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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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私の主は第一王女

 私の名前は新実令蕾(にいみれいら)。27歳、独身。

 この東の大国紗里真の第一王女、飛那姫様の専属侍女です。


 元々は小国の貴族のもとで、侍女とりまとめ役として働いておりましたが……

 お母様が昔、紗里真で侍女をしていた伝手(つて)でお声がかかり、王女付の侍女として召し抱えられることになったのです。


 紗里真は10年前に一度滅んだ国です。

 ある日突然、王子と王女が国に戻られ、国が再建することになるなんて、誰もが想像していませんでした。

 でもこれで、大国が無くなってから荒れていた真国内も、少しは落ち着きを取り戻すかもしれないと、多くの人が紗里真の復国を歓迎しています。

 世の中、何があるか分からないものですね。


 王女様は美しい方だと聞いてはいましたが、始めてお会いしたときには、衝撃のあまり言葉もありませんでした。

 10年もの間行方知れずで、大変な苦労をされてきた悲壮の姫君だと、侍女達の間では噂されていたのです。

 私も、さぞかし可憐で儚い感じの方だろうと想像していました。



「本日より、姫様付として侍女とりまとめ役を仰せつかった新実令蕾と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 御前にはじめて伺い、挨拶をした私が顔を上げると、飛那姫様は大きい目を丸くして仰いました。


「……れ、れいらん?」

「いえ、姫様、れいらです。(うつく)しい(つぼみ)と書いて、れいら、と読みます」

「れいら……そう。令蕾って言うのね」


 答えながら私は、飛那姫様に見とれていました。

 今までに生きてきた中で、こんなに美しい方を見たことがなかったのです。

 熟練の彫刻家が手掛けた芸術品のような、整いすぎたお顔立ち。

 透ける白い肌に、血色の良い桜色の唇。

 薄茶の大きな瞳には、想像していた儚く可憐、のイメージとは異なる意志の強さを感じました。

 強く凜とした立ち姿は活力に満ち溢れていらっしゃいます。一度目に入れてしまったら視線を外せなくなるような、人を惹き付けてやまない、なんとも魅力的なオーラがありました。

 


