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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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殺戮の対象

 頂上が近付くにつれ、霧が出て来た。

 反対側が崖になっている山道から眺めると、下に雲海が見える。足下に砂利を踏みしめる感覚はあるものの、宙に浮かんでいるような錯覚を覚えた。

 山の深さが遠く感じられるような、不思議な道だった。


 盛大に叱られて、改心したこともあって、ここまで連れてきてしまったけれど。

 息を切らして後ろに続く相棒を、肩越しにちらと振り返る。


「……お前、やっぱり帰れば?」

「……っ何言ってるのよ?!」

「だって」

「ちょっと、あそこの大きい岩、見えてるところまで行ったら休憩!」


 傭兵として体力の乏しい美威に、二千メーター級の山登りはキツい。

 頂上付近は酸素も薄くなってくるし、ゼーハー言ってるのを見ると、別の意味で置いてきた方が良かったんじゃないかという気になってくる。

 霧の漂う中、足場が平坦になったところで、私達は小休憩を取ることにした。

 

「なんか、肌寒いわね」

「もう大分登ったからな、当たり前だろう。ネモの気配が全然しないところが気になるけど……本当にここで合ってるんだろうな?」

「間違って登ってたらシャレにならないわね、私が」

「だな」


 水分補給する美威を置いて、感覚を研ぎ澄ませてみる。

 紗里真を出たときよりは、よほどあの黒い気配に近い気がする。

 この山は地脈の気が強すぎて、アンテナが狂いがちだ。

 ただでさえ気配を消すことが巧すぎるネモが、すぐ側に来るまで気付かない可能性が高い。


「美威、盾は常に張っておけよ。あと、万が一私が……」

「ストップ。その先は結構」

「いいから聞け。私がまずいことになったら、お前は逃げろよ。それを約束出来ないのなら、一緒には行けない」

「……まずいことになんか、ならないから大丈夫よ」

「絶対に、なんてことはない。可能性の話をしてるんだ」

「そんなこと言って、まだ自分だけ戦うつもりでいるの? 私だって十分戦え……」


 私の言葉をはねのけようとした美威が、変なタイミングで声を途切れさせた。

 唖然としたような表情が、私の肩向こうを見つめていた。


「……?」


 振り向いたら、霧の晴れ間の中に明るい景色が映し出されるところで。

 草がまばらに生えた地面の先に、何か巨大な塊が見えてくるのが分かった。

 一瞬苔むした大岩かと思ったけど、すぐにそれが誤りだと気付く。

 ところどころ灰色がかった、常磐色(ときわいろ)の……生き物の、なれの果て。


「……っ!」

「飛那ちゃん……!」


 思わず身構えたものの、生気がないことは最初から分かっていた。

 霧が覆い隠していた部分が現れて、その全体が見えた時には言葉がなかった。

 辺りの針葉樹をなぎ倒した状態で、絶命している巨大な生き物。家一軒分くらいの大きさはゆうにありそうだった。その瞳は、固く閉じられている。

 突如として出現した圧倒的な存在に、私と美威は息を飲んだままその場で固まった。


「風竜、か……?」


 風向きが変わったことで、ふわりと鉄の臭いが立ちこめてきた。

 既に乾いているように見える赤黒い血が、地面に流れ出している。

 片方の羽根が、根元から半分切り取られるような状態でぶら下がっている痛々しさに、思わず眉をしかめた。


 殺されたのか。

 史上最強の生物がどうして……

 いや、よく考えずとも、答えなんて一つしかない。


「飛那ちゃん、もしかして」

「ああ、こんな化け物を倒せるヤツなんて、限られてる」


 火竜と違って炎のブレスがないことを除いても、一対一で倒せと言われたら、私でも死闘になるだろう。

 霧で分からなかったけれど、よく見たら周囲のあちこちに戦闘の跡が見てとれた。


「ネモの仕業だ」


 殺戮の対象は、人だけではなかったのだ。

 魔力と生命力の塊であるような竜一頭分の強さは、どれだけの戦士の数に匹敵するのだろう。


(これの、魔力を吸ったか……)


 ぞっとするような事実に、胸が悪くなる。


「間違いなく、ここにいるってことは分かったな……」

「なんか、余計に薄ら寒くなってきたわ。もう早いところ終わらせてさっさと帰りましょう」


 美威はそう言ったけれど。

 あの魔剣に竜一匹分の強さを上乗せしたと考えて、私の剣がどの程度優位に立てるのか、不安がよぎった。

 力で押さえて、なおかつあの魔剣を破壊する方法なんて、本当にあるのか。


「対抗できそうなのは、光魔法よね。私は多分それ以外使わない。禁呪でもなんでも出血大サービスで短期決戦を狙ったら良いんじゃないかしら」


 私の考えを読んだように、美威が言った。


「光魔法か……攻撃魔法なんて、あったか?」

「物理ダメージを与えられそうなのは弱い弓魔法くらいしかないけど、そうじゃなくて魔剣の内側に直接、魔法属性成分(エレメント)をたたき込んでみたらどうかと思うのよね」

「エレメントをたたき込む? 美威が、あの魔剣に直接触るってことか?」

「うん、アレどう見ても真っ黒い闇属性で出来てるでしょ? 反発する力を大量に加えたら、破壊できないまでも魔道具としては機能しなくなるかもって」


 理屈としては正しいと思う。

 でもその作戦には、一つ決定的な問題があるな。


「なるほど……と頷きたいところだが、大事なことを忘れてるぞ」

「何?」

「お前、神楽に触れるか?」

「え? 嫌よ。ものすごく痛いもの……あ」


 私以外が触ると、強烈な電気ショックでも受けたかのようにしびれる神楽を思い出して、美威が苦い顔になった。


「多分魔剣も同じだ。宿主以外が直接触るのって、相当痛いことになると思うぞ」

「……か、かまわないわっ」

「かまう、かまわないの問題じゃないと思うんだけどな」

「ノープロブレムよ! 私が何とかするから、大船に乗ったつもりでいてよねっ」

「……まぁ、無理するな。あと、ネモが剣を握っているうちは触るな、とだけ言っておく」


 この相棒が「何とかなる」とあきらめないうちは、私もそれに従った方がいいのだろう。

 大ざっぱな自己裁量でもなんでも、最後になんとかしなくちゃいけないのは確かだから。

 どうにもならない時はならない時で、目的だけは果たすつもりでいることを、美威には言えないけれど。


「ネモが近くにいるのは確かなのよね。でもこの地図、広域すぎて細かいところまでが分からないのよねぇ。このまま頂上に向かうルートで本当にいいのかしら……」


 カサカサと地図を広げて確認しようとした美威の手から、巻き上げられるように紙が飛んだ。

 風が、吹き抜けていったせいだ。


「あっ……!」


 崖の向こうに飛んで、すぐに霧の中に消えていく地図を、ただ目だけで追った。

 完全に見えなくなってしまってから、美威が叫ぶ。


「えーっ! うそーっ?!」

「まあ……もう要らないんじゃないか? ここにいるのは間違いないんだから」


 紙一枚、今から追いかけようもないし。

 慰めるように言うと、美威はうなだれたように頷いた。


「そうね……蒼嵐さんには後で謝ろう」


 飛んで行った地図よりも上空、霧で完全に見えない頂上を仰ぐ。


(あそこに、いるのか……)


 エネルギーを失った抜け殻のように、横たわっている風竜に視線を戻したら、死そのものに引き寄せられているような、そんな不穏な感覚を覚えた。

あ、なんとか本日更新出来ました。

風竜とはバトルになりませんでしたね。そんなこともあります。


次回、紗里真城から。

明日は定休日です。

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