我が主が最上です
私はイーラス・マクウェイン。
西の大国プロントウィーグルの第一王子、アレクシス様の侍従兼護衛です。
この国に来て、最大の問題事件が起こってしまいました……
以前も西の大国で王子同士の手合わせが行われましたが、今回のこれは完全なる決闘です。
しかも、国同士の政治にも繋がる、かなり重大な賭けを含んだ。
何故、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
もうなるようになれと、開き直るくらいしか心を落ち着ける方法が見つかりません。
「お願いします」
王子二人が互いに礼をして、木刀を構えられました。
真剣でないところがせめてもの救いですが……
紗里真の王女に一服盛ったらしい上、狼藉を働いたイゴール様に珍しくご立腹の王子も、単なる手合わせとは気迫が違うご様子です。
ちらと北の侍従達が並んでいる方を見ると、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ていました。それで、思い出しました。
前の手合わせで引き分けたときも、あんな感じで笑われていたことを。
(……王子が、イゴール様には敵わないと思っている顔ですね)
カチンときました。
良いです。受けて立ちましょう。王子! もうこの際、こてんぱんにのして差し上げてください!
いくら無礼娘やその侍女とは言え、女性にあんな乱暴を働くような輩には、その位してちょうど良いです!
先手で踏み込んできたイゴール様の剣を、王子が受け止めます。
木刀同士のはずなのに、いつもの手合わせと違う、変な音がしたような気がしました。
連続で繰り出される剣を受けながら、王子の表情にいぶかしげな翳りが浮かびました。
「えっ?!」
思わず声が出てしまいました。
互いに討ち合った瞬間、王子の木刀の先が、折れて飛んだのです。
4分の1程度が無くなってしまった木刀を握ったまま、王子は後退して体勢を整えました。
「あれ、普通の木刀じゃないな……」
少し離れたところに立つ紗里真の王女が、そう言って眉をひそめました。
一見すると普通の木刀に見えますが……イゴール様は何か、卑怯な武器を使っているのでしょうか。
「まともに討ち合ったら、強度では敵わないぞ」
焦りを帯びた王女のその言葉に、ぞっとしました。武器を完全に破壊されてしまえば、そこで試合終了です。
王子……この王女はともかくとして、あの毒姫を娶ることになったらどうなさるおつもりですか?!
イゴール様は試合中にも関わらず余裕の笑みを浮かべると、王子に向かって木刀を突き出しました。
「降参なさいますか? アレクシス殿。その短くなった木刀ではもう満足に戦えないでしょう」
「……いえ、これで結構」
短くなった木刀を見て、王子が微笑まれたように見えました。
「イゴール殿、おかげで手加減が出来なくなりました。悪く思わないでいただきたい」
「……手加減? 苦し紛れにしても、笑えないですね!」
ご自分が絶対に負けない自信があるのでしょう。
イゴール様は迷わず地面を蹴ると、上段から大きく振りかぶって打ち下ろしてきました。
「アレク……受けちゃダメだ!」
王女がそう叫びましたが、王子は短くなった木刀を下から振り上げ、迎え討つ体勢です。
イゴール様の木刀と、王子の木刀が空中でぶつかり合い、まるで金属同士のような接触音が飛びました。
衝撃で砕けた木刀が、宙を舞います。
私のすぐ足下に折れた破片が飛んできて、高く乾いた音を立てました。
「これは……金属?」
折れた木刀の中に、鋼の輝きが見えました。仕込み杖ならぬ、仕込み木刀、とでもいうのでしょうか。
真っ二つに折れたのは、王子の木刀ではなく、イゴール様の方だったようです。
「そんな……何故普通の木刀で……?!」
驚きに見開かれた目が、自分の手の中の木刀の残骸を見て、正面の王子を向いた瞬間。
横に薙いだ斬撃が、手元の木刀ごとイゴール様の胸の中心に打ち込まれました。
その体が宙を舞って、背後に倒れ込むところまでが、まるでスローモーションのように見えました。
「ぐはっ……!」
鍛錬場の床に嫌と言うほど背中を打ち付けて、一瞬苦しそうな声を出したイゴール様は、そのまま動かなくなってしまいました。
(いよおぉっっし!!!)
