穏便にお願いします
私はイーラス・マクウェイン。
西の大国プロントウィーグルの第一王子、アレクシス様の侍従兼護衛です。
今私は、王子や他の臣下と一緒に東の紗里真城に滞在しています。
紗里真王国の復国祭に参加する為、この真国に来訪しましたが、こちらに着いてからは驚くことの連続で……やや疲弊気味です。
復国祭のイベント自体は、今日のガーデンパーティーで最後でしたので、後は明日の朝、つつがなく東の地を去るだけなのです。
そう、後は帰るだけ。もうこれ以上トラブルは起こらない。そう思いたいです。
就寝の支度をしながら、私は横目で主の様子を窺いました。
軽装に着替えられた王子は、他の侍従達と明日からの旅程を確認されています。
どことなく落ち着かれないように見えるのは、例の無礼娘……ではなく、紗里真の第一王女のせいでしょう。
本当に、こんなことがあって良いのでしょうか。
南の国で出会った、土竜討伐の時の無礼娘が、失われた大国の第一王女であったなんて……
しかもそれが、国の再建とともに我が主と同等とも言える身分になって、再び現れるだなんて……
もう「関わり合いになりたくない」などと言ってられないじゃありませんか。
これから私は一体、どう立ち回っていけば良いのでしょう……
あの無礼娘の本性を知っているだけに、考えるだけで頭が痛いです。
旅程の打ち合わせが終わった頃、部屋の扉を開けてインターセプターが帰ってきました。昼のガーデンパーティーで、あの第一王女について行ったきりだったのですが。
護衛という名目で連れてきたはずなのに、何を考えて行動しているのか……自由気ままに生きていて、うらやましい限りです。
インターセプターは、小走りに王子へ駆け寄ると、袖を咥えて引っ張りました。
「ああ、インターセプター……飛那姫のところに行っていたのじゃなかったのか?」
気付いて腰を浮かした王子を、インターセプターは更にぐいと引っ張り、立たせてしまいました。
「どうした? 何かあったか?」
「ワン!」
私にはまるで分かりませんが、王子はこの聖獣とかなり意思の疎通が取れるようなのです。
「ついてこいと言っているな……イーラス、供を頼む」
そう言うと、王子は足早に部屋を出て行かれます。
私は急いで後を追いました。本来であれば、もう少し護衛が必要なのですが……いつも単身で行動されてしまう王子には、そういった進言は変わらず聞き入れてもらえません。
インターセプターは小走りに駆けていきます。
階段を下りはじめた時、すぐ下の3階を下りようとしている侍従達の話し声が聞こえてきました。
「首尾良く行ったようだな。イゴール様は本当にお人が悪い」
私達の前を下り始めましたが、こちらには気付いていないようです。
「ああ、私たちも証拠を隠滅したら見物に行くとするか。しかしなあ、確かにものすごい美人だが、あんな恐ろしい剣を振り回す王女など、自分だったらごめんだな……手を出したらすぐ斬られそうだ」
「ああいう気の強い女性が、力付くで自分のものになるのが楽しいのだと仰っていたぞ」
「いや、それは本当にお人が悪いな」
お茶の一式を持って、愉快そうに笑う侍従2人は、どうやら厨房へ茶器を片付けにいくところのようです。その不穏な会話に、王子は階段を下りる足を止められました。
それとは反対にインターセプターは階段を駆け下りていきます。勢いを殺さず、お茶のポットを持っている方の侍従に後ろから体当たりしました。
「わっ!」
「あっ、プロントウィーグルの犬!!」
ガチャガチャーン、という茶器の割れる音が階段に響き渡ります。
インターセプター……なんてことをするんでしょうか……本当に自由すぎです。
クンクン、と割れたポットの中身の匂いを嗅いで、インターセプターは私の方を振り向きました。
「ワン!」
え? 私ですか?
まさかこの事態を収拾しろと?
「申し訳ありません、お怪我はありませんか?」
ひとまず聖獣の代わりに謝りながら、私も階段を下ります。服装と会話から、侍従2人はモントペリオルの人間だということが分かりました。
「だ、大丈夫です! 問題ありません……!」
割れた茶器を拾おうとその場にかがんだ私を制して、侍従2人は慌てた様子で片付け始めます。
ふと、変わったお茶の匂いがすることに気付きました。私は割れた茶器と一緒に落ちていた、茶殻のひとつをつまみあげました。
ギザギザした殻の中に、ふやけた黄色い実が見えます。
「……これは、ラディアーレですか?」
春先だけに採れる、珍しい植物の実です。
お茶や薬の原料になることで知られていますが、弱い精神撹乱作用や強い魔力撹乱作用があり、別名「魔力酔いの実」とも呼ばれています。
変に酔っ払いたいのでない限り、常用するようなお茶ではありませんね。
「ち、違います!」
「そう、これはもう片付けるところなので……どうぞお気になさらずに!」
ガチャガチャと乱暴にその場を片付けると、侍従2人は逃げるように階段を下りていってしまいました。一体何なのでしょう。
「……まさか」
そう呟いた主を振り返ると、普段見られないような険しいお顔をしていました。
「インターセプター、飛那姫はどこだ?」
問いかける主に応えるように、インターセプターは階段を駆け下りて行きます。後について、王子も走り出しました。
他国の城の中を走るのもどうかと思うのですが……せめて私が追いつける範囲で急いでいただきたい!
