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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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魔剣の襲来

 闇の到来を報せるかのような、雷にも似た轟音が響き渡った。


 黒い剣の接近に気付けた人は、ごくわずかだったろう。僕でも、攻撃の直前まで、その存在を感知することが出来なかった。

 誰よりも早く気付いたのは飛那姫だ。振り抜いた青い剣が見えた瞬間に、僕もこちら側の客席に盾を展開した。この衝撃波が予想出来たからだ。


 この場に美威さんを呼んでいたのは、万が一に備えての措置でもあった。美威さん側の客席も、強固な魔力の盾が展開されたことで守られていた。

 城の外にはまだ、魔剣の侵入を検知するシステムを導入できていないから、こんな事態も想定していたのだ。

 まさか本当に、この観衆の中に飛び込んでくるとは思わなかったけれど……


 楽士達の一部は舞台下にいたものの、衝撃波で飛ばされてしまっていた。それでも大怪我には至らなかったようで、転がるように逃げていくのが見えた。


 飛那姫は、舞台に立った黒髪の少年と、距離を取って向き合っていた。

 ネモ……やはり彼は流されて死んでなどいなかった。

 少年の掌中にある魔剣の剣気は、あらためて見ると、神楽とはまったく異質のものだった。


 魔剣の、ざらりと鳥肌を立てるような漆黒の闇の気配。

 魔法剣の、畏怖を覚えるような青く清浄な光。

 二つの剣は対極にいるようで、どこかでとてもよく似ているような、矛盾を秘めていた。


「……拡聴補正(リュート)


 離れた場所の音を拾う魔法。

 聴覚をあげた僕の耳に、あどけなさを感じるほどの子供の声が聞こえてきた。


「お姉さん、みーつけた」


 ずっと待ちわびていた、母親に出会えたような安堵を含んで。

 

 最初の攻撃で吹き飛んでしまったため、松明の明かりはなくなっていた。

 夕闇の舞台に黒と青の光が浮かんで見える。

 自分たちに被害がなかったからか、まだセレモニーの続きかと疑っている観客もいるようだ。

 一歩間違えば怪我人続出だったろう、こんな馬鹿げたセレモニーなどあるわけがないのに。


「……私を、追ってきたのか?」


 飛那姫が、重く口を開いた。

 ネモは、笑って頷いたようだった。


「うん、青い魔法剣の噂を聞いて、この国の近くまで来てたんだ。すごい剣気を感じたよ。遠くからでも分かった」

「そうか、そりゃそうだよな……」


 単身で、国の中枢とも言えるこの場所に攻め込んでくるなんて、正気の所行じゃない。

 彼が狂っていることは分かりきっていたけれど、それと同じくらい確かなことがあった。

 それはこの少年が、うちの復国祭にとって、最も招かれざる客だってことだ。


「たくさん人がいるね。これ、全員煉獄に斬らせたら、僕はもっと強くなれるだろうな」


 そのセリフに、僕は確信した。

 なるべく早く、彼を捕獲するか、倒すかしなくてはならない。血を吸うごとに強くなるのは、魔剣の特性だ。

 先日の一件を考えると、捕獲にはリスクが伴う。しかし僕が攻撃を加えるには、この盾を解除しなくてはいけないだろう。

 今この場に、僕と美威さん以外に、あの黒い攻撃に耐えられるだけの盾を張れる魔法士は……いない。

 その事実が歯がゆかった。


「もっと化け物になる、の間違いだろう?」


 飛那姫が面白くない冗談を聞いたように答えた。

 妹に一人に任せるしか、ないのだろうか……

 本当なら、飛那姫にこそ強固な盾が必要なのに。

 きっと「攻撃は最大の防御」とか言って、断られるんだろうけれど。


「お姉さんも僕と同じだよ」

「共通点があったところで、私とお前は同じものにはなりえない」

「そうかな? 分かってるくせに。ねえ、僕と一緒に行こうよ。今日は迎えに来たんだ。煉獄にもお姉さんを斬らないようにちゃんと言い聞かせるから」

「生憎と相棒は足りてるんで、くだらない勧誘は謹んでお断りだ」


 迎えに? 冗談じゃない。

 いくらなんでも、可愛い妹を化け物の嫁にはやれない。父様や母様にどう言えばいいのだ。

 ひとまず……妹の乱暴すぎる言葉遣いは、聞こえなかったふりをしておこうと思う。


「……残念だな。じゃあ、無理矢理にでも連れて行くしかないのかな」

「お前が? 見くびるなよ」


 どちらからともなく、剣が動いた。

 もうそれは、常人の視力では追えない次元のスピードだ。

 空気中でいくつかの金属音が鳴り響き、気付いたら二人は元と逆の方向に立っていた。


「おかしいな……まだ、足りない?」


 ネモが、つまらなさそうに言った。


「……お前、前より強くなって……?」

「もう少し、血が必要みたいだね。あと何人殺せば、お姉さんを超えられるかな……」


 感情のこもらないトーンで、独り言のように呟くネモに、飛那姫は眉をしかめたようだった。

 束縛呪で少年の動きを一瞬止めるか……一人の被害も出さずに彼を何とかするには、どう動くのが最善か。僕は悩んだ。


「ねえ、本当に、一緒に来てくれない?」

「私が今やりたいのは、お前と一緒に行くことじゃなくて、お前を止めることだよ」

「僕を殺すの?」

「必要であれば、そうする」

「……必ず殺してやるって言えないなら、無理だと思うけど」

「……」


 飛那姫が、ギリ、と奥歯を噛みしめた音が聞こえたような気がした。

 人を殺めるために剣を振るうことが、飛那姫の本意でないことくらい僕だって知っている。そんなことも、させたくはない。

 でもその迷いは、自分の命すらをも奪うかもしれない、危ういものだから。

 何が最善かは、判断に難しい。


「ああ……もうちょっとなんだけどな……お姉さん、強すぎるよ。僕、もうどれだけ殺したか分からないのに、まだ足りないなんてさ」


 魔剣に取り憑かれた魂は、堕ちるところまで堕ちて、もう救えないのだろうか。

 少年の命を絶つしか、止めることは出来ないのだろうか。

 かつての飛那姫が、高絽先生を止めたように……


 その時、やっと敵襲だと理解した騎士団が動いた。

 僕は号令を出していない。余戸がまた、「命を盾としても」の精神で動いたのに違いなかった。

 騎士達はすばやく崩れかけた舞台の回りに展開すると、少年の退路を断った。

 飛那姫がすぐ側にいるので、大きい魔法を仕掛けることは無理にしても、小さい攻撃魔法なら可能だ。騎士団の魔法士達から、いくつもの攻撃魔法が少年に襲いかかる。


 だがそんな攻撃がどれほど降っても、彼にダメージを与えることは出来ないだろう。

 それどころか、盾から出た彼らは恰好(かっこう)の標的になってしまう。


 剣を構える騎士達と、攻撃を仕掛けてくる魔法士達を見て笑った少年の顔に、ぞくりと凍えるような鬼気を感じた。


(まずい……!)


 強い人間を瞬時に見分け、獲物とする。

 ネモは、精鋭隊の一番隊長に狙いをつけたようだった。

 一足で舞台下に飛び降りると、黒い剣が軌跡を作った。後ろから追った飛那姫が、ギリギリ間に合わない速さで……

蒼嵐語りで魔剣ふたたび、でした。

GWってなんじゃらほい……不本意ですが、更新は1~3日ペースになるかな……


次回、美威語りで緊張感の少ない後半戦をお届けします。

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