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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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王女飛那姫

「少しは落ち着いたか?」


 温かいお茶を手渡しながら、風漸はベンチに座る飛那姫の隣に腰を下ろした。

 受け取ったカップを放心したように見つめながら、薄茶の瞳が小さく頷く。


 目の前のこの小さな女の子が、大国紗里真の王女であることは分かった。

 にわかには信じがたい事実。

 風漸は先ほどの光景を思い返し、わずかに眉をしかめた。あの時、確かに背筋を冷たいものが伝うような戦慄を覚えた。

 恐ろしい、剣だった。


 全てを(ほふ)ろうとせんがばかりに、振り払えば誰かの血が舞い、兵士達が次々に倒れていくのが見えた。

 小さな子供1人を相手に複数の兵士が手も足も出ない。それは異様ともいえる光景だった。

 決して兵士一人一人の戦闘能力が低かった訳ではないだろう。凄まじい魔力を放つ剣と、それを振るうだけの能力のある子供が異常なのだ。


(あの時止めなければ……)


 おそらく、飛那姫は全ての兵士を斬り殺していただろう。

 自分でも気付かないうちに。


 止められて良かった、と風漸は思った。あの状態で剣を振り続ければ、剣に飲まれて自我を失ってしまっていたかもしれない。

 魔法剣とはそういうものだ。

 扱うには強い精神力と、剣に見合うだけの魔力がいる。剣の才能があるというだけで所有出来るものではない。

 ましてや、飛那姫の持つ魔法剣は常識では考えられないほどの剣気を放っている。剣の持つ魔力に引きずられず己の思うがままに操るには、まだこの子は幼すぎるだろうと思えた。


「俺がお前を止めたのは、兵士に死んで欲しくなかったからじゃない。お前に正気を取り戻して欲しかったからだ……」


 そう言って、風漸は魔法剣というものがどういうものなのかを、飛那姫に話して聞かせた。


「お前がその剣を顕現出来るということは、剣の主たる素質はあるということだ。だが、使いこなせるかどうかはまた別の話だ」


 魔法剣は、手に入れるだけでも大きな試練がある。

 威力の大きい剣になればなるほど、剣を己の内に取り込む際に(うつわ)となる体が耐えきれず、死に至ることも珍しくない。


 風漸は自分が魔法剣を祖父から継承した時のことを思い出して、目の前の小さな女の子をまじまじと眺めた。

 よくぞこんな小さな体で、あんな化け物級の魔法剣を取り込んだものだと、感心するしかない。


「神楽は……王家門外不出の剣です。歴代、王族の中で最も剣術に優れ、魔力の豊富な者が継承してきたと聞いています……」


 飛那姫はそう言って、自分の右の手のひらをじっと見つめた。

 そこに「在る」感覚は、魔法剣を所有するものにしか分からないものだろう。


「私はまだ、神楽を扱えないのでしょうか……」


 剣を振るって我を忘れるなど、父王にはなかったことだ。

 未熟な自分には、過ぎた武器だということか……そう考えると、どうにも暗い気持ちになるのを抑えられなかった。


「今の時点ではな。だが言ったろ? 素質はあるんだ、コントロールの方法さえ覚えれば問題ない」

「コントロール……出来ますか? 私に」

「ああ、俺に分かることは教えてやる。だから……お前に何があったか、聞かせてくれるか?」

「……はい」


 ぽつり、ぽつりと、意を決したように飛那姫は話し出した。

 時折、止まりながらも、しっかりと。

 紗里真のこと、大臣の裏切りと綺羅の王のこと、毒を流された城内のこと、光の使徒団のこと。

 逃げていた先で、神楽が現れて、その手に取ったこと。


 ひとつひとつの出来事を言葉にしても、本当にあったことなのかどうか、飛那姫自身が疑わしいと感じてしまう。

 そう思っているくらいでちょうど良かった。

 でなければ、冷静に話など出来はしないから。


「東岩の近くには、もっと光の使徒団がたくさんいるのかと思っていました……兄様は、ここに調査に向かう途中で襲撃に遭ったと聞いています」


 そう、確かに兄はこの街で先遣隊と落ち合う予定だったはずだ。

 飛那姫はそのことを思い出して、不思議に思った。


「光の使徒団てのは、本当にこの東岩にいたのか?」

「東岩にいたかどうかは分かりませんが……この近辺にはたくさんいたと聞いています。どの地域でもどんどん数が増えていて、彼らは紗里真の城下町にも現れました。あちこちに騎士団を派遣していたので、城の護りも手薄になっていて…今思えばきっと、大臣や綺羅の王と繋がっていたのでしょう」

