疲れるパーティー
復国祭の翌日。天気に恵まれて今日も晴天。
美威の眠りの魔法は効果絶大で、昨晩は悪夢も見ずによく眠れた。
おかげで体調も気分も、昨日よりは上昇している気がする。
いや、昨日の精神状態が最悪すぎたのかもな……
あんな騒動があったにも関わらず、庭園では予定通り昼のガーデンパーティーが催されていた。
これがゲストへの、いわゆる最終的なおもてなしになるのだ。
今日の私の装いは庭園に似合う、ピンクを基調とした大きなフラワープリントに、ラベンダーのサテンを重ねたオーガンジーのドレス。
サテンの光沢が華やかでとても似合いだと、兄様は満面の笑顔だったけど。
正直なところ、窮屈なドレスを着て愛想笑いとか、うんざりだったりする。
歓待式をボイコットしていた私は、寄ってくる各国のゲストと初対面の挨拶をしなくてはいけないこともあって、いい加減疲れていた。
顔にも出せないところがまたしんどい。
とにかく今日一日が無事に過ぎて、復国祭のイベントが早く終わってくれればいい。心底そう思っていた。
「飛那姫」
東屋のベンチに座り込んだ私に、聞き慣れたハイバリトンの声がかけられる。
休憩したいと東屋へ引っ込んだところを見ていて、追ってきたのだろう。数人の侍従と共に小径から現れたのは、アレクだった。
周囲にたくさん人がいるので、取り繕った笑顔で応える。
「アレクシス様、ごきげんよう」
一瞬、面食らったような顔をされた。
なんだよ、私が丁寧にしゃべってたらそんなにおかしいか?
「……お休みのところを申し訳ありません」
アレクもすぐによそ行きの笑顔で応えたけど、確かになんか、変だ。
「なかなかお声がけできる機会が見つからず……今、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞおかけください」
向かいの白いベンチを指し示すと、アレクは音もなくそこに座った。
今日の彼は、華美な装飾や過剰に目立つ配色のない、クールなグレーを基調とした正装だ。
こういうダークトーンは、兄様にはあまり似合わないんだよな、と思う。
私は少し考えて、侍女達を東屋から出して遠ざけた。庭園の中心から流れてくる音楽に紛れるから、小声であれば話す声は周りには聞こえない。
アレクも、自分の侍従達を遠ざけるように下がらせた。
「アレク、昨日はよく飛び出して来なかったな」
表情は変えずに、そう問いかける。
ネモが去るまでこのおせっかいな男が出てこなかったことは、よくよく考えれば不思議だった。
「悔しいが、私が介入することで各方面の負担になる自覚があった。だが君の盾になるだけの覚悟はあったから、飛び出るタイミングは側で伺っていたよ」
「盾って……そんなことしたら、アレクんとこの護衛が全員打ち首だろ……」
「ああ、確かに。私の後を追ってきたイーラスなどは、血相を変えていたからね」
苦笑したアレクが、すっと真顔になる。
「君を襲った少年と黒い剣……あれは一体何なんだ?」
「ちょっとした子供の頃からの因縁ていうのかな……黒い剣は、魔剣なんだ」
「魔剣……紗里真の因縁か? それとも君個人の?」
「おそらくは、私個人だろうね」
「詳しく話を聞きたいところだが、ここではあまり時間も取れないな。どこかで別に……」
「アレクシス様!」
小径の向こうから、アレクを呼ぶ甲高い声が聞こえてきた。
北の大国第一王女、イザベラだ。白地に濃いピンクの花を散らしたドレスを揺らしながら、憤然とした面持ちで歩いてくる。
私とアレクの侍従が慌てて避けると、ずかずかと東屋に入ってきて仁王立ちになった。
敵意むき出しの顔で私を睨んでから、アレクに向き直る。
「アレクシス様、お話がありますの」
イザベラだけを立たせておくわけにはいかないので、私もアレクも一旦ベンチを立った。
「お話と申しますと?」
「ここでは申し上げられませんわ。二人きりでお話がしたいのです」
「申し訳ありませんが、今は彼女と少々込み入った話の最中でして……火急のことでなければ、後ほどにあらためさせていただきたいのですが」
「急ぎではありませんが、今が良いのです。私の話の内容は既にお分かりでしょう?」
えらい高飛車な女だな……と思いながら、私はイザベラを眺めた。
この様子を見るに、イザベラが西の王太子妃の座を狙っているのは、政治的な理由だけじゃなさそうだ。
「予想は付きますが……それでしたら、既にお話は済んでいることかと」
アレクはごく穏やかな口調で、そう返した。
「済んでいる? 何のことですの?」
「この紗里真の復国祭に来る直前に、モントペリオルには使いを出しております。国に帰られましたら、お断りした縁談の件もご確認いただけるかと」
「……断った?」
ぴくりと、イザベラの頬が引きつった気がした。
「折にふれて遠回しにはお伝えしてあったかと思いますが……この度は正式にご返答差し上げました。長い間保留のような状態で、大変申し訳ありませんでした」
