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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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野の道を行く

 飛那ちゃんは一人で、どこまで行ってしまう気だったのだろう。

 ふらりと身を滑らせて、誰も手の届かないところへ。

 そんな危うさが、王女に戻ってからの彼女にはあった。


(止められて、ここで見つけられて、良かった……)


 早朝から出て来て、必死にアンテナを張り巡らせていたおかげで、見逃さずにすんだけれど。

 もし、気付かないまま出て行ってしまっていたらと思うと、恐ろしかった。


 一人で全部片付けようだなんて、そんなことは許さない。

 本人がどれだけ自分を責めようと、私が彼女に向ける気持ちに変わりはない。

 表面上はいつも強くて、乱暴な振る舞いが多い飛那ちゃんだけれど。単に人に弱みを見せられない、強がりなところも多いのを知っている。

 むしろ、不幸を嘆いて恨み言のひとつでも言ってくれた方が健全だと思うくらい、どうしようもなく自虐的な人なのだ、本質的には。

 だからこそ、心の底から幸せになってもらいたいと、そう思うのに。


(方法を、考えなくちゃ……)


 魔剣を破壊することが目的なら、あれを壊せるだけの破壊力を持った攻撃方法が必要になる。

 神楽を使って壊す以外の方法を見つけないと。


(私は、許さないんだからね……)


 命がなくなるかもしれないってのに、それでもかまわないとか冗談キツい。

 過去の罪がどれほどのものだろうと、自分に価値がないだなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 私や蒼嵐さんやアレクさん、杏里さん家族や臣下の人達にとって、どれだけ飛那ちゃんの存在が重いか、少しも分からないなんて言わせない。

 本当に、世話が焼けるったらないわ。


「一番の疑問は、飛那ちゃんが自分で地図見て、たどり着けるつもりでいたことよね」


 蒼嵐さんの部屋から持ち出してきたという、例の地図を広げて私はため息をついた。

 方向音痴のレベルが神懸かっている人に地図を持たせても、目的地にたどり着けるわけがない。


「まあ、何とかなるんじゃないかと思って」

「ならないわよ……根拠のなさ過ぎる自信は別の方向で使ってよね」


 呆れた目で見ておいて、地図上の赤い点をもう一度確認する。

 最初に見たのと似たような場所。いや、もっと山深いところに移動している気がした。


「ここは、真国霊山のひとつよね」


 赤い点が光っているのは、紗里真からさほど離れていない、標高が二千メートルを超える大山だ。

 地脈の終点になっているのか霊場として知られていて、真国内にいくつかある霊山のひとつになっている。


「人は住んでるのか?」

「住んでないわよ。ふもとにはいくつか村や町があるかもだけど……霊山は色んなものが集まるから、住むには向かないわよね」


 山はそれでなくとも、地脈から大地の気を噴出させやすい。

 弱い人間は、そういう場所に立っているだけで具合が悪くなることもある。

 霊山みたくところどころに強烈な気を持つ場所に、ずっといられる人間は少ないだろう。


「ネモは絶対また殺戮に走ると思ったんだけど……人がいないのなら、なんでまたこんなところにいるんだろう」

「分からないけど、誰も死んでないとしたら不幸中の幸いよね。それに、この場所なら多少派手に暴れても、人には迷惑かからないし」

「確かにそうだな」


 飛那ちゃんとあの魔剣が全力で戦うことを考えれば、近くに人里なんてない方がいいと思った。

 山が更地になった方がまだマシだ。


 私達は赤い点が指し示す場所に、真っ直ぐに向かうことにした。

 ひとまず、紗里真にほど近い農村で馬を借りる。


「え? あの山に行くのかい?」


 馬喰(ばくろう)の男が、目をまん丸にして、意外そうに私達を見た。


「ええ、帰りに馬を返せるかどうか分からないので、買い取りたいんですけど」

「1頭ならかまわないが……なんだってまた、あんな物騒な山に」

「物騒?」


 男が言ったことを、聞き返す。


「昔っからあの山には竜が住み着いてるんだよ。まあ竜だけじゃなくて色んな化け物がいるって話もあるが……登って出会いでもしたら、命はないよ」

「竜? 本当ですか?」

「俺は見たことないがな、仲間が山から飛び立つ緑色の竜を見たことがあるって言ってた。他にも噂があるから、間違いないと思うよ」


 緑色の竜……風竜だろうか。それは確かに物騒だ。

 厄介な敵が増えるのはありがたくないけど、でもじゃあ行かないで済ます、という選択肢はない。


「ご忠告ありがとうございます。とりあえず、馬はもらっていきますね」


 馬の代金をおいて、私達は農村を出た。 


 初夏の気候になってきた里道を進む。

 距離的にはさほど遠くないにしても、目的地までは馬で駆けても1時間はかかりそうだった。


「久しぶりね」

「だな」


 こんな風に二人で、馬に乗って。

 旅をするように道行くなんて、何ヶ月ぶりだろう。


「しまった。お弁当持ってきてないわ。お昼ご飯どうしよう」

「1食抜けばいいだろう。その分夜食べろ」

「そういうのって、太る食べ方よね」


 くだらない話をしながら、道中はあっという間に過ぎていく。

 懐かしくてうれしくて、少しだけ寂しい、そんな道のりだった。


 霊山のふもと、頂上に続く山の入口まで来た私達は、登れるところまでは馬で登ろうと、なおも馬の歩を進めた。

 山に入ったら、空気が変わった気がした。


(霊山てのは、伊達じゃないみたいね……)


 こういう場所には、色んな変な生き物が寄ってくるものだ。

 風竜が住んでいたとしても不思議じゃない。

 中腹くらいまでは特に何も出てこなかったけれど、足下に大きな石が多くなってきて馬で進むのが厳しくなってきた。

 仕方なくそこで降りて、私達は徒歩で山道を登り始めた。


「飛那ちゃん」


 先を行く背中を見ていて、思わず声をかけた。

 彼女からピリピリ伝わってくる緊張感が、痛い。


「まずさ、ネモを戦闘不能にしてから、魔剣を破壊しよう」

「ああ、そうだな」


 納得した響きのない「そうだな」だったけど。

 ちゃんと、分かってくれてるんだろうか。


「ねえ、これが終わったら、また二人で旅行に行きたいわね」

「……旅行か」


 そんな平和な時間が、すぐに来るといい。

 辛いことが多すぎた過去なんて見なくてもいい、平和な未来が。


「行けるといいな」


 振り向いた飛那ちゃんは、あまりにも穏やかな笑顔だった。

 それを見て、余計に不安になった気持ちから私は目をそらした。


「旅行じゃなくても、ピクニックでもいいわよ。ちゃんとお弁当持って」

「城の料理人に豪華折り詰め弁当作ってもらってね、って言う気だろ?」

「バレた?」


 私もふふ、と笑って返したけれど。

 すぐ先に、乗り越えなくてはいけない大きな壁が立ちはだかっているのを、嫌と言うほど感じるこの時に。

 普通すぎる話題を口にすることそのものが、滑稽なのかもしれなくて。

 だからこそ、余計にそうしなくてはいけないような気になってしまう。


 小さな幸せを現実にするために、私達は今最後の戦いに向かっている。

 そんな気がした。

夜になってしまいましたが……なんとか更新。

今日は短めですね。


おかげさまでブクマも3桁を越えたようです。

日頃のご愛読に感謝申し上げます<(__)>

活動報告に感謝イラスト投げておきました。ココロの広い方だけ、ご訪問ください。

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