫達が頂上付近にたどり着きます。

明日か、明後日のどこかで更新予定です。


昨日は更新がなかったはずなのですが……何故かブクマが増えていてですね、またキリ番を目にしてしまいました(300pt)。

目にしたからにはまた御礼イラストかな……(もういいって?)

Twitterに投げるかもしれません。

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