「そのようなことが……まかり通るとでも?」
「ええ、3大国の調和が成立した今、まかり通ることと思います」
やや好戦的な返答に、私の方がどきりとした。
自分の欲しいものを手に入れるためには手段を選ばないという毒姫を相手に、穏やかではない態度だ。
「……何故?! 私のどこが不満だと仰るんですの?!」
案の定逆鱗に触れたらしく、イザベラは怒りを隠そうともせず、そう叫んだ。
横に立ったアレクの顔をちらと見上げたら、今までに見たことがない厳しい目をしていた。
もしかしたら、イザベラ以上に怒っているのは、アレクなのかもしれない。
「お分かりにならないと仰るのでしたら、ご説明いたしましょう。実力行使は国にとって必要なこともあると、理解出来るものです。しかし、そのために民や兵士の命を軽んじることなど、あってはなりません。私はそのような行為に心を痛めない人を軽蔑しますし、私利私欲のために権力を使う王族も同様に思います。ですから、そういった類の人を、生涯の伴侶になど選べるわけがないのですよ」
「……な、な、なんですって……?」
アレクの言葉に、イザベラは目を見開いたまま、わなわなと唇を動かした。
無理もない。横で聞いていても、言葉の端々にひやりとするような嫌悪が感じられた。言われた本人はもっと青ざめるよな。
イザベラの侍従達もみんな下がって控えているので、そのセリフが聞こえていたのは私達だけなんだけど。
言葉は丁寧でも、要は「お前みたいな性格の悪いヤツと結婚とか、冗談じゃないよ」ってことだよな。
えらいはっきり言っちゃったな、アレク。
あ、ダメだ。笑いそう。
「無礼ですわ!! いくらアレクシス様でも……!」
「私がいくら無礼を申したところで、死んだ兵士達は戻ってきません」
そう言ったアレクの声には、静かな怒りが込められていた。
「どのような形であれ、私欲の為の実力行使をこれ以上は許容出来ません……どうぞお忘れなきよう」
「……っ!」
真っ赤な憤怒の顔でドレスの裾を翻すと、イザベラはそのまま去って行ってしまった。
「アレク、良かったのか? あれ……」
「はっきり言ってやれと、進言してくれたのは君じゃなかったか?」
「いや、まぁそうだけど……」
「いいんだ、少しだけ気が済んだ」
すっきり気が済んだようには見えなかったけど、北との間には温厚なアレクが本気で怒るくらいの何かがあったらしい。
そのことも聞いてみたかったし、もっと話していたかったけど。
でも、そろそろ戻らないといけない。一応私は主催者側なのだから。
「アレク、私もう戻らなきゃ……」
「そうだな……ゲストを待たせては悪いか。私も明日の朝には国に帰る。どこかのタイミングで、少し話が出来ればいいんだが」
「うん、そうだね。どこかのタイミングで」
正直、そんな時間はなさそうだな、と思いながらも。
パーティーに戻る私に、何故かインターセプターがついてきた。大きいのも可愛いけど、この子犬サイズはなごむ。
会場に戻って、近隣小国の大臣らと話をしていたら、見たくない顔がやって来た。
「飛那姫王女、こちらにおいででしたか。お姿が見えませんで、探しておりました」
イザベラの次は第一王子か……
モントペリオルのイゴールだった。私の足下にいるインターセプターを見て、少し嫌な顔になったけど、すぐに取り繕った笑顔で近付いてくる。
「失われた国の復活とあって、王女様は大変お忙しいようですね。ゆっくりお話がしたいと思っているのですが、パーティー中はどうも難しいようです。よろしければ後ほど、お茶をご一緒いたしませんか?」
自分が泊まっている客室でお茶の席を設けるから、来ないかという誘いだった。
死ぬほど面倒だから断りたいところだけど、相手はゲスト。こちらは主催者。
大国対大国だと思って接しなければ……いくらうざいからって、無下に断ってはダメだ。
「お誘いありがとうございます。でも生憎と本日は空いた時間が……」
「北から持参した珍しいお菓子とお茶があるのですよ、是非お時間を作っていただきたいのですが」
遠回しにでも断ろうと思ったのに、一歩も引く気がないことが伝わってきた。
結局、「後ほど伺います」と了承することになってしまう。
コイツとお茶しなきゃいけないって、なんの罰ゲームだよ……
国を背負ってる立場って、うかつに言いたいことのひとつも言えない。
傭兵の身分は自由だったなと、しみじみ思った。
更新お待ちくださいましてありがとうございます。
温厚な人って、怒らせると怖いですよね。
え? 私ですか? 沸点は高いのですが、野生生物なので全く温厚ではありません。
気付いたらブクマが増えていました。あれ?(あまり見ないようにしている)。
最近、活動報告にキャラメーカーで作ったキャラを載せて遊んでいるのですが、3桁越えたらお礼イラストくらい自分で描こうかな……
次回は、「誰?」な人に語ってもらいます。