 さて、この美しい姫様のお側でお仕えするようになり……ほどなくして、いくつか疑問に思うことが出て来ました。


 まず第一に、飛那姫様は女性の身でありながら、恐ろしく剣術に長けていらっしゃること。

 本当にお強いのです……復国祭に来訪された大国の王子お二人を、いとも簡単に打ち負かした時には夢でも見ているのかと思いました。

 王の剣、神楽を携えられるお姿は、人間離れした美しさのあまり畏怖を覚えるほどです。


 そして第二に、一通りの礼をこなし、所作は大変に美しいのに、時に乱暴な挙動を取られること。

 3階のバルコニーから飛び降りられたときには、心臓が止まるかと思いました。

 城から離れての暮らしが長かったせいでしょうか……たまに、言動も乱暴になられることがあるようです。


 そして第三に、時折、とても不安そうなお顔をなさること。

 私ごときが王族のお心を量ったり、心配したりするなど恐れ多いのですが、やはり気になります。

 紗里真が滅んだ当時のことを思い出されているのでしょうか……おつらいことは忘れて、早く元気になってくださると良いのですが。


 そんなこんなで、飛那姫様にお仕えして早4ヶ月が過ぎ去ろうとしていました。

 今となっては、私の主は誰よりも素晴らしい方だと自信を持って言えます。

 身分の高い方達にありがちな横柄で威張ったところもなく、小さな声にもちゃんと耳を傾けて下さる飛那姫様は、お心まで美しい大変に素敵な姫様なのです。

 屈強な剣士からかけ離れた見目でありながら、男性も太刀打ちできない剣術の達人だなんて、そのギャップがまた最高ではないでしょうか。


 これまでの私は、仕えた主に心酔したことなどありませんでした。

 ですが、今回は違います。

 もう一生独身でもいいから、ずっと飛那姫様にお仕えしたいと思っているくらいなのです。

 そう、今の私は飛那姫様の御為であれば、何だって出来る気がします。



 紗里真の復国祭は、各国の重鎮達を招いて大々的に行われることになりました。

 トラブルはありましたが、セレモニーもなんとか終了し、祭後のガーデンパーティーも無事に開催されました。

 飛那姫様は少々お疲れのようです。あまり気が乗らないお茶会に誘われたことも、疲労の原因かもしれません。

 紗里真城の東塔には、3階と4階部分にゲスト用の特別な客室があって、3大国の王子や王女が、そこにお泊まりです。

 モントペリオルの第一王子、イゴール様に招かれ、その中の一室にやって来た飛那姫様は、笑顔の中にも浮かないご様子でした。

 仕方なく来たけれど、あまり長居せずに引き上げたいと思ってらっしゃるのが、よく分かります。


 第一王子のイゴール様は、大変喜ばれて飛那姫様を迎えて下さいました。

 お年は飛那姫様と同じ18歳とか。つり目気味の彫りの深いお顔立ちは美男子ではあるのですが、優しそうな方だとは思えません。


 飛那姫様は、ご自身で気付いておられるのかおられないのか……各国からやって来たゲストの殿方達に、たえず熱い視線を送られています。

 イゴール様や、グラナセアのラブドラファ様が前面に出て求婚のアプローチなどしてこなければ、他の小国からも続々とそういった話が出て来たことでしょう。


 飛那姫様はプロントウィーグルの第一王子、アレクシス様ともお話されていました。

 並ばれると大変に美麗なお二人です。東屋で歓談されるご様子に、侍女一同、ため息をもらさずにはいられませんでした。

 私もうっとりと拝見していましたが、甘い空気というよりは、どことなく作戦会議のような雰囲気を感じたのは気のせいでしょうか。


 途中イザベラ様が入ってこられたことで、更に妙な空気になってしまいましたし……

 パーティーの音楽に会話がかき消され、結局何のお話をされていたのかも分かりませんでした。

 飛那姫様が護衛の白い犬を連れて行ってしまっても、アレクシス様は不思議と気にされるご様子がありません。

 これはお二人がどういった関係か、一度しっかりと確認する必要がありそうですね。


 なんにせよ、飛那姫様はお年頃の割に結婚話にはまったくご興味がなさそうなので、主の意向を反映して、私もそのように立ち回りたいと思っています。

 私が行き遅れていることとは関係がありませんよ、念のため。


 そう、お茶会の最中でした。

 飛那姫様は出されたお茶とお菓子を挟んで、イゴール様と当たり障りのない会話を楽しまれているようでした。しかし、私の主は表面上を取り繕うことに長けている方です。

 きっと心中では「早く帰りたい」と思われているに違いありません。


 この部屋に来てから、30分ほどが経ったでしょうか。

 夜も遅くなってきたことですし、そろそろ退出の口実を作って差し上げるのが、出来る侍女としての仕事だと思うのです。

 そんな風に考えていたところ、イゴール様が全く予期していなかったお話を切り出されました。

 飛那姫様が、少しだけ表情を曇らせて、答えます。


「……再戦、ですか?」

「はい、夜分になってしまいましたが、私も帰還まで時間がないことですし、一度だけ手合わせ願えないでしょうか」


 昨日の「あなたを正妃にしたい」発言にまつわるお話ですね……

 あれだけあっさり負けて、しかも復国祭に現れた少年剣士との戦いを見て、常人が飛那姫様に敵うと、本気で思われているのでしょうか。

 イゴール様はかなり頭の弱い……いえ、状況判断に乏しい方なのかもしれません。

 飛那姫様も、少し困った様な顔で、それでも「再戦はいつでも受ける」と言った手前、「よろしいですよ」と頷きました。


「ただし……今回私が勝ちましたら、申し込みの件は断念していただけますか?」

「ええ、その時は潔くあきらめましょう」


 言質を取ったところで、飛那姫様は一旦自室に戻って剣の稽古着に着替えられました。

 ドレス姿だけでなく、濃い桜色の袴姿も、凜々しくて大変にお似合いです。


「飛那姫様……お疲れですのに剣の手合わせなどお受けになって、よろしかったのですか?」


 疲れた風のお顔を見て思わず声をかけると、飛那姫様は「そうね」と呟きました。


「少し調子が悪い自覚はあるのだけれど……問題ないわ。今度こそグゥの音も出ないくらい叩きのめし……いえ、あきらめていただこうと思うの」


 最近は私にも気が緩みがちなのか、本音が出かけたようでしたが……飛那姫様は綺麗な笑顔でそう仰いました。


 午後8時。

 鍛錬場に向かわれる飛那姫様の後を、私と他2人の侍女、ロイヤルガード、そして何故かプロントウィーグルの白い犬がついていきます。


 灯りのついた明るい鍛錬場の中に、既にイゴール様とお付きの侍従達が並んで待っておられました。


「得物はあの青い魔法剣ではなく、木刀でお願いします」


 冗談めかして仰るイゴール様に、「もちろんですわ」と笑顔で答えられ、飛那姫様は木刀を受け取られました。そこで少しだけ、美しい眉をひそめられたのが分かりました。


「飛那姫様、どうかなさいましたか?」


 ご様子がおかしいことに気付いて、お側に寄り声をかけると、飛那姫様は「いえ……大丈夫」と呟かれました。なんだかお顔の色もよろしくないように見えます。

 お止めした方が良いかどうか迷っていると、飛那姫様は「大丈夫よ、ありがとう」と、木刀を携えて鍛錬場の中心に向かわれてしまいました。


 あんなにお疲れなのに……もうさっさとあの王子を負かしてしまえば良いのです。

 そう思いながらも、私はなんだか不安になりました。


 大丈夫ですよね? 飛那姫様……まさか、あんな意地悪そうな王子に嫁ぐようなことになったりは、しませんよね?


 開始線に立たれた飛那姫様は、木刀を握った手にいぶかしげな視線を落としました。


「……まさか……?」


 何かに思い当たったように、そう呟かれたようでした。

 それを聞いたイゴール様が、薄く笑ったように見えたのは、見間違いでしょうか……


 気付けば、ついてきたはずの白い犬が、鍛錬場のどこにもいなくなっていました。

初登場の侍女。長くなりました。

前章から読んでる方は令蘭を思い出されたかと思いますが、彼女と出生は無関係です。


先日、感想覧コメントに後5話で最終編かな? くらいのことを書きましたが、もうちょっと増えるかもデスネ。

文字数が……ヤバいので…………


次回、西の大国の侍従が語ります。

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