「ここでは、そんな宗教団体の話は聞かないがな……」

「そう、ですか……」


 紗里真国内ではあれだけ騒がれていたのに、東岩では知られていないなんておかしな話だ。でも今更、宗教団体の暴動が綺羅の王のさしがねだったのかどうかなんてどうでもいい、と飛那姫は思った。


「それで、飛那姫はどうして強くならなきゃいけないんだ? 俺に剣を習いたい理由は何だ?」


 風漸は、確認しておきたかったことを尋ねた。

 10歳にもならない子供が、必死で口にした願いの理由を。


「最期に、先生が言ったんです。生き延びて、仇を討てと……」

「それは……また、酷な遺言だな……」


 どんな優れた能力があるにせよ、こんな小さな子供に復讐を誓わせるなんて。

 風漸は苦虫を噛みつぶした気分になった。


(俺だったら、いまわの際にも絶対にそんなことは言わないだろう……)


 その「先生」が何を思ってそう言ったのかは分からなかった。

 それでもそこに感じた執着めいた何かが、風漸の胸に得体の知れない気持ち悪さを広げた。


「とにかく事情はなんとなく分かった。飛那姫、ひとまずここを発つぞ」

「え?」

「え、じゃねえだろ? もう場所が割れてるんだ。すぐにまた追っ手が来るに決まってる」


 逃げるが勝ちって言うだろ? と言いながら、鼻歌交じりに風漸は荷物をまとめはじめた。

 飛那姫は呆然とその姿を見ていた。


「ここを出て、とりあえず寄るところに寄って、そっから先はそれから考えよう」

「風漸……私……」


 自分がここにいることで、風漸に迷惑がかかっている。飛那姫は、はっきりとそう感じた。

 家を出て逃げなくてはいけない理由など、彼にはないのだから。


「私が……私だけ出て行けば……」

「おい、子供が気を遣うな。俺は乗りかかった船からまだ降りたくないだけだ。それに、俺はお前の師匠なんだろ?」


 途中まで言いかけた飛那姫の言葉を遮って、風漸は白いおでこを軽くつついた。乱暴で雑だったが、風漸の言葉は温かった。


「師匠……ありがとう」

「おお、気にすんな」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、飛那姫は少しだけ笑う。


(大丈夫、まだ私は大丈夫……)


 心の中で繰り返して、自身にそう言い聞かせる。

 荷造りを始めた風漸を見て、飛那姫は自分も荷物をまとめるのを手伝った。


 食料。衣類。日用品。調理器具。


 色々詰めたら風漸のリュックはすごい大きさになった。飛那姫が2人くらい入るのではないかと思うほどに。

 これでも足りないくらいだと彼は言うが、はたして家のドアから出るのかどうか怪しいサイズだ。


「よし、裏口から出るぞ」


 笹目を肩に乗せ、風漸は裏口の木戸を開けた。

 リュックはなんとか扉を通過して、外へ出ることが出来た。

 表の方には倒れている兵士達がそのままだ。風漸は飛那姫にそちらを見せないよう、少し道から離れて歩いた。

 それでも繋いだ小さい手は、少し震えていた。


「お前が仇を討つつもりなら、今日みたいな事がこれから先もきっとある。あまり考えすぎるな。所詮、お前の剣も俺の剣も、本質は誰かを殺すための道具だ」


 気休めはかえって言わない方がいい。

 風漸は酷なことを承知で、飛那姫にそう言って聞かせた。


「分かっています……」


 視線を落とした飛那姫は、そう肯定した。

 重い、一言だった。

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