必死に追いかけていると、インターセプターは渡り廊下を通って、本塔1階のはずれにある、全天候型鍛錬場に入っていきました。
明かりの灯った鍛錬場内には、北と東の侍従やロイヤルガードと思わしき騎士が何人か立っています。
何か……様子が変でした。
侍女達はオロオロしているし、騎士達もどうして良いか分からないといった顔で困っているように見えます。
「おやめ下さいませ!」
気付かなかったのですが、壁際に立って木刀を構えた男性に、侍女が一人走って行くのが見えました。
あれは……イゴール様ですね。
「もうよろしいではありませんか! 飛那姫様は体調がお悪いのです……これ以上はおやめ下さいませ!」
イゴール様の前で膝を突くと、侍女は必死に懇願しました。
大国の第一王子に直接意見とは……随分と勇気のある侍女です。
見ているこちらがひやりとしましたが、次の瞬間、状況が理解できました。
壁際に木刀で押し付けられているのは、あの無礼娘……もとい、第一王女でした。
侍女は、自分の主をかばっているようです。
え? どういうことでしょう? あの化け物じみた強さの王女が、イゴール様にやられるわけがないのですが……
次の瞬間、イゴール様が足で至近距離に跪く侍女を蹴り飛ばしました。
「令蕾っ!」
王女が侍女の名前を呼びましたが、自分の手ごと喉元を木刀で押さえられて、咳き込みます。
私に止められるはずもないのですが……誰も動かないので、思わず走って行って、床に転がった侍女を助け起こしてしまいました。
「侍女の分際で無礼な……真剣であれば斬り捨てているところだ。下がっていろ」
ものすごく冷たい目でそう言うと、イゴール様は王女に向き直りました。
私のことはまるで眼中にないようですね……
「さて飛那姫王女、負けを認め、確約をいただきましょうか」
「……!」
木刀を持つ手と反対のイゴール様の手が、王女のあごに添えられて上向かせます。
「誰が……こんな、卑怯な……!」
「よく聞こえませんね。Yesと言ってくださるだけで結構ですよ?」
本当にどうしたのでしょう。
あの無礼娘ともあろう彼女が、見た目通りか弱い女性になってしまったかのように、力でイゴール様に負けています。
なんだか、これはこれで嫌です。
「困りましたね。どうしたら負けを認めてくださいますか? これ以上手荒なこともしたくないのですが……」
背けようとした顔を無理矢理ご自分の方に向けて、イゴール様が微笑まれます。
嫌悪感を込めた目で王女が睨み返しますが、逆に楽しそうなところに性格の悪さが表れていますね。
あごを押さえたままの親指が、形の良い唇をなぞるのが見えました。
ろっ、狼藉! 色んな意味で狼藉ですよこれは!!
さすがに東のロイヤルガードが動くかと思いきや……先にイゴール様の腕を掴んだのは、我が主でした。
「イゴール殿、悪ふざけがすぎるのでは?」
滅多に聞くことのない凄みのきいた王子の声に、私の背中を冷や汗が流れていきました。
絶対に黙っていないだろうとは思いましたが、そうですよね……そうなりますよね。
昼間にイザベラ姫と一悶着あったというのに……北の大国の兄妹は、温厚な我が主を怒らせるのが本当に得意なようです……
掴んだ腕を木刀ごと王女から引きはがすと、王子はイゴール様を押して後ろに追いやりました。
かばうように間に立った王子を、忌々しそうにイゴール様が睨みます。
「……アレク」
解放された喉元を押さえた王女が、驚いた顔で王子の背中を見上げていました。
ええ、少しはしおらしく感謝すると良いですよ。
「これはアレクシス殿……王女様の騎士のつもりですか? 言っておきますが、これは正当な勝負の結果であなたが口出しをするようなことでは……」
「こんなものが、正当な勝負のわけがないでしょう」
絶対零度のような冷ややかさで、王子がそう答えました。
侍従イーラスの気苦労は続きます。
アクセス解析が愉快だったので、本日頑張って更新!
後ほど、蒼嵐のイラスト付きで活動報告に御礼あげます(お目汚しなので、見たい方だけどうぞ)。
明日はお休みをいただきます!
次回、バトル。