思わずガッツポーズを取ったら、隣にいた東の侍女と目が合いました。
コホン、と咳払いをして、冷静なふりで居住まいを正します。
目だけは北の侍従の方を見て、青くなっている彼らを鼻で笑うことだけは忘れませんでしたが。
それにしても、王子の新しい一面を見た気がします。
武器が使用不可能なくらい折れた時点で、試合終了だったと思うのですが……勢い余って打ち込んでしまった、とか言い訳されるおつもりでしょうか。
普段温厚な方は、怒らせると怖いのですね。覚えておきます。
王子は倒れたままのイゴール様に一礼すると、こちらに歩いて戻ってこられました。
汗の一つもかかれていないところを見るに、相当余裕だったようです。
「アレク……シス様、その……」
王女が話しかけると、王子は困った様に笑われました。
「取り繕わなくて良いよ、イーラスは君のことをよく知っているから」
「ああ……思い出した。土竜の時の魔法士だな。助かる」
いえ、少しは取り繕っていただきたい。
「ちょっと驚いた。アレク、魔力で強化が出来るようになったのか?」
「ああ、飛那姫の真似事だよ。最近何とか形になってきた。私は白魔法しか使えないし、防御が強化されるだけだが、武器に魔力を流すことで普通の剣よりも強く扱いやすくなるようだ。おかげで君が木刀でも強い訳が、よく理解できたよ」
「へえ……やろうと思って出来ることじゃないぞ。すごいな、アレク」
「君にそう言ってもらえるのなら、頑張った甲斐があったかな」
お二人のご様子を見ていれば、以前と少し雰囲気が違うことが分かりました。
会話の内容は普通でも、どことなく甘い空気が漂っていて居心地が悪いです。
王子、もしかして、本当に本気なんでしょうか……本気ですよね。存じてます。
王子が幸せであるのなら、それにこしたことはありません。
ただ、もしこの方を正妃に、などと言い出されたら……私の気苦労が更に……
いえ、ここは前向きに考えましょう。
イザベラ姫よりはマシかもしれません。
どちらにしても、私の苦労の種になるだろうことは明らかでしたが。
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「飛那姫が?」
「はい、お止めになられた方がよろしいかと思いまして……」
慌てた様子で報告にやって来たロイヤルガードが、急いだ方が良いというようなことを説明する。
鍛錬場で、妹が北の大国の第一王子と剣の手合わせをしていて、困ったことになっている、というのだ。
何だろう、相手に尋常でない怪我でもさせてしまったんだろうか。
見た目とは裏腹に全身が凶器仕様の妹なら、十分あり得る。
「……状況を確認しようか」
僕は玉座の間の隣に新しく作られた、制御室に足を踏み入れた。
複雑な大型魔道具で埋め尽くされた部屋の中に、6人の学士達が働いている。
ここは城に張り巡らせている盾の機能や、範囲をコントロールするための部屋だ。城内の様々な場所を監視したり、城内放送を流したりも出来る。
「屋内鍛錬場の映像を、10分前から出してくれる?」
「かしこまりました」
記録媒体に保存されている映像は、24時間分遡って見ることが出来る。
妹が手合わせに向かったという鍛錬場の映像が、目の前の大きな白いスクリーンに浮き上がった。
全体を映しているから、人物一人一人は小さいけれど、それでも可愛い妹がどこにいるかはすぐに分かる。
「え……? これは……?」
一瞬、目を疑った。
飛那姫が壁際に追いやられて、木刀で身動きがとれないように押さえつけられていた。
乱暴を働いている男も確認出来た。確か、北の大国の第一王子だ。
頭の芯がすーっと寒くなったような気がして、同時にものすごい腹が立った。
僕の妹に、なんてことするんだ!
「姫様はどうもご様子がおかしく、うまく剣が使えないようにお見受けしました。勝負に負けたら正妃になるという約束をされてしまったようなので、急ぎご報告に参ったのですが……」
後ろに控えているロイヤルガードが、そう説明する。
「勝負に負けたら……って、誰がそんなこと許可したんだい?!」
「姫様ご本人です」
「飛那姫、一体何をやって……すぐに最新の映像に切り替えて!」
映像がブレて、現在の鍛錬場が映し出される。
まさか、もう決着がついてしまったんだろうか……
正妃だなんて、何を勝手に……僕は絶対に認めない。認めないからね!
「……ん?」
先ほどよりも人が増えている。
飛那姫も、普通に立っていて無事のようだ。
隣にいるのは、さっきの狼藉を働いていた男とは違うな……あれは……
「西の大国の王太子……」
またあの王子か……
北の大国の王子を探したら、鍛錬場の床に転がったところを、侍従達に助け起こされているようだった。どうやら意識がないらしい。
ということは、飛那姫、やっぱり勝ったのかな?
映像を拡大して妹の様子をよく見てみたけど、怪我はなさそうだ。
「ああ、ご無事のようですね、安心いたしました」
「うん、ひとまずは平気そうだね」
だけど、これで終わりというわけにはいかない。
僕の見ていないところで、嫁入りをかけて決闘だって?
早急に経緯を把握しなくちゃならないだろう。
これは僕の心が狭いか否かという話じゃない。許しがたい事実だ。
どんな理由があれ、可愛い妹に乱暴を働いた罪は、海より深く、大山より重い。
「あんな男が北の王太子……? あり得ないな。社会的に抹殺する方向で動いた方が、世の為人の為だろうね」
僕の呟きを、その場の誰もが聞こえないふりをしたように見えたけれど。
護衛として後ろに立っている余戸だけが、変な咳払いをした。
目の前のスクリーンには、まだ西の大国の第一王子と親しそうに話している飛那姫が映っていた。
作り笑いじゃない、本当の笑顔だった。
一応、頭では理解したつもりなんだけれど……
その眩しい笑顔が僕以外の男に向けられていることに、モヤモヤする。
誰も彼も許せない……
この怒りをどこに向けたらいいかは、一目瞭然だ。
「北の大国め……僕の全身全霊をかけて、目にもの見せてやる……」
「国王陛下……それは、八つ当たりという類いのものではないかと思うのですが……」
苦い顔で絞り出された余戸の進言は、聞こえないふりをしておいた。
普段温厚で怒らせると怖い人が、ここにも一人。
活動報告のイラストに予期していなかった反応があり、ちょっと動揺してます。
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次回、復国祭が本当の意味で終了。




